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16章
天つ風 45
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「薙、熱は下がったようだが学校はどうする? 大事を取って休むか」
朝食を食べていると、流さんに話しかけられた。
「えっと、今日は元々振替休日で休みだよ」
「あ、悪い。そうだったな。ちょうど良かったな。今日は部屋でゆっくりするんだぞ」
「うん、松葉杖の練習でもしておくよ」
「あと勉強もな」
「うーん」
そんなやりとりをしていると、カタンと襖が品よく開く音がして、袈裟を楚々とした風情で着こなした父さんが入ってきた。
萌葱色の袈裟が、最高に似合っている。
いつもなら朝は自分の支度でバタバタで、こんな風にゆっくり父さんの住職としての立ち居振る舞いを見ることはない。だから新鮮な気分だ。
やっぱり住職の姿になると凜としてカッコいい!
幼い頃は、父さんが他のお父さんと違った服装なのが恥ずかしくて、好きじゃなかったが、今は違う。
誇らしいよ、オレの父さん!
「父さんは今から何をするの?」
「ん? そうだね、本堂で朝のお勤めをして、その後は寺の墓地を読経しながら巡回するんだよ」
「へぇ、朝から忙しいんだな」
「もう日課になっているから、これをしないと落ち着かないよ。薙は今日は振替休日で休みだったね。いい子にしているんだよ」
父さんがオレのことをしっかり把握してくれているのが、密かに嬉しかった。
母さんは離婚当初はオレに執着していたが、自分の仕事が軌道に乗り、やり甲斐を見つけた途端、今度は放任主義になった。
気まぐれな人だったので、オレもせいせいしたさ!
少し……寂しかったけど、慣れた。
「薙、いいかい? 何かあったら周りを頼ること。一人で頑張りすぎないこと」
「うん、分かった。父さんもね」
今は父さんと心のキャッチボールが出来ている。
父さんの心とオレの心って、遠くかけ離れていると思ったが、実はすごく近いんだな。
****
朝起きると、珍しく洋の方が先に起きていた。
窓辺に佇んで、明けゆく空を見つめていた。
洋の瞳は澄んでいる。
だが……何度見ても見飽きない整った美しい横顔は少しだけ曇っていた。
「洋、どうした?」
「……丈、薙くん、昨日は随分痛そうだったな。俺には骨折の経験はないから、薙くんの気持ちに寄り添えなかった。何の役にも立てなかったのが歯痒かった」
「朝から、そんなことを考えていたのか」
「……他の痛みなら嫌という程味わったのにな」
洋はつとめて明るく振る舞おうとしたが、笑顔を浮かべることが出来なかった。だから私は洋を背後から抱きしめてやった。
「洋は痛みを知る男だ。充分寄り添えていたさ」
「丈、お前は相変わらず優しいな」
洋は過去に骨折するような暴力は振るわれなかったが、もっと残虐な、心が軋む目に遭っている。
それはもう口には出さない。
もう過去の事だから。
それより未来を手繰り寄せる言葉をかけてやりたい。
「薙を心配してくれてありがとう」
「俺にとっても、あの子はとても身近な存在なんだ」
「あぁ、その通りだ。何しろ薙は洋の甥っ子だからな」
耳元で囁いてやると、洋はふっと満ち足りた満月のような笑顔を浮かべてくれた。
「洋の身体は今日も美しいな」
「お前が愛してくれるからさ」
「私の愛は足りているか」
「満ち足りている」
こうやって今日もお互いがお互いを浄化しあう。
私たちの世界はそれでいい。
天つ風が竹林を鳴らし吹き上げていく。
過去の辛い思いを吸い上げて、宇宙へと放出してくれる。
だから私たちは……この地上で、穏やかな時を重ねていける。
『天つ風』了
朝食を食べていると、流さんに話しかけられた。
「えっと、今日は元々振替休日で休みだよ」
「あ、悪い。そうだったな。ちょうど良かったな。今日は部屋でゆっくりするんだぞ」
「うん、松葉杖の練習でもしておくよ」
「あと勉強もな」
「うーん」
そんなやりとりをしていると、カタンと襖が品よく開く音がして、袈裟を楚々とした風情で着こなした父さんが入ってきた。
萌葱色の袈裟が、最高に似合っている。
いつもなら朝は自分の支度でバタバタで、こんな風にゆっくり父さんの住職としての立ち居振る舞いを見ることはない。だから新鮮な気分だ。
やっぱり住職の姿になると凜としてカッコいい!
幼い頃は、父さんが他のお父さんと違った服装なのが恥ずかしくて、好きじゃなかったが、今は違う。
誇らしいよ、オレの父さん!
「父さんは今から何をするの?」
「ん? そうだね、本堂で朝のお勤めをして、その後は寺の墓地を読経しながら巡回するんだよ」
「へぇ、朝から忙しいんだな」
「もう日課になっているから、これをしないと落ち着かないよ。薙は今日は振替休日で休みだったね。いい子にしているんだよ」
父さんがオレのことをしっかり把握してくれているのが、密かに嬉しかった。
母さんは離婚当初はオレに執着していたが、自分の仕事が軌道に乗り、やり甲斐を見つけた途端、今度は放任主義になった。
気まぐれな人だったので、オレもせいせいしたさ!
少し……寂しかったけど、慣れた。
「薙、いいかい? 何かあったら周りを頼ること。一人で頑張りすぎないこと」
「うん、分かった。父さんもね」
今は父さんと心のキャッチボールが出来ている。
父さんの心とオレの心って、遠くかけ離れていると思ったが、実はすごく近いんだな。
****
朝起きると、珍しく洋の方が先に起きていた。
窓辺に佇んで、明けゆく空を見つめていた。
洋の瞳は澄んでいる。
だが……何度見ても見飽きない整った美しい横顔は少しだけ曇っていた。
「洋、どうした?」
「……丈、薙くん、昨日は随分痛そうだったな。俺には骨折の経験はないから、薙くんの気持ちに寄り添えなかった。何の役にも立てなかったのが歯痒かった」
「朝から、そんなことを考えていたのか」
「……他の痛みなら嫌という程味わったのにな」
洋はつとめて明るく振る舞おうとしたが、笑顔を浮かべることが出来なかった。だから私は洋を背後から抱きしめてやった。
「洋は痛みを知る男だ。充分寄り添えていたさ」
「丈、お前は相変わらず優しいな」
洋は過去に骨折するような暴力は振るわれなかったが、もっと残虐な、心が軋む目に遭っている。
それはもう口には出さない。
もう過去の事だから。
それより未来を手繰り寄せる言葉をかけてやりたい。
「薙を心配してくれてありがとう」
「俺にとっても、あの子はとても身近な存在なんだ」
「あぁ、その通りだ。何しろ薙は洋の甥っ子だからな」
耳元で囁いてやると、洋はふっと満ち足りた満月のような笑顔を浮かべてくれた。
「洋の身体は今日も美しいな」
「お前が愛してくれるからさ」
「私の愛は足りているか」
「満ち足りている」
こうやって今日もお互いがお互いを浄化しあう。
私たちの世界はそれでいい。
天つ風が竹林を鳴らし吹き上げていく。
過去の辛い思いを吸い上げて、宇宙へと放出してくれる。
だから私たちは……この地上で、穏やかな時を重ねていける。
『天つ風』了
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