重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 42

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「うわぁ、流さんの親子丼って出汁と卵の絡みが絶妙だな。マジ美味しいよ! 流さんって、このまま店開けるよ」

 薙が親子丼をバクバク食べながら絶賛してくれるので、俺はすっかり上機嫌だ。

「そうか、そうか、よしよし、もっと食べろ」
「お代わりある?」
「もちろん!」
「やった!」

 一方、翠は猫舌なので箸をゆっくりと口に運んでいる。

 翠の所作はいつもおっとりと上品だ。俺にはない、楚々とした雰囲気を持つ眉目秀麗な兄が、幼い頃から大好きで憧れだった。

 翠に見惚れていると……
 
「流さん、おかわりー!」

 翠は薙のあまりに豪快な食べっぷりに呆気に取られていた。

「薙は相変わらず、すごい食欲だね」
「何だか最近食べても食べても空腹なんだよ。そうだオレ、身体測定でまた背が伸びていたよ」
「やっぱり? あぁ、これはもう父さんが抜かされる日も近いね」
「たぶんね。でもその前にこの足を治さないと。父さん、ちゃんと治るかな? また歩けるように、走れるようになるかな?」
「薙、ここには父さんも皆もいるから大丈夫だよ。だから焦らずしっかり治そう!」

 翠が父親らしく振る舞うと、薙も息子らしくなる。

「そうだね。ここは人手が多いから安心だよ。身体の具合が悪い時って目が冴えるっていうか耳が冴えるっていうか……とにかく誰かが傍にいてくれるとホッとするんだよな」

 薙……

 彩乃さんと二人で暮らしていた時、一人で留守番していたのは知っていたが、やはり寂しかったのだと思うと、切なくなる。

 するとその言葉に洋が頷く。

「薙くんの気持ち、分かるよ」
「洋さんもそう思う?」
「あぁ、同感だ。それより薙くんに頼みがあって」
「ん?」
「君の介助、俺、積極的にしてもいいか」
「ええ?」
「……診療所の手伝いをするにあたり、介助に慣れておきたいんだ」

 すると隣りで黙々と親子丼を食っていた丈が箸を止めて、顔を上げた。

「洋、実験台なら私が……」
「おい、丈、酷い方だぞ?」
「いや、そういうわけでは」
「どうせ俺は……」
「洋、この通りだ、すまなかった」

 くくっ、丈の奴、珍しく焦ってんな。

 そんな会話に薙も加わる。

「じゃあオレまな板の鯉って奴? よし! 煮るなり焼くなり好きにしていいよ」
「薙くんまで」
「あぁ、違うって、そういう意味じゃ」
「ははは、丈も薙も口が悪いな。洋は不器用なんだからと初めから言えばいいのに」

 あ、ヤベ、口が滑った。

 辺りがシーンとする。

「流さんまで……」

 見かねた翠が助け船を出してくれる。

「洋くんが助けてくれるなんて頼もしいよ。僕はとても不器用だから、洋くんに助けてもらいたいよ」
「翠さんは……尊いです」
「だから、洋くんも一緒に介助しよう。人手が多い方が助かるよ」

 翠兄さんはいつだって俺たち兄弟を束ね、場を収めてくれるんだな。

 扇の要のように、月影寺にいなくてはならない人だ。

 
 そんな翠が……あの日どんな思いで、ここを出て行ったのか。

 当時の翠の心中を思うと、胸に迫るものがある。

 

 もう絶対にするなよ。

 いや、この俺がもう絶対にさせない。
 
 もう離さない。




 その晩、俺は丈先生の指示を仰ぎ、大量の蒸しタオルを用意し、翠の元に届けてやった。

 2、3日はシャワーも禁止だ。

 だから翠が薙の身体を丁寧に蒸しタオルで拭いた。

 薙も素直に、翠に身を委ねていた。

「薙、大きくなったね、逞しくなったね」
「くすぐったい! わーなんか高校生にもなって、真っ裸を父さんに見られるのはずいな~」
「ん? そうなの? じゃあ父さんも脱ごうか」
「へ? いや、いや、いや、違うから」


 薙、それで正解だ。

 翠を真っ裸にするのは、俺の専売特許だから。

 それにしても、今日も翠の可愛さは健在だ。

 俺の翠は、そのままでいい。

 ちょっと不器用でかなり天然な所が可愛いのさ!

 それでいて最高に凜としている。

 月影寺に相応しい、俺の想い人。




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