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16章
天つ風 41
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「えっ、父さん?」
「えっ、薙?」
二人同時に、目が覚めた。
ここはどこだ?
目の前に息子がいるということは、薙のベッドなのか。
僕はいつの間に、ここに?
確か流にお茶を淹れようとして氷を散らかして……それから冷蔵庫で頭をぶつけて、丈にソファで休むように言われて……
んん?
その後の記憶がない。
頭をぶつけたから記憶喪失になってしまったのか。
「薙、ご、ごめん―― 父さんいつの間に?」
もう薙は高校生なのに添い寝なんてして、薙が嫌がることをしてしまった。焦って慌てて出て行こうとすると、薙に引き止められた。
僕の腰に手を回して、全力で。
「ちょっと待って! 父さん、そんなに焦んなくてもいいから」
「薙、僕は記憶喪失か、それとも夢遊病なのか」
「はぁ?」
「だってソファで転た寝をしていたはずなのに」
僕の心配を余所に、薙が肩を揺らす。
「くくっ、父さんが眠っている間に場所を移動させられるのは、今に始まったことじゃないよね?」
「ん……確かに……そういえば、いつの間にかお風呂に入っていたことも……」
「わぁ! ちょっとストップ」
「え? あ! ごめん、僕……何を言って」
「いいって、いいって!」
薙は頬をほんのり染めて、手でパタパタと仰いでいる。
薙は、こんなに寛大な子だったろうか。
離婚してからは常にピリピリして、息子なのに触れてはいけない存在だったのは、もう遠い昔なのか。
「それより父さん、ありがと」
「ん? どうした」
「オレの抱き枕になってくれて、お陰でよく眠れたよ」
「薙……もしかして僕に抱きついていたの?」
そう問うと薙はいよいよ真っ赤になった。
「父さんって、やっぱり天然だよな」
「え? そうなの?」
「好きだよ」
「え?」
「そんな父さんが好きだって言ってんの」
「あ、ありがとう」
「いや、その……なんか変な寝言、言ってなかった?」
薙が照れ臭そうにしているので、僕はやんわりと濁してあげた。
「さぁ? 父さんもぐっすり眠っていたので覚えてないな」
「そ、そうか、よかった」
「父さんも何か言ってなかった?」
「覚えてないよ。ぐっすり寝てたからさ! なんか小っ恥ずかしいー!」
夢かと思った。
懐かしい夢を見ているのかと。
薙が僕を『パパ』と呼び、僕が薙を『なーぎ』と返事したのは、夢ではなかったのか。
その事に気付き、心が跳ねた。
薙の心は、昔のように開かれている。
それがしみじみと嬉しくてたまらない。
二人で照れまくっていると、流が呼びに来た。
「お! 起きたな! お二人さん、夕食出来たぞ」
「オレ、すげー腹減った! 早く食べたい」
松葉杖に手を伸ばす薙を、流がさっと横に抱えた。
「わ、それ、はずいって! さっきも言ったじゃん!」
「熱々の親子丼を食べたいのなら、じっとしてろ。松葉杖は明日からゆっくり慣れればいい。だから、今日はみんなに甘えろ! そういう日だ」
「わ、分かった」
「そうしろ!」
流はスーパーマンのように、薙をあっという間に居間まで連れて行ってくれた。
一人残された僕の傍らには、薙の温もりがまだ残っている。
少しも寂しくない。
あたたかな温もりに包まれているから。
今はみんなの心が揃っている。
みんなが僕に優しく触れてくれる。
遠い昔、流に触れようとして拒否されたことを思い出した。あの日跳ねられた手は宙を彷徨い、切なかった。
でも今は……
良かった。本当に良かった。
ここに辿り着けて……本当に良かった。
みんな戻って来てくれた。
僕の元に――
薙の温もりを辿っていると、流が戻ってきた。
「翠も行こう」
「流……」
「ん? 翠も抱っこがいいか」
「え! あ、歩けるよ、もう……」
「そうか」
「さっきは……ありがとう」
「どういたしまして! 日常茶飯事だろ? 翠を運ぶのは俺の役目。翠に触れるのは俺の憧れだ」
「ん……」
廊下を歩きながら、僕の方から流の手を握った。
もうどこにも逃げない手を――
心を……掴まえた。
「えっ、薙?」
二人同時に、目が覚めた。
ここはどこだ?
目の前に息子がいるということは、薙のベッドなのか。
僕はいつの間に、ここに?
確か流にお茶を淹れようとして氷を散らかして……それから冷蔵庫で頭をぶつけて、丈にソファで休むように言われて……
んん?
その後の記憶がない。
頭をぶつけたから記憶喪失になってしまったのか。
「薙、ご、ごめん―― 父さんいつの間に?」
もう薙は高校生なのに添い寝なんてして、薙が嫌がることをしてしまった。焦って慌てて出て行こうとすると、薙に引き止められた。
僕の腰に手を回して、全力で。
「ちょっと待って! 父さん、そんなに焦んなくてもいいから」
「薙、僕は記憶喪失か、それとも夢遊病なのか」
「はぁ?」
「だってソファで転た寝をしていたはずなのに」
僕の心配を余所に、薙が肩を揺らす。
「くくっ、父さんが眠っている間に場所を移動させられるのは、今に始まったことじゃないよね?」
「ん……確かに……そういえば、いつの間にかお風呂に入っていたことも……」
「わぁ! ちょっとストップ」
「え? あ! ごめん、僕……何を言って」
「いいって、いいって!」
薙は頬をほんのり染めて、手でパタパタと仰いでいる。
薙は、こんなに寛大な子だったろうか。
離婚してからは常にピリピリして、息子なのに触れてはいけない存在だったのは、もう遠い昔なのか。
「それより父さん、ありがと」
「ん? どうした」
「オレの抱き枕になってくれて、お陰でよく眠れたよ」
「薙……もしかして僕に抱きついていたの?」
そう問うと薙はいよいよ真っ赤になった。
「父さんって、やっぱり天然だよな」
「え? そうなの?」
「好きだよ」
「え?」
「そんな父さんが好きだって言ってんの」
「あ、ありがとう」
「いや、その……なんか変な寝言、言ってなかった?」
薙が照れ臭そうにしているので、僕はやんわりと濁してあげた。
「さぁ? 父さんもぐっすり眠っていたので覚えてないな」
「そ、そうか、よかった」
「父さんも何か言ってなかった?」
「覚えてないよ。ぐっすり寝てたからさ! なんか小っ恥ずかしいー!」
夢かと思った。
懐かしい夢を見ているのかと。
薙が僕を『パパ』と呼び、僕が薙を『なーぎ』と返事したのは、夢ではなかったのか。
その事に気付き、心が跳ねた。
薙の心は、昔のように開かれている。
それがしみじみと嬉しくてたまらない。
二人で照れまくっていると、流が呼びに来た。
「お! 起きたな! お二人さん、夕食出来たぞ」
「オレ、すげー腹減った! 早く食べたい」
松葉杖に手を伸ばす薙を、流がさっと横に抱えた。
「わ、それ、はずいって! さっきも言ったじゃん!」
「熱々の親子丼を食べたいのなら、じっとしてろ。松葉杖は明日からゆっくり慣れればいい。だから、今日はみんなに甘えろ! そういう日だ」
「わ、分かった」
「そうしろ!」
流はスーパーマンのように、薙をあっという間に居間まで連れて行ってくれた。
一人残された僕の傍らには、薙の温もりがまだ残っている。
少しも寂しくない。
あたたかな温もりに包まれているから。
今はみんなの心が揃っている。
みんなが僕に優しく触れてくれる。
遠い昔、流に触れようとして拒否されたことを思い出した。あの日跳ねられた手は宙を彷徨い、切なかった。
でも今は……
良かった。本当に良かった。
ここに辿り着けて……本当に良かった。
みんな戻って来てくれた。
僕の元に――
薙の温もりを辿っていると、流が戻ってきた。
「翠も行こう」
「流……」
「ん? 翠も抱っこがいいか」
「え! あ、歩けるよ、もう……」
「そうか」
「さっきは……ありがとう」
「どういたしまして! 日常茶飯事だろ? 翠を運ぶのは俺の役目。翠に触れるのは俺の憧れだ」
「ん……」
廊下を歩きながら、僕の方から流の手を握った。
もうどこにも逃げない手を――
心を……掴まえた。
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