重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 40

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 流が薙をおんぶしたまま客間に入るのを見送り、僕は体育祭の荷物を居間に運んだ。

 荷物を整理してから薙の様子を見ようと廊下に出ると、ドンっと流と鉢合わせた。

「おっと悪い! 大丈夫か」
「大丈夫だよ。それより薙の様子は?」
「少し眠そうだから布団を運んでやろうと思ってな。他にも勉強道具も一式運ぶぞ!」

 骨折が治るまで薙の部屋を一階の客間に移すと、流は張り切っていた。

「そうだね、その方がいいね。じゃあ僕も手伝うよ」
「いや、いやいや、翠は疲れているだろう。すぐに終わらせるから、いい子に待っていてくれ」
「……『いい子』って、僕は薙の父親だよ?」
「それはまぁ……そうだが『二次災害』という言葉もあるしな。とにかく、その方が安心なんだ。なっ、言うことを聞いてくれ」

 逞しい腕で肩を掴まれ、懇願されてしまった。

 その台詞に「これでは兄弟が逆転だよ」と苦笑する。

 だが流の申し出も一理ある。
 
 僕より遙かに力のある流ならば、あっという間に荷物を運べるだろう。

 それに比べて僕は……

 自分の相変わらずほっそりとした腕を見つめて、また苦笑した。

 確かに早起きして弁当を作って、炎天下、体育祭の応援で興奮し、それから薙の骨折と胸がドキドキしっぱなしで、心も身体も疲れている。

 袈裟を着ていたら、これが修行ならば……ある程度は耐えられるが、今日のようなペラペラな薄い服装では、心が丸えで、ショックも大きかった。

「ふぅ……喉が渇いたな」

 水が飲みたい。

 いつもなら阿吽の呼吸で、流がキンキンに冷えた麦茶を差し出してくれるが、今日は無理だ。

 大丈夫だよ、流……自分のこと位、自分で出来るよ。

 庫裡の冷蔵庫から麦茶を取り出し、ゴクゴクと飲み干した。

 流の分も入れてあげようと思い立った。

 氷を入れた方がいいかも。

 サクッとスコップで氷を掬ったはずなのに、何故か床にパラパラッと散ってしまった。

 氷が溶けたら、床が水浸しだ。

 これも二次災害になってしまう。

 慌てて拾おうと思ったら、ゴツンと冷蔵庫の角に頭を思いっきりぶつけてしまった。

 目にチカチカと火花が散る。

「痛っ」
 
 そこにヌッと現れた大きな影。

「翠兄さん、一体なんの騒ぎですか。今、派手にぶつけましたね。見せて下さい」
「丈……」

 今度は丈に見下ろされて、頭を慎重に撫でられる。
 
「コブは出来てませんね。でも少し冷やしておきましょう。さぁこちらに来て下さい」

 今度は何故か、丈に手を引かれて廊下を歩く。

「いいですか、流兄さんが戻って来るまで『いい子』にソファに座っていて下さい」
「……丈は?」
「私は夕食の手伝いをしますよ」

 保冷剤をタオルで巻いたものを頭にあててくれる。

「ん、冷たいね……丈、後で僕も夕食の手伝いをするよ」
「え? いやいや……二次災害という言葉もあるので今日は勘弁して下さい」
「そうか」

 今日はやたら『二次災害』という言葉を聞くな。

 僕、そんなに不器用かな?

 そこまでじゃないと思うが。
 
 どうしたら役に立てるのかな。
 
 でも……今日は疲れたから、無理かもしれない。

 そんなことを考えながら転た寝をしてしまった。

 
 そのまま夢を見た。

 幼い薙が、僕に抱きついてくれる夢だ。

……
「パパぁ、スキ」
「なーぎ」
「パ……パ、どこにもいかないでね」
「うん、ずっと一緒だよ」
……

 僕の息子、薙。

 君に会えて良かった。

 君は僕の希望。

 強く人生を切り開いて欲しい。

 薙ぎ倒されるのではなく、薙ぎ倒して自分の人生を――

 あどけない息子が僕に懐いてくれる喜び。

 全部……僕の弱い心が原因で、手放してしまった。

 視力を失ない交通事故に遭って月影寺に戻り、ようやく正気に戻った時、激しく後悔した。

 薙……薙……薙をひとりで置いてきてしまった。

 どんなに頼んでも、僕の状況は不利で遭わせてもらえない。

 薙はきっともう……僕を「パパ」とは呼んでくれない。

 でもこの温もりはリアルだ。



 今、この世界で……僕に抱きついてくれるのは薙なのか。

 高校生になった薙がまさか……

 夢じゃなければ、最高の幸せだ。

 もしも……もしも……今、君が僕を「パパ」と呼んでくれたら、僕は「なーぎ」と返事しよう。

 僕にも出来る事がある。

「パ……パ……」
「なーぎ」

 親子の交流は、まだまだ出来る。

 抜け落ちた部分があるなら、これからの人生をかけて取り戻していけばいい。

 過去は変えられなくても、心の穴を塞ぐことは出来るだろう。

 



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