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16章
天つ風 37
しおりを挟む「ついでにベッドも持ってくるから、ちょっと待ってろ」
「えぇ? ベッドまで? そんなの悪いよ」
「ん? 寝起きしやすいだろ?」
「いやいや、そうじゃなくて……流さん、まじ怪力すぎだ!」
「はは、薙のためなら何でも出来るさ!」
力こぶを見せて豪快に笑う流さんに、今度はこっちが照れる番だ。
オレ、もしかして……かなり溺愛されてる?
流さんが慣れた手つきでベッドメイクをしてくれた。
「ほれっ、夕飯が出来るまで横になってろ」
ポンポンと枕を叩いて誘ってくれる。
その裏表ない大らかで明るい笑顔にほっとする。
同時に久しぶりに思い出した母方の祖父母の冷たい顔の記憶が消えていった。
いいな、こういうの。
オレの居場所は、ここだった。
父さんも苦しんだけど……オレも苦しかったよ。
それを素直に言えずにここに来た当初は、父さんには冷たい態度ばかり取ってしまったが、最近は過去のしがらみが解き放たれている。
ベッドにごろんと横になり、足が動かせない分、手で思いっきり伸びをした。
「あー 気持ちいい。あー 疲れた! そんで眠い」
「おぅ、少し休め」
「うん」
瞼が重く、目を閉じるとすぐにウトウトし出した
ところが暫く経っても、近くに流さんの気配が残っていた。
「……流さん? 夕食を作りに行くんじゃなかったの?」
「それは薙がいい子に眠るのを見届けてからだ」
流さんが、オレの額に手を当てた。
大きくて温かい手だ。
そっと……熱がないか確かめるように触れてきた。
「なんだか……子供みたいだ」
「ふっ、当たりだ。薙は子供だよ。オレたちの子だよ」
「うん、それさ、悪くないよ」
「サンキュ! さぁ眠れ」
****
薙が素直になれない子供なのは、知っている。
両親が離婚し、母親が親権を取り、彩乃さんとの二人暮らしが始まった。
当初は彩乃さんの祖父母の介入も多かったと聞いている。口には出さないが、子供心が傷つくことの連続だったろう。どんなに父親が恋しく、どんなに孤独を味わったことか。
だから、こうやって俺たちの懐に飛び込んできてくれたのが嬉しくて、つい溺愛したくなるのかもな。
薙は、まるで昔のオレみたいだから。
怒って怒って、尖って尖って、相手と衝突して……あちこちぶつけて傷つけて、傷ついて、ようやく角が取れて丸くなった。
俺も若い頃は、そんなことの繰り返しだったよ。
薙はまだまだ若い。
若さ故の過ちもあるだろう。若さ故の行動力もある。
だからこそ、今を懸命に生きろ。
薙らしく――
それが散々暴れた俺が言えることさ。
さてと眠ったな。
部屋の明かりを消して、部屋を出た。
そういえば翠はどこだ?
小森くんを見送ってくると言ったきり、姿を見せなかったが。
急に心配になった。
慌てて階段を駆け上がり翠の部屋を覗くが不在だった。
一体どこへ?
今度は階段を駆け下りて、居間を覗いた。
「翠……!」
いた!
翠は居間に置かれた3人掛けのソファに深くもたれて転た寝をしていた。
「……そうだよな……翠も今日は疲れたよな」
無理もない。早朝からおにぎりを握って、朝から体育祭観戦。日差しも強く体力を消耗したよな。
俺は目を細め、翠の麗しい寝顔を穴が開くほどじっくり眺めた。
年を重ねても相変わらず美しい顔立ちのままだ。
長い睫毛にすっと通った鼻梁、キュッと引き締まった口元に目元の黒子。
上品で優美な顔立ち、凜として気高い翠。
どんなに見ても飽きない人だ。
翠がこっくりこっくりと舟を漕ぎ出した。
熟睡モードに入ったのか……
体を前後や左右に揺らしている。
「……首が苦しそうだな」
そっと隣に座って、グイッと肩を貸してやった。
俺の肩にもたれると、翠は穏やかな寝息を立て始めた。
すやすやとした安堵した様子に、愛おしさが募っていく。
幸せだ。
ふと蘇るのは狂おしい過去の記憶。
翠はあの日も、このソファに座っていた。そして翠に寄りかかるように彩乃さんも座っていた。彩乃さんの手はさりげなく翠と結ばれていた。
あれは……幕を下ろしたくなる光景だった。
歯痒かった、悔しかった。
あの日の慟哭を越えて……
今、俺は……もう二度と座れないと思っていた場所に座っている。
今なら感謝出来る。
ここまでの苦しい人生があって、この幸せな時間があることに。
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