重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 36

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「よし、着地だ」
「えっ、ここ?」

 降ろされたのは、母屋の1階の端っこの客間だった。

「当分、階段は無理だろ?」
「確かに……」
「1日お疲れさん、夕食出来るまで横になるといい。薙の布団を降ろしてくるよ。他に必要なもがあったら言ってくれ」
「えーっと、一応……勉強道具一式?」
「くくっ、一応な」

 流さんがいなくなるとオレ一人になった。

 何故だか……10畳ほどの何も置かれていない殺風景な和室に、急に寂しさを感じてしまった。

 バカだな、一人は慣れているだろう?

 ここに来る前は家でいつもひとりだったじゃないか。

 でも……ここ、どこかと似ているな。

 なんだっけ? いつだっけ?

 あぁ……そうだ、母さんの実家だ。

 母さんの実家はここと同じ宗派の大きな寺だった。

 東京の渋谷区にある秋風寺。

 両親が離婚した後、その寺のだだっ広い和室に頻繁に預けられた。

 祖父母は表面上は優しくしてくれたが、どこかオレを見る目は冷たく余所余所しかった。

 だからなのか……夜はさっさと和室に戻され、襖をぴしゃりと閉められた。

「早く寝なさい」

 その一言の後は雷がどんなに轟いても、嵐で雨戸がガタガタ揺れても、誰も来てはくれなかった。

 きっと父さんを良く思っていなかったからなのだろう。

 父さんの不貞が原因という離婚処理になっていたし、オレの顔が父さんそっくりだったのも原因の一つだったのかもな。

 数年後、母さんの実家の寺は次男の家系が継ぐことに正式に決まり、跡目問題は終止符を打った。

 その報告に、オレはほっと胸を撫で下ろした。

 父さんの身代わりにはなりたくない。

 こんな冷たい場所はご免だ。

 オレはそれ以来、秋風寺には足を運んでいない。

 母さんは小学校低学年まで、オレに習い事を沢山させた。

 プールにそろばんに体操教室、英語教室、習字教室、休む暇もなく、息切れした。

 そのせいで、オレは父さんと疎遠になってしまった。

 父さんと公園に遊びにいけなくなってしまった。

 そんなことも思ったさ。

 結局三年生になってオレは自分の意志で全部ボイコット、つまり薙ぎ倒した。

 その頃には母さんも仕事で独り立ちしたようで実家を頼らなくなった。

 その頃にはオレも一人で留守番出来るようになったので、母さんはオレを一人家に置いて、仕事にどんどん夢中になっていった。

 結局オレが中2の夏に海外に赴任することになり、オレを月影寺に置いていった。

 今となっては、母さんの決断に感謝しているよ。

 一人娘の一人息子のオレを跡目争いからとっとと外してくれて、月影寺に、父さんの元に戻してくれてさ。

 和室の壁によりかかって、ここに来るまでの日々を思い出していると、ドサッと音がした。

 布団かと思ったら、オレの勉強机だった。

「薙、勉強道具一式持ってきたぞ」
「えぇ! 机ごと?」
「あぁ、和室だと立ったり座ったりと大変だと思ってな」
「流さん、怪力過ぎない?」
「こんなの軽いぜ」

 流さんってすごい力持ちだ。
 
 きっと……流さんにかかれば、父さんなんて軽々抱っこされちゃうのだろうな。

 現に、オレも今日抱っこされたし。
 
 まさか人生でお姫様だっこを公衆の面前でされる日が来るとは!

 しかも叔父さんに。

 恥ずかしかったけど、流さんの伝説のRっぷりが凄くて思い出しても愉快な気持ちになってしまった。

「どうした? 上機嫌だな」
「うん、あのさ、流さんなら父さんも軽々持ち上げられそうだよね」

 流さんは顔を真っ赤にした。

「し、知らん――」

 あー これはしょっちゅうしているようだ。

 昔だったら不機嫌になったかもしれないが、今は全部受け入れられる。

 だってさ、オレの大事な父さんが大事にしてもらっているんだ。

 文句なんてないさ。

 オレは流さんの子供になったんだし。

 なんかオレ……幸せだ。

 そうか、幸せって、こんな所にあったんだな。





 



 

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