1,572 / 1,657
16章
天つ風 36
しおりを挟む
「よし、着地だ」
「えっ、ここ?」
降ろされたのは、母屋の1階の端っこの客間だった。
「当分、階段は無理だろ?」
「確かに……」
「1日お疲れさん、夕食出来るまで横になるといい。薙の布団を降ろしてくるよ。他に必要なもがあったら言ってくれ」
「えーっと、一応……勉強道具一式?」
「くくっ、一応な」
流さんがいなくなるとオレ一人になった。
何故だか……10畳ほどの何も置かれていない殺風景な和室に、急に寂しさを感じてしまった。
バカだな、一人は慣れているだろう?
ここに来る前は家でいつもひとりだったじゃないか。
でも……ここ、どこかと似ているな。
なんだっけ? いつだっけ?
あぁ……そうだ、母さんの実家だ。
母さんの実家はここと同じ宗派の大きな寺だった。
東京の渋谷区にある秋風寺。
両親が離婚した後、その寺のだだっ広い和室に頻繁に預けられた。
祖父母は表面上は優しくしてくれたが、どこかオレを見る目は冷たく余所余所しかった。
だからなのか……夜はさっさと和室に戻され、襖をぴしゃりと閉められた。
「早く寝なさい」
その一言の後は雷がどんなに轟いても、嵐で雨戸がガタガタ揺れても、誰も来てはくれなかった。
きっと父さんを良く思っていなかったからなのだろう。
父さんの不貞が原因という離婚処理になっていたし、オレの顔が父さんそっくりだったのも原因の一つだったのかもな。
数年後、母さんの実家の寺は次男の家系が継ぐことに正式に決まり、跡目問題は終止符を打った。
その報告に、オレはほっと胸を撫で下ろした。
父さんの身代わりにはなりたくない。
こんな冷たい場所はご免だ。
オレはそれ以来、秋風寺には足を運んでいない。
母さんは小学校低学年まで、オレに習い事を沢山させた。
プールにそろばんに体操教室、英語教室、習字教室、休む暇もなく、息切れした。
そのせいで、オレは父さんと疎遠になってしまった。
父さんと公園に遊びにいけなくなってしまった。
そんなことも思ったさ。
結局三年生になってオレは自分の意志で全部ボイコット、つまり薙ぎ倒した。
その頃には母さんも仕事で独り立ちしたようで実家を頼らなくなった。
その頃にはオレも一人で留守番出来るようになったので、母さんはオレを一人家に置いて、仕事にどんどん夢中になっていった。
結局オレが中2の夏に海外に赴任することになり、オレを月影寺に置いていった。
今となっては、母さんの決断に感謝しているよ。
一人娘の一人息子のオレを跡目争いからとっとと外してくれて、月影寺に、父さんの元に戻してくれてさ。
和室の壁によりかかって、ここに来るまでの日々を思い出していると、ドサッと音がした。
布団かと思ったら、オレの勉強机だった。
「薙、勉強道具一式持ってきたぞ」
「えぇ! 机ごと?」
「あぁ、和室だと立ったり座ったりと大変だと思ってな」
「流さん、怪力過ぎない?」
「こんなの軽いぜ」
流さんってすごい力持ちだ。
きっと……流さんにかかれば、父さんなんて軽々抱っこされちゃうのだろうな。
現に、オレも今日抱っこされたし。
まさか人生でお姫様だっこを公衆の面前でされる日が来るとは!
しかも叔父さんに。
恥ずかしかったけど、流さんの伝説のRっぷりが凄くて思い出しても愉快な気持ちになってしまった。
「どうした? 上機嫌だな」
「うん、あのさ、流さんなら父さんも軽々持ち上げられそうだよね」
流さんは顔を真っ赤にした。
「し、知らん――」
あー これはしょっちゅうしているようだ。
昔だったら不機嫌になったかもしれないが、今は全部受け入れられる。
だってさ、オレの大事な父さんが大事にしてもらっているんだ。
文句なんてないさ。
オレは流さんの子供になったんだし。
なんかオレ……幸せだ。
そうか、幸せって、こんな所にあったんだな。
「えっ、ここ?」
降ろされたのは、母屋の1階の端っこの客間だった。
「当分、階段は無理だろ?」
「確かに……」
「1日お疲れさん、夕食出来るまで横になるといい。薙の布団を降ろしてくるよ。他に必要なもがあったら言ってくれ」
「えーっと、一応……勉強道具一式?」
「くくっ、一応な」
流さんがいなくなるとオレ一人になった。
何故だか……10畳ほどの何も置かれていない殺風景な和室に、急に寂しさを感じてしまった。
バカだな、一人は慣れているだろう?
ここに来る前は家でいつもひとりだったじゃないか。
でも……ここ、どこかと似ているな。
なんだっけ? いつだっけ?
あぁ……そうだ、母さんの実家だ。
母さんの実家はここと同じ宗派の大きな寺だった。
東京の渋谷区にある秋風寺。
両親が離婚した後、その寺のだだっ広い和室に頻繁に預けられた。
祖父母は表面上は優しくしてくれたが、どこかオレを見る目は冷たく余所余所しかった。
だからなのか……夜はさっさと和室に戻され、襖をぴしゃりと閉められた。
「早く寝なさい」
その一言の後は雷がどんなに轟いても、嵐で雨戸がガタガタ揺れても、誰も来てはくれなかった。
きっと父さんを良く思っていなかったからなのだろう。
父さんの不貞が原因という離婚処理になっていたし、オレの顔が父さんそっくりだったのも原因の一つだったのかもな。
数年後、母さんの実家の寺は次男の家系が継ぐことに正式に決まり、跡目問題は終止符を打った。
その報告に、オレはほっと胸を撫で下ろした。
父さんの身代わりにはなりたくない。
こんな冷たい場所はご免だ。
オレはそれ以来、秋風寺には足を運んでいない。
母さんは小学校低学年まで、オレに習い事を沢山させた。
プールにそろばんに体操教室、英語教室、習字教室、休む暇もなく、息切れした。
そのせいで、オレは父さんと疎遠になってしまった。
父さんと公園に遊びにいけなくなってしまった。
そんなことも思ったさ。
結局三年生になってオレは自分の意志で全部ボイコット、つまり薙ぎ倒した。
その頃には母さんも仕事で独り立ちしたようで実家を頼らなくなった。
その頃にはオレも一人で留守番出来るようになったので、母さんはオレを一人家に置いて、仕事にどんどん夢中になっていった。
結局オレが中2の夏に海外に赴任することになり、オレを月影寺に置いていった。
今となっては、母さんの決断に感謝しているよ。
一人娘の一人息子のオレを跡目争いからとっとと外してくれて、月影寺に、父さんの元に戻してくれてさ。
和室の壁によりかかって、ここに来るまでの日々を思い出していると、ドサッと音がした。
布団かと思ったら、オレの勉強机だった。
「薙、勉強道具一式持ってきたぞ」
「えぇ! 机ごと?」
「あぁ、和室だと立ったり座ったりと大変だと思ってな」
「流さん、怪力過ぎない?」
「こんなの軽いぜ」
流さんってすごい力持ちだ。
きっと……流さんにかかれば、父さんなんて軽々抱っこされちゃうのだろうな。
現に、オレも今日抱っこされたし。
まさか人生でお姫様だっこを公衆の面前でされる日が来るとは!
しかも叔父さんに。
恥ずかしかったけど、流さんの伝説のRっぷりが凄くて思い出しても愉快な気持ちになってしまった。
「どうした? 上機嫌だな」
「うん、あのさ、流さんなら父さんも軽々持ち上げられそうだよね」
流さんは顔を真っ赤にした。
「し、知らん――」
あー これはしょっちゅうしているようだ。
昔だったら不機嫌になったかもしれないが、今は全部受け入れられる。
だってさ、オレの大事な父さんが大事にしてもらっているんだ。
文句なんてないさ。
オレは流さんの子供になったんだし。
なんかオレ……幸せだ。
そうか、幸せって、こんな所にあったんだな。
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる