重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 33

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 薙の診察の待つ間、僕は周囲の心配をよそに不思議と冷静になっていた。

 大丈夫、大丈夫だ。

 怪我がどんな状態でも、今の薙の傍には僕がいる、

 僕が支えてやれる位置《ポジション》にいる。

 だから薙は戸惑わなくていい。

 全部、父さんに委ねるといい。

 
 そんな中、流が素朴な疑問を投げかけて来た。

「なぁ……ところで丈って外科医だったよな? 整形外科は分野外じゃね?」
「あれ? そういえばそうだね」

  そこに洋くんが首を突っ込む。

「その通りです。丈にも応急処置の知識はありますが、ここは総合病院なので……薙くんの治療をするのは整形外科医かと。丈はどうしても甥っ子の怪我を放っておけなかったようです」

 洋くんが医療現場に詳しいのは、医療ライターを志したおかげだ。

 志したことは無駄にならない。

 開業した暁にも、大いに役立つだろう。

「そうなんだね。いずれにせよ丈が絡んでくれるのは僕としては有り難いよ。身内に医者がいて良かった、いや、丈が医者になってくれて良かった」
「今の言葉、丈が聞いたら喜びます」

 洋くんはまたうっすらと頬を染めていた。

 色白で透明感のある皮膚を持っているので、感情がすぐに外に出やすい。

 月影寺にやってきた当初は青ざめた顔色で、貧血を起こして頻繁に倒れていたのに、今は心が潤っているのか、自分を褒められるのも、丈を褒められるのも、共に嬉しくてたまらないようだ。


 そうこうしているうちに診察室の扉が開いて、丈の声がした。

「兄さん、中へどうぞ。診察結果をお伝えします」

****

「薙、大丈夫か」
「丈さん……オレ、骨折しちゃった?」
「だいぶ腫れているな。すぐにレントゲンを撮ってみよう」

 整形外科医の同僚と協力して、薙の診察をした。

 私も骨折に対する知識はあるが専門分野ではないので、間違いがない道を選択した。先程兄さんの前で、私が診ますと口が滑ってしまったが、洋にはお見通しだったな。今頃修正してくれているだろう。

「張矢先生、甥っ子さん骨折してますよ。ここです」
「やっぱり」
「ギブスで固定しますね」
「頼みます」

 結果は足の甲部分の骨折だった。変な体勢で転んだ衝撃が原因だ。

 高校の体育祭では頻度の高い骨折事例だ。

 薙に結果を告げると、悲壮な表情を浮かべた。

「足の甲を骨折した場合は、ギプスと添え木で元の正しい位置で骨を固定して、しっかりつながるまで足を使わないようにする必要があるんだ」
「えぇ、参ったな。骨折なんて格好悪い……」
「折れてしまったのだから、治すしかないだろう」
「……確かに」
「大丈夫だ。大人しくしていればちゃんと治る」
「大人しくってどれ位?」
「1~2ヶ月だ」
「マジ? 少しでも早く治す方法はないの?」

 若い薙にとって、自由に動き回れないのはさずかし辛いだろう。

「ある」
「え? 教えてよ、何? 裏技?」
「周囲に甘えて極力骨折した足に負担をかけないことだ。それが一番の近道だ」
「……そ、そうか」
「さぁ松葉杖を貸そう。使い方に慣れるまでもどかしいと思うが、今の状況を素直に受け入れた方が早く治る」
「つまり、素直になれってことか」
「出来そうか」
「……頑張ってみる」

 翠兄さんと流兄さんに薙の骨折を伝えると、二人は動じなかった。

 待っている間に覚悟は決まったようだ。

 そういえば翠兄さんは二度も腕の骨折経験があり、流兄さんは骨折した人の介助に慣れている。

「骨折の知識はありますよね」
「うん、腕のだけど基本は同じか」
「そうです。完治まで暫くかかりますが、根気よくつきあっていけば治りますよ」
「そうだね。心がけるよ」
「お任せします。何かあったら私に一報を」
「丈、ありがとう。丈が医者になってくれて良かった」
「……コホン、お役に立って何よりです」

 医者になったのは最初は洋を守るためだったが、今では洋を取り巻く世界の均衡を保つためになっている。

 だから本心だ。

「父さん、骨折しちゃたから、暫くよろしく!」

 薙も開き直っている。

 打たれ強い子だ。

「薙、父さんも過去に二度も腕を骨折している。だから薙の気持ちを察するよ。もどかしいと思うが、ここは僕に甘えて乗り切っておくれ」
「そうするよ、父さん」

 翠兄さんの頬も、赤く染まった。

 思いやり、優しさ……

 暖かい感情が行き交う世界に、私たちはようやく辿り着いたようだ。




 私たちは心で対話する。

 洋、ここまで長い道のりだったな。

 丈、これからはこの世界を守るのが、俺たちの使命だ。


 



 
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