重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,569 / 1,657
16章

天つ風 33

しおりを挟む
 薙の診察の待つ間、僕は周囲の心配をよそに不思議と冷静になっていた。

 大丈夫、大丈夫だ。

 怪我がどんな状態でも、今の薙の傍には僕がいる、

 僕が支えてやれる位置《ポジション》にいる。

 だから薙は戸惑わなくていい。

 全部、父さんに委ねるといい。

 
 そんな中、流が素朴な疑問を投げかけて来た。

「なぁ……ところで丈って外科医だったよな? 整形外科は分野外じゃね?」
「あれ? そういえばそうだね」

  そこに洋くんが首を突っ込む。

「その通りです。丈にも応急処置の知識はありますが、ここは総合病院なので……薙くんの治療をするのは整形外科医かと。丈はどうしても甥っ子の怪我を放っておけなかったようです」

 洋くんが医療現場に詳しいのは、医療ライターを志したおかげだ。

 志したことは無駄にならない。

 開業した暁にも、大いに役立つだろう。

「そうなんだね。いずれにせよ丈が絡んでくれるのは僕としては有り難いよ。身内に医者がいて良かった、いや、丈が医者になってくれて良かった」
「今の言葉、丈が聞いたら喜びます」

 洋くんはまたうっすらと頬を染めていた。

 色白で透明感のある皮膚を持っているので、感情がすぐに外に出やすい。

 月影寺にやってきた当初は青ざめた顔色で、貧血を起こして頻繁に倒れていたのに、今は心が潤っているのか、自分を褒められるのも、丈を褒められるのも、共に嬉しくてたまらないようだ。


 そうこうしているうちに診察室の扉が開いて、丈の声がした。

「兄さん、中へどうぞ。診察結果をお伝えします」

****

「薙、大丈夫か」
「丈さん……オレ、骨折しちゃった?」
「だいぶ腫れているな。すぐにレントゲンを撮ってみよう」

 整形外科医の同僚と協力して、薙の診察をした。

 私も骨折に対する知識はあるが専門分野ではないので、間違いがない道を選択した。先程兄さんの前で、私が診ますと口が滑ってしまったが、洋にはお見通しだったな。今頃修正してくれているだろう。

「張矢先生、甥っ子さん骨折してますよ。ここです」
「やっぱり」
「ギブスで固定しますね」
「頼みます」

 結果は足の甲部分の骨折だった。変な体勢で転んだ衝撃が原因だ。

 高校の体育祭では頻度の高い骨折事例だ。

 薙に結果を告げると、悲壮な表情を浮かべた。

「足の甲を骨折した場合は、ギプスと添え木で元の正しい位置で骨を固定して、しっかりつながるまで足を使わないようにする必要があるんだ」
「えぇ、参ったな。骨折なんて格好悪い……」
「折れてしまったのだから、治すしかないだろう」
「……確かに」
「大丈夫だ。大人しくしていればちゃんと治る」
「大人しくってどれ位?」
「1~2ヶ月だ」
「マジ? 少しでも早く治す方法はないの?」

 若い薙にとって、自由に動き回れないのはさずかし辛いだろう。

「ある」
「え? 教えてよ、何? 裏技?」
「周囲に甘えて極力骨折した足に負担をかけないことだ。それが一番の近道だ」
「……そ、そうか」
「さぁ松葉杖を貸そう。使い方に慣れるまでもどかしいと思うが、今の状況を素直に受け入れた方が早く治る」
「つまり、素直になれってことか」
「出来そうか」
「……頑張ってみる」

 翠兄さんと流兄さんに薙の骨折を伝えると、二人は動じなかった。

 待っている間に覚悟は決まったようだ。

 そういえば翠兄さんは二度も腕の骨折経験があり、流兄さんは骨折した人の介助に慣れている。

「骨折の知識はありますよね」
「うん、腕のだけど基本は同じか」
「そうです。完治まで暫くかかりますが、根気よくつきあっていけば治りますよ」
「そうだね。心がけるよ」
「お任せします。何かあったら私に一報を」
「丈、ありがとう。丈が医者になってくれて良かった」
「……コホン、お役に立って何よりです」

 医者になったのは最初は洋を守るためだったが、今では洋を取り巻く世界の均衡を保つためになっている。

 だから本心だ。

「父さん、骨折しちゃたから、暫くよろしく!」

 薙も開き直っている。

 打たれ強い子だ。

「薙、父さんも過去に二度も腕を骨折している。だから薙の気持ちを察するよ。もどかしいと思うが、ここは僕に甘えて乗り切っておくれ」
「そうするよ、父さん」

 翠兄さんの頬も、赤く染まった。

 思いやり、優しさ……

 暖かい感情が行き交う世界に、私たちはようやく辿り着いたようだ。




 私たちは心で対話する。

 洋、ここまで長い道のりだったな。

 丈、これからはこの世界を守るのが、俺たちの使命だ。


 



 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...