重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 32

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「父さん、痛いよ、すげー 痛い」

 堰を切ったように、僕の腕の中で痛い痛いと訴え続ける薙。

 まだ少年っぽさも少し残る身体を抱きしめてやった。

 僕の胸に無意識に頭をぐりぐりと擦り寄せてくる仕草は、まるで幼い頃のよう。
 
 不謹慎だが、薙が全力で僕に縋ってくれるのが密かに嬉しかった。

 小さい頃、薙とよく公園に行ったね。

 そこには大きなトラックがあって子供も大人も自由にジョギング出来るようになっていた。

 僕はそこで薙を自由に走らせた。

 君が自由自在に駆け巡る姿を見るのが好きだった。

 あの頃の僕は都会の空気に馴染めず閉塞感に埋もれそうだったから、君を通して息をしていた。

 ある日、薙が派手に転んでしまった。

 慌てて駆け寄ると、膝を派手に擦り剥いて、泣きながら全力で僕にしがみついてきた。

「パパがいないといやだ! パパがみてないといやだ!」
「なぎ……」

 全力で我が子に求められる喜びを、あの日も不謹慎に感じていた。

 家に帰ると彩乃さんに僕の不注意で薙が怪我をしたと怒られて、それ以降、二人で公園に行くのを許してもらえなかった。

 あの頃の僕は……どうして妻の意見の言いなりになってしまっていたのか。

 アイツから逃げるために結婚を選択した後ろめたさがあったのかもしれない。

 それでも薙に巡り逢えて良かった。

 なのに離婚。

 幼い薙の人生に取り返しが付かないことになったと……

 薙にも引け目を感じて、腫れ物に触るよう接してしまってごめん。

 幼い薙は、きっと待っていてくれただろう。僕とまた触れ合う日々を心の底で――

「病院に着いたぞ」

 大船の総合病院では、丈自ら出迎えてくれていた。

「丈! ありがとう」
「薙の具合は?」
「かなり痛むらしいんだ。どうか頼む」

 白衣姿の弟が心から頼もしいと思うのは、僕の手術の時と同じだ。

 僕は本当に頼りになる弟に恵まれている。

 人はこうやって助け合って生きて行くものなんだと実感する。
 
「兄さん、大丈夫です。私が担当医なので、すぐに診ます。ところで薙の応急処置は誰が?」
「俺と洋だ。洋も添え木を探してくてたりと、手伝ってくれたよ」
「流兄さんと洋が協力して……そうですか、完璧です」

 保健室に洋くんと駆けつけると、薙の足首は大きく腫れ上がり内出血を起こして、とにかく痛そうだった。流も骨折を疑って洋くんに副木を探しに行かせ、洋くんが持って来たダンボールを副木《そえぎ》として固定し、包帯を使って圧迫固定してくれた。

「よし、移動しましょう」

 薙が病院スタッフによって、診察室に運ばれる。

 僕は丈と洋くんの後について、廊下を歩いた。

 二人の会話がさり気なく聞こえる。

「洋、よくやった。教えたことを実践出来たな」
「いや……俺はまだまださ。流さんが咄嗟に指示を出してくれた」
「指示通りに動けるのも大事なことだ」
「必死に俺に出来ることを探したんだ」
「それでいい。私の頼もしい相棒になるのだから」
「あぁ」

 洋くんはほんのりと頬を染めていた。
 
 クールな洋くんだが、最近は感情がこんな風に滲み出てくることが多い。

 この二人は、近い将来の……由比ヶ浜の診療開院を見据えているのだ。

 洋くんは、丈にとって最高の助手となる。

 かつて僕が一時期定期的に通った海里先生。

 あなたの遺志を、僕の弟達がしっかり継いでいきます。

「兄さん、診察と治療が終わったら呼ぶから、廊下で待っていてもらえますか」
「うん、分かった。丈先生、宜しくお願いします」
「お任せを」

 骨折か捻挫かまだ分からないが、どんな結果でも恐れるな。

 僕だって骨折したことがある。

 あの時の経験を生かして、薙のことは全力で僕が!

 







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