重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,564 / 1,657
16章

天つ風 28

しおりを挟む
 洋くんが見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。

 君が遠い過去から必死に願ってきたことは、この世でようやく叶った。

 そう思うと、この末の弟を優しく抱き締めてあげたくなった。

 僕と洋くんは、どことなく顔立ちが似ている。

 だからなのか……流と丈とはまた別の愛おしさを感じている。

 大切にしてあげたい可愛い弟なんだよ、君は――

 だからもっと、もっと、自分に自信を持って欲しい。

「洋くん、今日は来てくれてありがとう」
「兄さん……あの時はせっかく誘ってもらったのに素直になれなくて、すみません」

 兄さんか。

 いいね、僕をそう呼んでくれることも、最近増えてきた。

 それがまた嬉しい。

「いいんだよ。こうやって今、並んで立っているのだから。薙は僕たちにとって大切な存在だから一緒に観たかった」
「僕たち?」
「君と薙も深い縁で繋がっている。そもそも今の君は、大家族に身を置いているのだよ」
「あ、はい! 皆さん……俺の家族です」

 洋くんは美しい顔をほんのり赤く染めて、僕を見つめた。

 相変わらず、誰もが振り向く程の類い希な美貌の持ち主だ。

 だがそのせいで苦しんだ辛い過去がある。よからぬ輩の身勝手な欲望を引き寄せてしまい、僕以上に苦しんだ人生だったが、これからは顔を上げて生きて欲しい。

 僕もそうするから。

 年齢を重ねるにつれ深い趣が加味された美貌を放つ洋くんが、僕は愛おしい。

「君は月光のような人だから、月影寺に相応しいよ」
「相応しいでしょうか」
「そうだよ、最後はここに辿り着く運命だったんだ。さぁ一緒に観戦しよう。あ、その前に、喉が渇かない? 暑くなってきたから、こまめに水分を取らないと駄目だよ」

 つい長男気質が出て、あれこれと末っ子の世話を焼きたくなった。

 すると流に手招きされた。

「おーい、お二人さん、こっちこっち」
「流、どこに行っていた?」
「いいから、こっちで休憩しようぜ」

 流の後をついていくと何故か体育館の裏庭に『ござ』が敷かれていた。座布団まで並べて……いつの間に持って来たんだ?

「二人の美貌が眩しすぎるから、父兄席を離れ、ここで寛ごうぜ。これは全部用務員室から借りてきた。まだ知り合いがいたから助かったよ」
「そ、そうなのか」

 なるほど、これは確かに『伝説』にもなるはずだ。

 流は高校時代、きっと校内を我が物顔で渡り歩いたに違いない。

「ささ、どうぞ」

 正座すると、さっと冷茶を差し出された。

 切り子のグラスの中で、カランコロンと氷が音を奏で、涼しげだ。

「風流だね。それにしても流石だね、ちょうど喉が渇いて……」
「そうだと思ったぜ! 翠から滴る水分量は、俺がしっかり把握しているからな」
「りゅ、流……それ、なんだか意味深だよ」

 もう、何を言い出すんだか。

 流は意気揚々と洋くんの肩を抱く。

「さぁ洋もしっかり飲んでおけ。洋も毎晩汗をかかされて大変だな」
「え!」

 洋くんはポーカーフェイスを装っていたが、耳朶を染めた。

 流は相変わらず、やんちゃだな。

「でもやっぱり俺が一番水分不足だろう。いつもカピカピのカピカピだ」
「りゅ、流、こらっ、はしたないよ」
 
 すると洋くんが、ぼそっと呟く。

「一番水分不足なのは……丈だと思いますよ。アイツはガビガビに、くっ、ははっ!」
「ガビガビだと!?」

 流が対抗心を剥き出しにする。

「くそぅ、負けてられないな」
「ははっ、俺、口が滑りました。くくっ……」

 洋くんが快活に笑う。

 楽しそうに肩を揺らす。

 洋くんの身体が揺れると、グラスの中の氷がまたいい音色を奏でる。

 悪くないね。

 こんな風に弟達と輪になって、和やかな時を過ごしたかった。

 僕はずっと、ずっと、こうありたかった。

 それが叶っていく――
 

 

 


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

処理中です...