重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 25

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 半裸の流の雄々しさは、半端なかった。

 校舎の屋上で寝転んで空を見上げていたはずなのに、いつの間に僕は流の胸板の厚さ、二の腕の太さに釘付けになっていた。

 とても不謹慎なことなのに、胸がどんどん高鳴っていく。

「翠、どうした? もぞもぞして」
「いや……その、流……最近、また逞しくなった気がして」
「あぁ、特別な運動を始めたからな」
「へぇ、どんな運動? 僕もしてみようかな」

 すると流が愛おしげに僕を見下ろしてきた。

 流の胸元に汗の粒が見えて、妙に生々しい気持ちになってしまった。

 流が僕の上で揺れると、その汗が飛んでくる。

 流れ落ちる汗に、僕は陶然としてしまう。

 まずいな、この姿勢は……

 流に抱かれる時と同じだ。

「はぁ、翠は天然だな。心辺りなら大ありのくせに」
「え?」

 流が体重をかけないように、僕に覆い被さってきた。

「ちょっ!」
「ははっ、こうやって鍛えているのさ。夜な夜な」

 動揺する僕を尻目に、流はスクッと起き上がり、青空に向かって伸びをした。

「さてと、そろそろ行くか」
「そうだね、ほら、早くTシャツを着て……なんだか目の毒だ」
「分かってるって! 俺の裸を見ていいのは、もう翠だけだもんな」
「も、もう――」

 ところが流はなかなかTシャツを着ない。

 僕ものろりと起き上がって辺りを探すが、ネットにひっかけたはずのTシャツが見当たらない。

「流、どうしたの?」
「やべー またやっちまった」
「またって……まさか風で?」
「あぁ、油断していた。ネットがあるから大丈夫かと思ったが、天つ風の仕業だな」
「仕業って……はぁ……で、どうするの? そんな格好じゃ人前に出られないだろう」
「だが、着替えなんて持って来ていないぞ」

 上半身裸で保護者席に戻ったら、それこそ伝説の人間になってしまうよ。
 
 変態印のね……

「仕方がないね。僕のシャツを貸すよ」

 ボタンを外し出すと、流が焦った様子で制止してきた。

「お、おい! よせ! ダメだ。それじゃ翠の肌が丸見えになってしまう。くそぅ、肌着を着せてくればよかった」
「あっ、そうか、出掛けに流が肌着は駄目だって、一度着たのを脱がしたんだったな」
「……」

 僕たちは二人して頭を抱えてしまった。

 やましいことなんてしてないのに、思いっきりやましいのは何故だろう?

「くすっ、何だか可笑しいね。僕たちいい歳なのにバカなことをしているね」

 不思議なことに、困ったを通り越して、笑いが漏れてしまった。

 あの日もあの日も、とても笑い飛ばせることではなかったが、相手が流だからなのか、僕の心にはゆとりがある。

 若い頃はなんでもガチガチに考えて、抜け道なんて作れなかった。

 逃げることは許されないと、自分を律していた。

 でも今は違う。

 僕らはあの日を超えて、ここにいる。

「流、きっと戻って来るよ」
「そうだな、天は俺たちの味方だもんな」

 そこに声が響く。

「そこにいるのは『伝説のR』?」
 
 眩しくてよく見えないが、薙の声が聞こえる。
 
 今『伝説のR』って言った?

 それって、まさか……

「おぅ! 俺が去った後そんな名が付いたとか」
「やっぱり! 流さんって、やっぱ、カッコいいな」

 光の中から、薙がスッと姿を現す。
  
 黄色のハチマキを巻いて、爽やかに笑っている。

 身長も更に伸びて凜々しくなった薙が、こちらに向けて何かを投げた。

「ほら!」
「おぅ! サンキュ!」

 それは流のTシャツだった。

 あ、それで『R』の文字だったのか。

 やれやれ、まぁ……高校時代にあれだけのことをすれば伝説にもなるのか。

「薙、ありがとう。どうしてこれを?」
「校庭のど真ん中に舞い降りてきたんだ。さっき流さんが着ていたの見ていたから知っていた。でもみんなは『伝説のR』の再来だって大騒ぎしていたよ」
「はははっ『伝説のR』はもう引退だ。品行方正にしてないと翠に怒られる。薙、お前に譲るよ」
「オレはRじゃないよ?」
「俺の名前を受け継いでくれ」

 薙が笑う、嬉しそうに笑う。

 薙は昔から流が大好きだった。

 だから嬉しいようだ。

「流さんの名を継ぐのは、オレでいいのか」
「薙はオレにとって大事な存在だからな」
「ありがとう、嬉しいよ。午後も見てくれよ。エールを送るから」
「あぁ、天に届く程、声を張り上げろ!」
「分かった!」


 天国にいる湖翠さんと流水さんにも届くといい。

 あなたたちの願いは叶い続けている――



 

 
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