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16章
天つ風 24
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「翠、こっちだ。ここに座ろう」
翠を屋上の校舎の影に座らせた。
「流はよくここに来たの?」
「……まぁな」
「やっぱり! そんな気がしたよ」
高校時代、よく休み時間になると屋上にやってきた。
当時は今より管理も厳しくなく、昼休みには屋上への鍵を開けてくれた。俺はその鍵を自由に使って、気分が乗らない時はひとりで時間を潰した。
ここは一人になれる貴重な場所だったからな。
「ここで何をしていたの?」
「腕立て伏せさ」
「え? くすっ、流は本当に体力が有り余ってたんだね」
「そういう翠だって自室で密かにトレーニングしていただろ?」
「あれは……うーん、僕だって男だから人並みの体力は欲しかったからね。特に2歳下の弟がムキムキしていたせいで、自分が酷く貧相な気がして」
「ははっ! そうか、翠でもそんなこと気にしたのか。まぁ俺の場合、年季が入っていたからな」
兄を密かに想う悶々とした気持ちを発散させたくて、腹筋や腕立て伏せをした。そんで汗びっしょりになれば制服のシャツを脱ぎ捨て、上半身裸で寝っ転がっていた。
日焼けして逞しい身体になりたかったのもあったのさ!
「そういえば、流は高校時代に何度か制服のシャツを紛失して、母さんに怒られていたよね。あれはどうして?」
「あー あれは汗だくになったから脱いで屋上の手すりに干していたら、風がかっ攫っていったんだ」
「……そうだったのか」
翠が少しだけムッとする。
「ん? 何を怒っているんだ?」
「まさかとは思うけど、肌着姿で授業を?」
「いや、肌着なんて格好悪いから着てなかったから上半身裸で教室に行ったら滅茶苦茶怒られた。ははっ!」
「……聞き捨てならないね。流の肌を……人に見せるなんて」
「翠?」
「……流の裸を見てもいいのは、もう……僕だけだ」
翠が少し頬を染めて、そっぽを向く。
あぁぁ、最高だな!
兄のこんな可愛い我が儘をずっと聞きたかった。
いつも達観して慈悲深く、自分から何を欲するのではなく、自分の全てを分け与えてしまう人だったらから。
「ごめん、僕、変なことを口走ったね」
「いんや、最高に可愛いかった」
どうも翠の不意打ちの「愛してる」を喰らってから、身体が熱っぽい。
「あー暑いな。汗でTシャツが身体に張り付いて気持ち悪い。なぁ今は翠しかいないから脱いでもいいか」
「ふっ、流は変わらないね。そうだね、こんな炎天下の屋上に来る父兄はいないかな」
翠の許可をもらってTシャツを脱ぎ捨てると、翠がそっぽをまた向いてしまった。
兄さん、さっきから挙動不審だぜ。
「おいおい、こんなの見慣れているだろ? 真っ裸をいつも見ているくせに」
屋上のネットにひっかけて翠を見下ろすと、翠は明らかに赤面していた。
「こんな明るい場所で、高校の屋上でなんて……初めてだ」
「そうか、そうだよな。あー 高校時代の俺に言ってやりたいよ。安心しろ!お前の想いは、ちゃんと成就するってさ!」
「流……」
「さぁ弁当食べちまおうぜ」
「うん。僕のおにぎり、無事かな」
「大丈夫さ」
「本当? 薙も喜んでくれるといいな」
「今頃、がっついているぜ」
俺たちは弁当を食べて、それからごろんと寝そべった。
いい風が吹いているな。
空は青いし、隣には翠がいる。
俺の幸せは、ここにある!
翠を抱きしめたい欲情を、必死に押し込めた。
「流、そろそろTシャツ着ないと……午後の部が始まるよ」
「そうだな」
****
午前の部が、無事に終了した。
俺たちは一旦教室に戻り、弁当タイムだ。
「あー 腹減った」
大きな弁当包みを広げると、大きなおにぎりと小さなおにぎりがゴロゴロ転がってきた。
大きさもバラバラで三角形でなく六角形な気もするが、なんでもいい。
不器用な父さんが事前に練習までして、愛情をギュッと込めてくれたのが、伝わってくる。
「薙のおにぎり、上手そうだな」
「草薙のも旨そうだぞ」
お互いいびつなおにぎりを頬張った。
「オレんちは父さんが作ってくれるから」
「あ、俺もだ」
「そうなのか、もしかして」
「話してなかったっけ? 去年離婚して、今は父子家庭なんだ」
「そっか、オレもだ。といっても、離婚は5歳の時で最初は母子家庭だったけど」
「そうだったのか。『薙薙コンビ』はやっぱ境遇も似ているのかな?」
「なぁ、どうして草薙はこの高校を選んだんだ?」
「それは『伝説のR』の存在が大きい」
「伝説のR?」
「知らないのか。型破りで破天荒、大波を乗り越えて卒業していった人のことを」
……それってさぁ、たぶん流さんなんじゃないのか。
俺の叔父さんだよ。
教えようか迷っていたら、女子の悲鳴が聞こえた。
悲鳴といっても黄色い悲鳴だ。
窓の外を指さしている。
「キャー! 伝説のRが現れたわ!」
見ると……流さんがさっきまで着ていたグレーのTシャツがひらひらと校庭に舞い落ちて……
流さんのTシャツお手製なのか、前後に『R』と描かれていたよな。
だから大騒ぎになっているのか。
でもさぁ、どうして今、脱ぐかな?
俺は苦笑しつつ、走り出した。
舞い落ちてきたTシャツを掴んで一目散に校舎へ入り、上へ上へと階段を駆け上がった。
行き先は、屋上だ!
翠を屋上の校舎の影に座らせた。
「流はよくここに来たの?」
「……まぁな」
「やっぱり! そんな気がしたよ」
高校時代、よく休み時間になると屋上にやってきた。
当時は今より管理も厳しくなく、昼休みには屋上への鍵を開けてくれた。俺はその鍵を自由に使って、気分が乗らない時はひとりで時間を潰した。
ここは一人になれる貴重な場所だったからな。
「ここで何をしていたの?」
「腕立て伏せさ」
「え? くすっ、流は本当に体力が有り余ってたんだね」
「そういう翠だって自室で密かにトレーニングしていただろ?」
「あれは……うーん、僕だって男だから人並みの体力は欲しかったからね。特に2歳下の弟がムキムキしていたせいで、自分が酷く貧相な気がして」
「ははっ! そうか、翠でもそんなこと気にしたのか。まぁ俺の場合、年季が入っていたからな」
兄を密かに想う悶々とした気持ちを発散させたくて、腹筋や腕立て伏せをした。そんで汗びっしょりになれば制服のシャツを脱ぎ捨て、上半身裸で寝っ転がっていた。
日焼けして逞しい身体になりたかったのもあったのさ!
「そういえば、流は高校時代に何度か制服のシャツを紛失して、母さんに怒られていたよね。あれはどうして?」
「あー あれは汗だくになったから脱いで屋上の手すりに干していたら、風がかっ攫っていったんだ」
「……そうだったのか」
翠が少しだけムッとする。
「ん? 何を怒っているんだ?」
「まさかとは思うけど、肌着姿で授業を?」
「いや、肌着なんて格好悪いから着てなかったから上半身裸で教室に行ったら滅茶苦茶怒られた。ははっ!」
「……聞き捨てならないね。流の肌を……人に見せるなんて」
「翠?」
「……流の裸を見てもいいのは、もう……僕だけだ」
翠が少し頬を染めて、そっぽを向く。
あぁぁ、最高だな!
兄のこんな可愛い我が儘をずっと聞きたかった。
いつも達観して慈悲深く、自分から何を欲するのではなく、自分の全てを分け与えてしまう人だったらから。
「ごめん、僕、変なことを口走ったね」
「いんや、最高に可愛いかった」
どうも翠の不意打ちの「愛してる」を喰らってから、身体が熱っぽい。
「あー暑いな。汗でTシャツが身体に張り付いて気持ち悪い。なぁ今は翠しかいないから脱いでもいいか」
「ふっ、流は変わらないね。そうだね、こんな炎天下の屋上に来る父兄はいないかな」
翠の許可をもらってTシャツを脱ぎ捨てると、翠がそっぽをまた向いてしまった。
兄さん、さっきから挙動不審だぜ。
「おいおい、こんなの見慣れているだろ? 真っ裸をいつも見ているくせに」
屋上のネットにひっかけて翠を見下ろすと、翠は明らかに赤面していた。
「こんな明るい場所で、高校の屋上でなんて……初めてだ」
「そうか、そうだよな。あー 高校時代の俺に言ってやりたいよ。安心しろ!お前の想いは、ちゃんと成就するってさ!」
「流……」
「さぁ弁当食べちまおうぜ」
「うん。僕のおにぎり、無事かな」
「大丈夫さ」
「本当? 薙も喜んでくれるといいな」
「今頃、がっついているぜ」
俺たちは弁当を食べて、それからごろんと寝そべった。
いい風が吹いているな。
空は青いし、隣には翠がいる。
俺の幸せは、ここにある!
翠を抱きしめたい欲情を、必死に押し込めた。
「流、そろそろTシャツ着ないと……午後の部が始まるよ」
「そうだな」
****
午前の部が、無事に終了した。
俺たちは一旦教室に戻り、弁当タイムだ。
「あー 腹減った」
大きな弁当包みを広げると、大きなおにぎりと小さなおにぎりがゴロゴロ転がってきた。
大きさもバラバラで三角形でなく六角形な気もするが、なんでもいい。
不器用な父さんが事前に練習までして、愛情をギュッと込めてくれたのが、伝わってくる。
「薙のおにぎり、上手そうだな」
「草薙のも旨そうだぞ」
お互いいびつなおにぎりを頬張った。
「オレんちは父さんが作ってくれるから」
「あ、俺もだ」
「そうなのか、もしかして」
「話してなかったっけ? 去年離婚して、今は父子家庭なんだ」
「そっか、オレもだ。といっても、離婚は5歳の時で最初は母子家庭だったけど」
「そうだったのか。『薙薙コンビ』はやっぱ境遇も似ているのかな?」
「なぁ、どうして草薙はこの高校を選んだんだ?」
「それは『伝説のR』の存在が大きい」
「伝説のR?」
「知らないのか。型破りで破天荒、大波を乗り越えて卒業していった人のことを」
……それってさぁ、たぶん流さんなんじゃないのか。
俺の叔父さんだよ。
教えようか迷っていたら、女子の悲鳴が聞こえた。
悲鳴といっても黄色い悲鳴だ。
窓の外を指さしている。
「キャー! 伝説のRが現れたわ!」
見ると……流さんがさっきまで着ていたグレーのTシャツがひらひらと校庭に舞い落ちて……
流さんのTシャツお手製なのか、前後に『R』と描かれていたよな。
だから大騒ぎになっているのか。
でもさぁ、どうして今、脱ぐかな?
俺は苦笑しつつ、走り出した。
舞い落ちてきたTシャツを掴んで一目散に校舎へ入り、上へ上へと階段を駆け上がった。
行き先は、屋上だ!
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