重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 23

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 障害物競走では、全力を出し切れた。
 
 息を切らしながら額の汗を拭い空を見上げると、空はどこまでも青く澄んでいた。
 
 あれ?

 空って、こんなに青かったか。
 
 空って、こんなに高かったか。

 中学までは何事も怠かった。

 一生懸命やるなんてバカバカしい、何でも適当で充分だと思っていた。

 そんな冷めた考えを持つようになったのはいつからか。

 成長するにつれて……オレを置いていった父さんを恨み、オレに自分の考えを押しつける母に疲れた。

 今考えると……怒りや悔しさを相手にぶつけてばかりで、オレ自身は何一つ成長出来ていなかった。されたことをやり返すのではなく、自分自身を成長させていけば、こんなにも見える景色が違うことを知らなかった。

 負の感情は、生きていれば誰でも抱くものだろう。

 オレはまだ高校1年生。

 この先も人生山あり谷ありさ。でもこれからは、オレは自分の中に沸き起こる負の感情は薙ぎ払い、自分を突き動かすパワーにしたい。

「おーい、薙も1位だったのか」
「おぅ、草薙《くさなぎ》もか」
「『薙・薙』同士、やったな!」
「あぁ!」

 ハイタッチで微笑みあった。

 草薙は高校で初めて出会った、同じクラスの友人だ。体格の良い気さくな奴で『薙』という漢字が同じなのが縁で、すぐに仲良くなった。

「次は一緒に三人四脚だな」
「頑張ろうぜ」 

 次は、オレと草薙ともう一人のクラスメイトで三人四脚に出場する。

 午前中の出番はそこまでで、午後は応援合戦に騎馬戦、リレーと大忙しだ。

「次は高一の三人四脚です」

 アナウンスと共に列に並んだ。

 父さんたちはどこかな?

 様子をそっとのぞき見ると、人垣から離れた場所に立っていた。

 涼しげな父さんと、父さんをそっと守る流さんにほっとする。

 父さんは流さんに任せておけば大丈夫だ。

 もう父さんは誰にも脅かされない。

「おーい、薙、予行通りお前が真ん中でいいか」
「もちろん。そろそろ結わこうぜ」

 三人で横並びになって隣り合った足を紐で結ぶ。オレは真ん中で両足が結ばれているため、両端より難易度が上だ。

 何よりこの競技は、両脇の二人と息を合わせて走る事が大切なんだ。

「よし、もうすぐ順番だ。足踏みしておこうぜ」
「おぅ」
「イチ、ニー、イチ、ニーで、右足からな。よし行くぞー!」
「おー!」

 足並みを揃えて、走り出す。

 昔のオレだったら、絶対に選ばなかった競技だ。

 今は父さんと流さんと足並みを揃えて生きたいと願っているから、挑戦してみたかったんだ。

 一人で突っ走るのもいいが、こうやって肩を組んで協力しあうのも悪くない!


****

『三人四』』の後は、昼休みだ。

「流、お弁当、どこで食べようか。体育館も開放しているらしいよ」
「いや、俺たちは屋上にしよう」
「屋上?」
「俺の特等席に案内してもいいか」
「うん、喜んで」

 僕は流に誘われ、屋上へ向かった。

 午前中に見た競技の興奮が冷めなくて、つい流にあれこれ話しかけてしまう。

「流、三人四脚も良かったね。薙がみんなに歩調を合わせていたね」
「あぁ、真ん中は難しいのに、よく相手を見ていたな」
「……薙、やっぱり変わったね」
「変わったんじゃなくて、薙は自分が好きになったのさ」

 流の一言に、僕は深く頷いた。

「そうだね、僕も今の僕が好きだ」
「あぁ、今の翠は最高だ。俺を好きなのを隠さないでいてくれる」
「もう心に嘘はつきたくないんだ」

 あの日も、あの日も、ひた隠しにしていた弟への募る想い。

 このままあの世まで持って行く想いだと耐えていたのは、いつのことか。

 屋上は向かう階段を振り返るが誰もいなかった。

 こんな暑い中、わざわざ屋上を選ぶ人は僕達くらいらしい。

「鍵、本当に開いてるな」

 流が屋上へ出る扉を開けると、目映い光が飛び込んできた。

 目の錯覚か。

 学生服に身を包んだ流の背中が見えた。

 あぁ……どうしたのだろう?

 悶々として、苦しそうだ。

 あの頃伝えられなかった言葉は、今なら言える。

「流、待ってくれ」
「おぅ、どうした?」
「愛してるよ」

 流を追い抜きざまに囁くと、流が頬を染める。

「不意打ちだ」
「駄目か」
「はぁ~ 幸せ過ぎだ」

 

 


 

 
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