重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,554 / 1,657
16章

天つ風 18

しおりを挟む
 校庭のど真ん中から、父さんに向けて真っ直ぐエールを送った。

 隣にいる流さんにも、同様にエールを送った。

 腹の底から声を出した。

 届け! オレの思い。
 
 これは、ずっと送りたかったエールだ。



 父さんは覚えているか。

 オレ……小さな頃、こんな風に、父さんにエールを送ったことがあるんだよ。

 あれは幼稚園のお遊戯会だった。

「次は松組さんの男の子たちの出番です。アニメ『月光少年剣士』より『エール』という曲に合せて、可愛い踊りを披露します」

 髪にキラキラ輝く三日月の飾りをつけて、白い衣装にシルバーの剣を持って舞台に飛び出した。

 ところが思ったより舞台が高く、一気に緊張してしまった。

 ライトが眩しくて、怖くなった。

 そんな時、オレはいつも父さんを探した。
 
「なぎくん、どうしたの?」
「あ、うん、とうさん、どこかな? あっ、よかった! みつけたよ」
「きてくれて、よかったね。ぼくのパパもあそこいるよ。がんばろうね」
「うん!」

 父さんは力強くはなかったが、とても優しく穏やかな人だった。

 オレの家の場合、母さんが怖かったから、父さんが静かに見つめてくれると、心が落ち着いたんだ。

 父さんがニコッと微笑んでくれると、冷え切った身体が一気にポカポカした。

 そんな父さんがずっと元気がないのが気になって、幼いオレは父さんに向けて一生懸命踊った。

 とうさん、元気出して――
 とうさん、笑って――
 とうさん、どこにもいかないで。

 子供心に迫り来る父さんとの別れを予感していたのか、オレは踊りながらいつの間にか泣いていた。



 父さん、今のオレを見てくれ!

 オレ、父さんにエールを送っている。

 父さんと流さんの歩む道は、この世界では茨の道だ。

 寺のご住職が実の弟と愛し合っている。

 そんなことが万が一世間にバレたら檀家さんたちは、どういう反応をするだろうか。

 皆が皆、いい人じゃないことくらい、知っている。

 理解の範疇を超えてくる人だっているし、どうしてもわかり合えない人だっている。

 だからこそ、禁忌を犯していると噂が立つようなことはあってはならない。

 そんな噂が立たないように、父さんは必死に月影寺に結界を張り続けているのも知っている。

 だからオレは、父さんと流さんの未来が平穏無事であるようにエールを送る。

 そして好奇心や蔑み……興味本位で近づいてくる邪心は、オレが薙ぎ倒す。

 父さんを襲ったアイツには、父さんがこの制服を着ていた高校時代に因縁をつけられたと聞いている。

 父さんを過去のしがらみから断ち切るために、オレがいる。

 今日は父さんと流さんの門出だ。

 オレが父さんの学ランを借りた意味はここにある!

 フレーフレー 父さん、流さん。

 二人には、オレがいるから大丈夫だ! 








しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...