重なる月

志生帆 海

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16章

七夕スペシャル番外編『願いの糸』

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前置きです。

昨日、七夕だったので特別番外編になります。


****



「ご住職さまぁ~」
「どうしたの? 小森くん」
「あの、あの、今日は何の日だか知っていますか」
「ええっと……」

 読経を終えた途端、後ろに控えていた小森くんが身を乗り出してきた。

 うーん、この目の輝きは、あれかな?

 一般的な答えを避け、小森くんに寄り添ってみた。

「もしかして、あんこの日?」
「いやだなぁご住職さまってば! あんこの日は6月16日ですよぅ。あの日は、盛大にあんこ祭りをしたじゃないですか」
「だよねぇ」

 あの日は……

 小森くんが喜ぶからと、流が体育祭の留守番のご褒美に続いて、あんこを5食も用意した。
 
「本当に流は小森くんに甘いね」と笑うと、夜更けには大変なことになった。

 まさか、6食目のあんこがあるなんて。

 あんこをあんな場所に塗られるなんて……

「一番甘いのは翠だぞ」

 そう囁きながら、熱心に流はあの晩、僕を揺さぶった。

 僕はあんこ塗れで、明け方まで悶え続けた。

 で……翌日は洗濯物の山が待っていた。

 洋くんには同情され、小森くんには何故かうらやましがられた。

「あー! ここも、ここも、かぴかぴの……あんこちゃん発見ですよ。ご住職さまは、こっそり夜のおやつを食べたんですね。いいなー、いいなー」

 夜のおやつねぇ……

 間違ってはいないのかな?

 思い出し笑いをしていると、小森くんが心配そうに覗いてきた。

「ご住職さま、本当に分からないのですか」
「いや、分かるよ。今日は七夕だったね」
「うちのお寺ではしないんですか。幼稚園ではしていましたよ」

 幼稚園ねぇ……

「では、小森くんの望み通り今年は月影寺でも短冊を吊して願い事を祈願する『七夕会』をしよう」
「そうこなくっちゃですよ! 副住職に笹竹をお願いしてきます」

 小森くんが元気にぴょーんと外に飛び出すのを、僕は目を細めて見つめた。

 今宵は賑やかな七夕になりそうだね。

 暫くすると作務衣姿の流がワッサワッサと笹竹を揺らしながら戻ってきた。

「翠、これでどうだ?」
「うん、いいね。僕は五色の短冊を用意したよ。あとは紐をつければ完成だ」
 
 ところが短冊の穴に糸を通すのに四苦八苦。

「おいおい、貸してみろ」
「あ、うん。穴に糸を通すだけなのに、僕は本当に不器用だね。だから短冊の願い事には、こう書くつもりだよ」
「なんと?」
「裁縫と料理が上手になりますように……」
「翠~ そうじゃないだろ。もっとロマンチックなのを頼む~」

 確かに現実的で色気がないか。

 古来は五色の糸を笹にかけて、裁縫や書道の上達を祈ったと聞いたが。

 あぁ、そうか……小森くんといると色気が遠い所に行ってしまうのだな。これは気をつけないと。

 ええっと、今度は流に心を合わせてみよう。

「じゃあ……これでどう?」

 さらさらと筆で短冊に願い事を書いて見せると、流は真っ赤になった。

「翠~ 嬉しいが、誰にも見せられない」
「大丈夫だよ。暗号みたいなものだ」
「いや、いや、いや、皆、変な勘はいいから、絶対に分かる」
「そうかな? じゃあ流はなんと書いた?」

 更に流が赤くなる。

「煩悩のままだ」
「……見せて」
「怒らないか」
「怒りはしないけど……」

 あんこの次を知りたい(翠)
 次は練乳を塗らせて欲しい(流)

 これって、対なのかな?
 
 なんとも、なんとも、色惚けな…… 

 いや……平和だ。

「ははっ、流も僕も変だ」

 肩を大きく揺らして笑うと、流に抱きしめられた。

「最近の翠、それは素なのか。見たことがない表情をする」
「……これは……流の恋人の顔だよ」
「翠……」

 二人の短冊は内側をぴったり糊付けして、外からは見えないようにした。

 仲良く一つのお願いをしよう。

 僕達は今日も明後日も……ずっと一緒だから、1年に1度の逢瀬ではない。

 望めば手が触れられる場所で、生涯共に過ごす。


****

 今日は七夕か。

 今宵は洋月がはしゃいでいそうだ。

 平安時代の七夕はどのようなものだったのか。

『平安時代に七夕は宮中行事として行われ、供え物をして星を眺め、香をたいて、楽を奏で、詩歌を楽しむという行事になりました』

 なるほど……

 俺はパソコンを静かに閉じて、夜空を見上げた。

 七夕の今日は、俺と丈の結婚記念日だ。

 あの晩、誓った言葉は今も続いている。

……
 七夕のように一年に一度じゃない。
 今日からはすぐ隣にいる。
 共に生きていく。
 今日架かった絆の橋は、もう消えることはない。

「丈……生涯一緒だ」

 何度でも言うよ。伝えよう。

「もう俺達は離れることはない」

……

 もう離れることはない。

 口に出せば喜びに変わる呪文を唱えていると、丈が帰ってきてくれた。

 いつもより早い帰宅に、口元が綻ぶ。

「洋、ただいま」
「丈、お帰り」
「今日は結婚記念日だ。シャンパンで乾杯しよう」
「そうだな」

 俺たちは肩を寄せ合って、月明かりを浴びるソファに腰をおろし、一度お互いの存在を確かめるように抱き合う。

「少し待ってろ、シャワーを浴びてくる」
「俺はもう浴びた」
「そうか」

 この先は、余計な言葉はいらない。
 
 お互い望むことが同じだ。

 先程小森くんがやってきて短冊に願い事を書いて下さいと言われたので、結婚式の晩に洋月から教わった和歌を書いた。

 『天の川 あふぎの風に霧はれて 空すみわたるかささぎの橋』
                    拾遺和歌集・清原元輔

 意味はこうだ。

 天の川は扇で煽いだ風によって霧がすっかり晴れ渡った。

 七夕の空は澄み渡ってかささぎの橋もくっきりと見える。

 そう……俺たちが進むべき道ははっきり見えている。

 丈がいるから、俺がいる。
 俺がいるから、丈がいる。

 二人は今宵も一つになる。

 願いの糸をしっかり結んで。




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