重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 14

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「流、あれを貸してくれ」
「ん? あぁ、翠の秘密兵器だな、ちょっと待ってろ」
「あれがあると上手に出来るんだ」

 寝起きの翠は、いつもよりふわふわしていた。

 そしていつもよりテンションが高かった。
 
 それが、最高に可愛かった。

 翠が軽口や下ネタにのってくれるなんてレア過ぎだ。

 フンと鼻の穴がまた大きくなったような。

「ほら」
「ありがとう」

 茶碗を渡すと、子供みたいな笑顔を見せてくれた。

 兄でも住職でもない、翠の素の顔だ。

 覚束ない手で茶碗にご飯をよそい、たらこを埋めて、ご飯をかぶせる。

 それを器の中でコロコロ、コロコロ~

「あっ!」
「お、おっと」

 危ねー! 弾みで飛び出たご飯を、なんとかキャッチ!

「翠、勢いが強すぎるんだよ」
「ごめん、加減が分からなくてね、こうかな?」

 カタカタと震える手にギョッとする。

 翠はいたって真剣だ。

「ああぁ……それだと永遠に出来ない……」

 こんな不器用な所も可愛い。

 最初は寛大な気持ちだったのに……余裕がなくなってきた。

 俺がせっせと握っている端から、おにぎりが器から元気に飛び出してくる。

「ふぅ、キャッチできたぞ」
「ご、ごめん」

 翠はたいした作業をしていないのに、額に大粒の汗を浮かべていた。

「あーあ、参ったな。僕には裏技も通用しないようだ。流に身の回りの世話をしてもらうようになって10年以上……ますます何も出来なくなってしまったよ。……せっかくの裏技の茶碗も僕には無意味だったね。僕はその器ではないようだ」

 しょんぼりした様子なので、励ましてやりたい!

「んなことないぜ! 翠は名器だ」
「えっ……め……めい……うわっ」

 翠は何を勘違いしたのか、顔から火が出るほど赤くなって蹲ってしまった。

 俺、今、なんか言ったか?

 言った……?

 言った!

 『名器』って、言っちまった!

 ボンっ!

 煩悩が爆発した!

 実際翠の中は、毎回俺を悶絶させる。

 締め付け具合、襞の具合、熱っぽくまとわりつく感じ、全部最高だ。

 だが、それを翠に言ったら絶対に怒るよなぁ。

 お互い気まずさ満載で俯いて、耳朶まで赤くして、せっせとおにぎりをにぎり続けた。

 気まずい静寂を打ち破るのは……

 ひたひたという忍び足。

 気配を感じて襖をシャッと開けると張り付いていたのは小坊主、小森風太。

「おはようございます~ あんこのにおいがしますよぅ」
「随分、早かったな」
「今日は1日留守番なので始発で参りました。何しろ三食あんこと聞いておりますので、朝ご飯からご厄介になります」

 無邪気な笑顔に脱力する。

「おいおい、俺がいつ三食あんこって言った?」
「それは~ ご住職様が申しておりました。あ、三食だけじゃないですよぅ。十時と三時のおやつもあんこちゃんですって」
 
 小森風太がお腹をこすりながら、てへっと笑っている。

 俺も小森に甘いが、翠も相当甘い。

「翠、勝手なことを言うなよ。俺が作らなかったらどうなると?」
「流ならきっと作ってくれると信じていたよ」
「お、おう……そうか、まぁ、翠に言われなくても、作るつもりだったさ」
「りゅーう、小森くんは僕らの赤ちゃんのようだね」
「えぇ?」
「ええー!」

 小森と俺の声が揃う。

 いやいや、それはないだろ。

 二十歳を迎えた健全な青年に向かって、管野が泣くぜ。

 赤ん坊に退化すんなよ。

 早く大人になれ!

 
****

「父さん、流さん、弁当作ってくれてありがとう! 行ってきます-」
「おー がんばれよ。あとで観に行くからな」
「薙、水分をこまめに取るんだよ」
「了解!」

 玄関先で、薙の元気な挨拶。

 俺と翠が協力して作った弁当を嬉しそうに抱えて笑っている。

 ここに来た時よりずっと健康的な笑顔をになったな。

 中2でやってきた時は青白い肌で不健康そうで、表情も固くだいたい不機嫌で……部屋に籠もってゲームばかりしていた。

 本当に変わったな。

 ぐぐっと伸びた身長、それに伴い、体つきもよくなった。

 姿勢が良くなれば、視界が開け、目つきも良くなる。

 翠に似てまだまだ華奢な体型だが程良く筋肉がついて、いい感じだ。

 来年には翠を抜かしてもっと凜々しくなるだろうな。

 薙の成長が楽しみだ。

 それは翠も同じのようで、見送りながら、美しい顔で微笑んでいた。

「流、子供の成長を、この目で見守れるのは幸せだね」
「あぁ、そう思う。家族が一緒にいられるのはある意味奇跡だ。だから毎日を大切にしたくなる」
「同感だ。流、今日は父兄として楽しもう! さぁ僕たちも支度をしよう」

 翠の凜々しさが、ようやく目覚めたようだ。


 



 


 
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