1,548 / 1,657
16章
天つ風 13
しおりを挟む
季節は更に足早に巡り、あっという間に6月上旬だ。
今日はいよいよ薙の体育祭。
晴れ予報だったので、予定通りに決行されるようだ。
土日は法要が入っていたので、平日開催で助かった。
今日は寺は小森に任せて、俺たちは弁当持参で薙の高校の体育祭に向かう。
それにしても、まだ丑三つ時か。
興奮してもう目が覚めちまった。俺は昔からイベント前はこうなのさ。
そっと離れの寝床を抜けると、隣の翠はまだ熟睡している。
眠る姿まで上品な兄。
清らかな寝姿を、目を細めて見つめた。
「今日も綺麗だ」
姿、形だけでなく、内面から滲み出る美しさがしみじみと好きだ。
翠の生き方が尊い。
だから俺はそれを全力で守り、支える人となる。
遠い昔、湖翠さんが心中でひっそりと俺を探し俺を想って、生涯を終えたと想うと涙が出るぜ。
だがもう安心しろ。もう絶対に翠を一人にはさせない。
サラサラな栗色の髪を手で梳いてやると、少し額が汗ばんでいた。手ぬぐいで汗をふいてやると、翠が寝返りを打って俺を探すように手を彷徨わせた。
その手をギュッと暫く握ってやると、安心したのか、また深い眠りに落ちた。
まだ早い、眠っていろ。
欠伸をしながら顔を洗い、眠気を振り払うと、バサッと伸びた髪が音を立てた。
鏡に映るのは、翠が愛する男の顔だ。
つい先日も、俺の長い髪が好きだと言ってくれた。
翠を抱いていると、いつも手を伸ばして俺の髪に優しく触れてくれる。
愛おしげに目を細めて――
翠に愛された身体は、翠のものだ。
俺の全ては、翠に捧げている。
盲目的な愛? いやこれこそが俺たちが求め続けた永遠の愛なのさ!
「さてと、作業開始だ」
無造作に髪を束ねて、庫裡に入る。
まず小豆を流水でさっと洗い、鍋に小豆と3倍の水を入れて中火にかける。煮立ったら10~15分ほど煮て、小豆をザルにあげて水気をきる。更に水を入れ替え再び小豆をやわらかくなるまで30分ほど茹でる。
その合間に米を研いで、水に浸した。
「よし、とろみが出てきたな」
小豆の柔らかさを確認するといい塩梅だった。そこから弱めの中火にかけて、砂糖を加え、あとはふつふつさせたまま、時々混ぜながら、ぐつぐつ煮込んでいく。
出来たてのあんこで、おはぎでも作るか。
今日は小森に寺を任せるから、それなりの対価が必要だ。
俺は結局、小森にも甘いよな。
まぁ、アイツは可愛い。
つぶらな瞳であんこを欲すると、いくらでも与えたくなる。
翠のことばかり言ってられないな。
あんこは、もう何百回と作ったので慣れた手順だが、俺はけっして手順を省かず怠らない。
少しの油断でも、台無しになってしまうから。
人間関係もそうだろ?
慣れた関係になった途端、相手をなおざりにする人にはなりたくねーな。
心を込めて接すると人間関係は深く根を張り出す。そうやって培った縁は、環境の変化などで途切れそうになっても、根っこがあるから大丈夫さ。
せっかく出逢えたこの世の縁。少しばかりの心のすれ違いで、すぐに切るのは勿体ないぜ。
まぁ、すべては相手の心次第だがな。
俺は縁を大切にしたい。良い縁にしていきたい。
翠と今生で再び出逢えた縁に、感謝しても仕切れないから。
あんこが完成した後は、おにぎりの具材を用意した。
紅鮭にたらこ、おかか、梅干し、豪華だぞ。
なにしろ『お父さんが握ったおにぎり』が今日のメインディッシュだからな。
やがて空が少し明るくなると、パタパタと廊下から足音がした。
「流、起こしてくれたら良かったのに」
あぶねー!
飛び込んできた翠の姿に、朝から鼻血が出そうになった。
さっきまで、ちゃんと着ていたはずなのに……。
「兄さんは、どうしたらそんなに浴衣を着崩すことができるんだ? それじゃ裸同然だ」
「そんなことはいいから、おにぎり、もう握っちゃったのか」
「まだだよ。ちゃんと取ってあるから安心しろって」
「ふぅ、よかった。あっ……僕、こんな姿で」
今頃気付いて胸元をなおすのは天然なのか……はぁ、この人は。
「いっそ裸で握るか」
「絶対に、い、や、だ」
翠が頬を染める。
それならと、割烹着を手に取る。
「なら裸割烹着は、どうだ?」
「くすっ、流、それは色気がないよ。やっぱりエプロンじゃないと」
「おぉぉ! 翠からそんな台詞が出るとは」
「ちょっと、流、僕に何を言わせるんだ? これじゃ宗吾さんに弄られる瑞樹くんみたいでいやだよ」
「ははん、宗吾の気持ちが痛いほど分かるぜ。鼻の穴が膨らむ」
「流~ もう知らないよ!」
真っ赤になってプンプン怒る翠も、最高に可愛いな。
さぁ、間もなく夜が明ける。
今日も俺たちの縁を深めていこうぜ!
今日はいよいよ薙の体育祭。
晴れ予報だったので、予定通りに決行されるようだ。
土日は法要が入っていたので、平日開催で助かった。
今日は寺は小森に任せて、俺たちは弁当持参で薙の高校の体育祭に向かう。
それにしても、まだ丑三つ時か。
興奮してもう目が覚めちまった。俺は昔からイベント前はこうなのさ。
そっと離れの寝床を抜けると、隣の翠はまだ熟睡している。
眠る姿まで上品な兄。
清らかな寝姿を、目を細めて見つめた。
「今日も綺麗だ」
姿、形だけでなく、内面から滲み出る美しさがしみじみと好きだ。
翠の生き方が尊い。
だから俺はそれを全力で守り、支える人となる。
遠い昔、湖翠さんが心中でひっそりと俺を探し俺を想って、生涯を終えたと想うと涙が出るぜ。
だがもう安心しろ。もう絶対に翠を一人にはさせない。
サラサラな栗色の髪を手で梳いてやると、少し額が汗ばんでいた。手ぬぐいで汗をふいてやると、翠が寝返りを打って俺を探すように手を彷徨わせた。
その手をギュッと暫く握ってやると、安心したのか、また深い眠りに落ちた。
まだ早い、眠っていろ。
欠伸をしながら顔を洗い、眠気を振り払うと、バサッと伸びた髪が音を立てた。
鏡に映るのは、翠が愛する男の顔だ。
つい先日も、俺の長い髪が好きだと言ってくれた。
翠を抱いていると、いつも手を伸ばして俺の髪に優しく触れてくれる。
愛おしげに目を細めて――
翠に愛された身体は、翠のものだ。
俺の全ては、翠に捧げている。
盲目的な愛? いやこれこそが俺たちが求め続けた永遠の愛なのさ!
「さてと、作業開始だ」
無造作に髪を束ねて、庫裡に入る。
まず小豆を流水でさっと洗い、鍋に小豆と3倍の水を入れて中火にかける。煮立ったら10~15分ほど煮て、小豆をザルにあげて水気をきる。更に水を入れ替え再び小豆をやわらかくなるまで30分ほど茹でる。
その合間に米を研いで、水に浸した。
「よし、とろみが出てきたな」
小豆の柔らかさを確認するといい塩梅だった。そこから弱めの中火にかけて、砂糖を加え、あとはふつふつさせたまま、時々混ぜながら、ぐつぐつ煮込んでいく。
出来たてのあんこで、おはぎでも作るか。
今日は小森に寺を任せるから、それなりの対価が必要だ。
俺は結局、小森にも甘いよな。
まぁ、アイツは可愛い。
つぶらな瞳であんこを欲すると、いくらでも与えたくなる。
翠のことばかり言ってられないな。
あんこは、もう何百回と作ったので慣れた手順だが、俺はけっして手順を省かず怠らない。
少しの油断でも、台無しになってしまうから。
人間関係もそうだろ?
慣れた関係になった途端、相手をなおざりにする人にはなりたくねーな。
心を込めて接すると人間関係は深く根を張り出す。そうやって培った縁は、環境の変化などで途切れそうになっても、根っこがあるから大丈夫さ。
せっかく出逢えたこの世の縁。少しばかりの心のすれ違いで、すぐに切るのは勿体ないぜ。
まぁ、すべては相手の心次第だがな。
俺は縁を大切にしたい。良い縁にしていきたい。
翠と今生で再び出逢えた縁に、感謝しても仕切れないから。
あんこが完成した後は、おにぎりの具材を用意した。
紅鮭にたらこ、おかか、梅干し、豪華だぞ。
なにしろ『お父さんが握ったおにぎり』が今日のメインディッシュだからな。
やがて空が少し明るくなると、パタパタと廊下から足音がした。
「流、起こしてくれたら良かったのに」
あぶねー!
飛び込んできた翠の姿に、朝から鼻血が出そうになった。
さっきまで、ちゃんと着ていたはずなのに……。
「兄さんは、どうしたらそんなに浴衣を着崩すことができるんだ? それじゃ裸同然だ」
「そんなことはいいから、おにぎり、もう握っちゃったのか」
「まだだよ。ちゃんと取ってあるから安心しろって」
「ふぅ、よかった。あっ……僕、こんな姿で」
今頃気付いて胸元をなおすのは天然なのか……はぁ、この人は。
「いっそ裸で握るか」
「絶対に、い、や、だ」
翠が頬を染める。
それならと、割烹着を手に取る。
「なら裸割烹着は、どうだ?」
「くすっ、流、それは色気がないよ。やっぱりエプロンじゃないと」
「おぉぉ! 翠からそんな台詞が出るとは」
「ちょっと、流、僕に何を言わせるんだ? これじゃ宗吾さんに弄られる瑞樹くんみたいでいやだよ」
「ははん、宗吾の気持ちが痛いほど分かるぜ。鼻の穴が膨らむ」
「流~ もう知らないよ!」
真っ赤になってプンプン怒る翠も、最高に可愛いな。
さぁ、間もなく夜が明ける。
今日も俺たちの縁を深めていこうぜ!
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる