重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 10

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 息を切らせて階段を駆け上がってくる弟の姿に、目を細めた。

 話しかけると、俺の前に留まるのがじれったい様子だ。

 ははん、おおかた洋が丈の制服を着て待っているのだろう。

 当直じゃなくなって幸運だな。
 
 おにぎりを恵んでやると、心底嬉しそうだった。

 飲まず食わずで、洋を抱く気満々だったようだ。

「兄さん、もう行っても?」
「どうぞ、どうぞ、お達者で~」

 また一目散に丈が走り出す。

 おいおい、がっついてんな。

 元々体型が似ているから、後ろ姿が俺にソックリだぞ。

 丈……お前は確か幼い頃は鉄仮面のように無表情で、喜怒哀楽の乏しい弟だったよな。いつも俺が大騒ぎするのを冷めた目で見ていたくせに、今日のお前は昔の俺と同等だぞ。

 人は、人を変える。

 人と出会うということは、つまり、そういうことだ。

 俺も丈も、道を間違えなかった。

 名誉や権力に富。

 そんな物をがむしゃらに求めるのではなく、ただ一人の運命の人と巡り逢い、その人と人生を歩みながら小さな幸せを噛みしめる人間となった。

 価値のある人間になれた。

 世界にたった一人の翠のために、ただ一人の人になれた。

 それが嬉しいのさ。

 唯一無二の存在を得た人は、逞しい。

 心がちょっとやそっとのことで揺らがなくなる。

「さてと、もう一度、おにぎりを握るか」

 俺の夜食にしようと思ったが、丈にくれてやった。

 そこにカサカサと笹の葉が揺れる。

「その必要はないよ、流」
「翠!」

 風呂上がりの、浴衣姿の翠が立っていた。

 首筋が桃色に染まって、妙に色っぽいな。 

 あーあ、相変わらず一人で浴衣を着るのが下手だから、胸元が随分はだけている。

 のぞけば淡く色づく粒が丸見えじゃねーか。

「ガバガバじゃねーか、ここ」

 射抜くような視線で翠に近づいて浴衣の胸元を掴むと、翠は恥ずかしがると思ったが、その逆で目を細めて肩を揺らした。

「くすっ」
「ん? 今の笑う所だったか」

 男の色気全開だったのに変だな。

「ごめんごめん、昔を思い出してしまったよ」
「昔?」
「覚えてないかな? ほら、母さんの誤配のせいで僕が流のパンツを間違えて履いちゃって……」
「あー あれか! 俺は翠のパンツを穿きたくてウキウキしていたのに、穿いたら父さんのでガバガバ……あ、そこか」
「うん、あの後流が『ガバガバブラザーズ』って言いながら踊っていたよね」
「まぁな、翠のパンツを穿く夢は破れたが、あの時は楽しかったな」

 翠が頬を染める。

「あ、あのね……あの時、僕……流のパンツを穿いて……実は」
「おぉ! どうなってたんだ? 実のところ」
「内心すごくドキドキして大変だったよ」

 翠が悪戯に笑う。
 
 こんな笑顔を見られる日が来るなんて――

 生きて来て良かった。

 泥まみれになってでも、這いつくばって生きて来て良かった。

「あのね、流」
「ん?」
「あの時、本当は僕のパンツを穿きたかった?」
「翠、それを今更聞くか」
「ごめん、ごめん。暫く気になっていたから」
「今は……パンツ以上のものに触れているから、大丈夫だ」
「りゅ……りゅーう、あからさまだね」
「翠の素肌、すべすべで気持ちいい」
「それ以上は……勘弁してくれ」

 翠は真っ赤になって、パタパタと手の平で仰いでいた。

 俺はそんなのお構いなしに、翠の腰に手をやり引き寄せた。

「今日も脱がしていいか、これ」

 浴衣の上から翠の下着を辿ると、ますます赤くなった。
 
 可愛い翠は、もう全部、俺のもんだ。

「流はいやらしいね」
「どうとでも!」



補足エブリスタの『忍ぶれど…』スター特典とリンクしています。
他サイトの情報で申し訳ないです。










 



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