重なる月

志生帆 海

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16章

天つ風 5

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 洋くんの屈託のない晴れ晴れとした笑顔に、僕と流は思わず手を止めて見惚れてしまった。
 
 とても、いい笑顔だ。

 月影寺でやってきて穏やかに年を重ねた君は、儚げで頼りない女性的な印象から中性的な雰囲気へ、そして今は男気のある艶めきを放っている。

 泥の中から這い出て凜と咲く蓮のように、君も朗らかに笑っている。

 僕と君は同じだ。

 洋くんの存在がこんなに心強いなんて。

 洋くんを見ていると、僕も頑張れる。

 君の存在が糧となる!



 男三人、狭い衣装部屋でガヤガヤ騒ぐのも悪くない。

 高校の学ランを手に取ると、当時の想いが蘇ってきた。
 
 この学ランを着ていた頃……

 僕はいろんな仮面を取っ替え引っ替え、付けていた。

 弟を束ねる長兄として。

 寺を継ぐ意志と覚悟を持った息子として。

 理解ある友人として。

 聞き分けの良い優等生でいよう。

 だが、それはけっして上から押しつけられたものではなかった。

 生まれながらの気質なのか、自然と溢れ出る感情だった。

 だから僕は幾度も幾度も、寺の山門の前で涙を拭った。
 
 あの日も、あの時も――

 いま思えば、浅はかなことを……

 自己を犠牲にすれば、全てが上手くいく。

 僕が痛みに耐えれば、弟たちが笑顔でいられる。

 若かりし日の僕は、降りかかる災難を、そうやって守る術しか知らなかった。

「青かったな」
「ん?」
「……当時のことを考えていた」

 少し場が暗くなりそうな気配を流が察したのか、「俺のもあるはずだ、探すぞ!」と手を引っぱってくれた。

 沈むな、過去は過去だ。

 何度も何度も繰り返される流からの強いメッセージが胸にドンと響く。

「流のブレザーはどこだろう? 僕のを宝と言ってくれるのなら、流のもあるはずだ」
 
 再び僕と流と洋くんで手分けして、衣装ダンスを荒らした。

「これって丈が見たら呆れるだろうね」
「うん、叱られそうだね」
「おいおい、丈が翠を叱るなんて100年早いぞ」
「丈のもあるでしょうか」
「もちろんあるよ」
「探したいな」
「丈はグレーの学ランだったよ」
「へぇ」

 もう一人の弟は、仕事柄こういう楽しい場面に立ち会えないことが多い。

 だからせめて話題にしてやりたい。

 三人の共通の願いだ。

「あ、あった!」
「これは丈のだね」
「すごく綺麗だ」

 洋くんが目を輝かせている。

「丈は中高、千葉で寮生活で酷使してないから、綺麗なのさ」
「これ、丈に見せても?」
「もちろんだよ」

 さてと、あとは流のだけだ。
 
 ところが、なかなか見つからない。

「おかしいじゃないか、どうして俺のだけないんだ?」
「こんなに探してもないなんて、ここではないのかも」
「よし! 母さんにもう一度電話をしてくる!」

 流がムキになっている。
 
 相変わらずだなぁと、洋くんと微笑みあった。

「母さん、俺のだけない!」
「あら、やだ。そんなことで電話してきたの?」
「いいから、教えてくれよ」
「んー どうしたかしら? あぁ、そうよ、あなたのはクリーニングに出しても異臭がしたから納戸の瓶の中に入れたわ。どんだけ干物焼いたのよ? 燻った匂いが染みつくわ、すり切れてボロボロだったわ」
「はぁ、標本かよ?」
「違うわよ。匂い封じよ」
「……」

 流と母の電話の内容が聞こえてきて、また笑った。
 知り得た情報では、納戸の瓶《かめ》の中にあるそうだ。

「翠さん、マスクします?」
「うん、あとビニール手袋もいるかな?」

 洋くんと愉快に話していると、流が戻ってきた。

「あのさ、俺のは発掘に時間を要することが分かった」
「そうなの?」

 流がそう言うのなら従おう。

 僕には今の流がいる。

 それが全てだ。

「……とりあえず、今日はジャージで我慢しろ」
「あ、うん!」

 それで満足だよ。

 あのジャージはいい。

 僕を包んでくれるから。



 そこに薙が勢いよく飛び込んで来た。

「なんだ、父さんたち、こんなとこにいたの? 学ラン見つかった?」
「あぁ、薙、ほら、綺麗だったよ」
「お! 本当に拓人と同じ制服だ」
「そうだよ」
「本当にそうだったんだなって実感したよ」
「僕のを着てくれるの?」
「うん! 父さんの着たい! 着ていい?」
「もちろんだよ」

 当時の僕が出来なかったことも、薙にならきっと出来る。

 感情を解放し、思いっきり声を出して――

 薙の応援団姿、楽しみにしているよ。





補足

****

翠と流の過去編は『忍ぶれど…』にて。
本編とリンクしています。

 


 



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