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16章
天つ風 4
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「流! 僕の学ラン、見つかったかい?」
俺を見つけた翠が、優しくニコッと微笑んでくれる。
やっぱり翠は可愛いな。
俺はこの笑顔が幼い頃から大好きで、四六時中くっついていたんだ。
「にに……」
「ん? 今、なんて言ったの?」
「いや、小さい頃よく『にに』って呼んでいたよな」
「あぁ、うん、そうだったね」
「俺は可愛かったか?」
「それはもう、たまらなかったよ」
「そうか」
最近の翠は頻繁に満ち足りた表情をしてくれる。
「で、学ランはどこなの?」
「母さんの衣装部屋の箪笥の中だってさ」
「えぇ、あそこに入っていたの? 女性物だけではなかったんだ」
「宝だとさ」
隣で洋くんが苦笑している。
「じゃあ、また、あそこに連れて行かれるのですね」
「そうそう、あそこは洋の御用達だよな」
「ははっ、まぁ俺の祖母もクセになっているようです」
そして洋も夜明けのようなニュアンスのある独特の笑顔を浮かべる。
俺はこの月影寺の末っ子の、弟の癖のある笑顔が好きだ。
もっと笑って欲しいと願っている。
「よし、みんなで発掘に行こうぜ! 俺たちは学ラン探検隊だ」
両手を大きく広げ、翠と洋の肩をがっしり抱いた。
「……流、あのね」
「ん?」
「一応確認しておくけど……僕の学ランは薙が着るんだよ?」
「くくっ、そうですよ」
隣で洋が肩を揺らしている。
「そんなの知ってるわっ‼」
知ってるけど、俺が隅から隅までしっかり確認するのさ!
今、翠の身体に触れる物は、全部オレの管理下だ。
肌着からシャンプー、ボディクリームまで、全部俺が選んでいる。
翠の専属スタイリスト兼エステティシャンさ!
フンフンと鼻息荒く、母の衣装部屋に男三人で入った。
「どこにあるかな?」
「手当たりしだいに確認してみよう」
「探検というより泥棒みたいだ」
「物騒なことを」
今日は洋も翠もテンションが高く、軽口を叩いている。
洋服箪笥を次々に開けて確認すると、出てくるのは全て女物の衣装だ。母さんの箪笥だから当たり前だが、この服って絶対に母が着るために買い揃えたんじゃないだろ!
草原の少女のようなワンピースやチャイナドレス。ゴスロリ風な衣装もあったり、しっちゃかめっちゃかだ。
「あ、これか!」
埋もれるような黒い生地を発見!
引っ張り出すと、黒い学ランだった
すぐに名札を確認してヨッシャとガッツポーズ。
「懐かしいな。これ、結局中高6年間も着たんだ」
「ん? 高校で作り直さなかったのか」
「想定以上には大きくならなかったからね。あー 流は何もかも僕よりサイズが一回り上で、悔しかったよ。ほら、いつぞやパンツを履き間違えて、あれは可笑しかったね」
「よせ、黒歴史だ。しかし翠が俺のを着るのはダボダボで可愛いが、俺が翠のを着るのは厳しいよな。小さ過ぎて……この学ランも着てみたかったが」
眩しかった、兄さんの学ラン姿。
詰め襟がストイックな印象と相まって、溜まらなかったよ。
特に高校生になってからの兄さんは、本当に綺麗で眩しかった。
「洋くんならちょうど良さそうだ。どう? 着てみる?」
翠に促された洋が、艶めいた笑みを浮かべる。
口数が少ないが、洋もこの場を楽しんでいるのが伝わってきた。
「いやいや、俺はここから生きて生還したいです」
「ん? あぁそういうこと。じゃあ、りゅーうおいでよ」
「よせよ、そんな呼び方」
「そう? 昔はこう呼んだら尻尾を振って飛んで来たよ」
ははは、そうだったかもな。
ワンコにでもなった気分で一目散だった。
ふてくされると庭に飛び出したり布団に潜ったりと大忙しで獣じみていた。そんな俺を根気よく宥めてくれたのも翠だった。
翠が学ランをふわりと羽織らせてくれた。
「羽織ることなら出来るね。どう? これは薙が着られる状態かな?」
「そうだな、確認してみるよ」
生地の状態はOKだ。クリーニングに出してきちんと保管していたので痛んでいない。ほつれもないし、型崩れもない。
いかに翠が綺麗に大切に着ていたのかを物語っている。
あとはボタンが緩んでないかだ。手で学ランのボタンを一つ一つ確認していくと……
「た、た、大変だ!」
「何事?」
「だだだだだ、第二ボタンがない!!」
おかしい! 高校の卒業式の後、俺はちゃんと確認したはずなのに! あの時はあったのに!
「あれ? 変だな、あの日ちゃんと死守したのに」
「死守?」
「あぁ、いや、こっちの話……」
翠が照れ臭そうにそっぽを向く。
なんだよー!
帰り際に女子高生に待ち伏せでもされたのかよー!
地団駄を踏んでいると、母さんからの電話が入った。
「流、あなたが騒ぐといけないから言っておくけど、翠の第二ボタンなら母さんが持ってるわ」
「な、なんで、そんなことすんだよー」(俺の夢を奪ったな!)
「日々取材よ。でも送り返すわ」
「急を要するんだ。早く返してくれ。返せぇぇー!」
「大袈裟ねぇ」
なぁ、翠……
もう一度縫い付けて、改めて俺がもらっては駄目か。
ずっと欲しかった。
言い出せなかったが欲しかったんだ。
ありったけの願い込めて翠を見ると、察したらしく目元を染めていた。
可愛い翠。
俺色に染まる翠。
翠と絡み合うような熱視線を送りあっていると……
「ああぁ、もう俺、ここから出ていいですか」
「洋、悪かった」
「暑くて、熱くて、ははっ、本当に熱々だ」
洋がシャツの胸元を摘まんでパタパタと仰いで、大きく笑っていた。
俺を見つけた翠が、優しくニコッと微笑んでくれる。
やっぱり翠は可愛いな。
俺はこの笑顔が幼い頃から大好きで、四六時中くっついていたんだ。
「にに……」
「ん? 今、なんて言ったの?」
「いや、小さい頃よく『にに』って呼んでいたよな」
「あぁ、うん、そうだったね」
「俺は可愛かったか?」
「それはもう、たまらなかったよ」
「そうか」
最近の翠は頻繁に満ち足りた表情をしてくれる。
「で、学ランはどこなの?」
「母さんの衣装部屋の箪笥の中だってさ」
「えぇ、あそこに入っていたの? 女性物だけではなかったんだ」
「宝だとさ」
隣で洋くんが苦笑している。
「じゃあ、また、あそこに連れて行かれるのですね」
「そうそう、あそこは洋の御用達だよな」
「ははっ、まぁ俺の祖母もクセになっているようです」
そして洋も夜明けのようなニュアンスのある独特の笑顔を浮かべる。
俺はこの月影寺の末っ子の、弟の癖のある笑顔が好きだ。
もっと笑って欲しいと願っている。
「よし、みんなで発掘に行こうぜ! 俺たちは学ラン探検隊だ」
両手を大きく広げ、翠と洋の肩をがっしり抱いた。
「……流、あのね」
「ん?」
「一応確認しておくけど……僕の学ランは薙が着るんだよ?」
「くくっ、そうですよ」
隣で洋が肩を揺らしている。
「そんなの知ってるわっ‼」
知ってるけど、俺が隅から隅までしっかり確認するのさ!
今、翠の身体に触れる物は、全部オレの管理下だ。
肌着からシャンプー、ボディクリームまで、全部俺が選んでいる。
翠の専属スタイリスト兼エステティシャンさ!
フンフンと鼻息荒く、母の衣装部屋に男三人で入った。
「どこにあるかな?」
「手当たりしだいに確認してみよう」
「探検というより泥棒みたいだ」
「物騒なことを」
今日は洋も翠もテンションが高く、軽口を叩いている。
洋服箪笥を次々に開けて確認すると、出てくるのは全て女物の衣装だ。母さんの箪笥だから当たり前だが、この服って絶対に母が着るために買い揃えたんじゃないだろ!
草原の少女のようなワンピースやチャイナドレス。ゴスロリ風な衣装もあったり、しっちゃかめっちゃかだ。
「あ、これか!」
埋もれるような黒い生地を発見!
引っ張り出すと、黒い学ランだった
すぐに名札を確認してヨッシャとガッツポーズ。
「懐かしいな。これ、結局中高6年間も着たんだ」
「ん? 高校で作り直さなかったのか」
「想定以上には大きくならなかったからね。あー 流は何もかも僕よりサイズが一回り上で、悔しかったよ。ほら、いつぞやパンツを履き間違えて、あれは可笑しかったね」
「よせ、黒歴史だ。しかし翠が俺のを着るのはダボダボで可愛いが、俺が翠のを着るのは厳しいよな。小さ過ぎて……この学ランも着てみたかったが」
眩しかった、兄さんの学ラン姿。
詰め襟がストイックな印象と相まって、溜まらなかったよ。
特に高校生になってからの兄さんは、本当に綺麗で眩しかった。
「洋くんならちょうど良さそうだ。どう? 着てみる?」
翠に促された洋が、艶めいた笑みを浮かべる。
口数が少ないが、洋もこの場を楽しんでいるのが伝わってきた。
「いやいや、俺はここから生きて生還したいです」
「ん? あぁそういうこと。じゃあ、りゅーうおいでよ」
「よせよ、そんな呼び方」
「そう? 昔はこう呼んだら尻尾を振って飛んで来たよ」
ははは、そうだったかもな。
ワンコにでもなった気分で一目散だった。
ふてくされると庭に飛び出したり布団に潜ったりと大忙しで獣じみていた。そんな俺を根気よく宥めてくれたのも翠だった。
翠が学ランをふわりと羽織らせてくれた。
「羽織ることなら出来るね。どう? これは薙が着られる状態かな?」
「そうだな、確認してみるよ」
生地の状態はOKだ。クリーニングに出してきちんと保管していたので痛んでいない。ほつれもないし、型崩れもない。
いかに翠が綺麗に大切に着ていたのかを物語っている。
あとはボタンが緩んでないかだ。手で学ランのボタンを一つ一つ確認していくと……
「た、た、大変だ!」
「何事?」
「だだだだだ、第二ボタンがない!!」
おかしい! 高校の卒業式の後、俺はちゃんと確認したはずなのに! あの時はあったのに!
「あれ? 変だな、あの日ちゃんと死守したのに」
「死守?」
「あぁ、いや、こっちの話……」
翠が照れ臭そうにそっぽを向く。
なんだよー!
帰り際に女子高生に待ち伏せでもされたのかよー!
地団駄を踏んでいると、母さんからの電話が入った。
「流、あなたが騒ぐといけないから言っておくけど、翠の第二ボタンなら母さんが持ってるわ」
「な、なんで、そんなことすんだよー」(俺の夢を奪ったな!)
「日々取材よ。でも送り返すわ」
「急を要するんだ。早く返してくれ。返せぇぇー!」
「大袈裟ねぇ」
なぁ、翠……
もう一度縫い付けて、改めて俺がもらっては駄目か。
ずっと欲しかった。
言い出せなかったが欲しかったんだ。
ありったけの願い込めて翠を見ると、察したらしく目元を染めていた。
可愛い翠。
俺色に染まる翠。
翠と絡み合うような熱視線を送りあっていると……
「ああぁ、もう俺、ここから出ていいですか」
「洋、悪かった」
「暑くて、熱くて、ははっ、本当に熱々だ」
洋がシャツの胸元を摘まんでパタパタと仰いで、大きく笑っていた。
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