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16章
雲外蒼天 20
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由比ヶ浜からの帰り道。
北鎌倉までわずかな距離なのに、涼は眠ってしまった。
俺の肩にちょこんと頭を乗せて、すぅすぅと可愛い寝息を立てている。
目を閉じると、実年齢よりぐっと幼く感じるな。
涼はまだ二十歳。
俺より十歳も若く、優しく逞しいご両親に手厚く育てられた一人息子だ。
まだまだ世間知らずな所もあるけど、本当に可愛いよ。
「まぁ涼ちゃん、おねんねなのね」
「きっと夜更かしたのでしょう。大学の課題が終わらないようで焦っていたので」
「そういえば、私興奮して涼ちゃんが今、何をしているのか聞き忘れていたわ」
確かにそうだ。
おばさまの前で、俺たちには肩書きは不要だった。
「涼はK大に通っています。それから雑誌やCMのモデルの仕事も掛け持ちしています」
「まぁそうなの? 社交的で華やかなのは朝と一緒ね」
「……そうですね。俺とは真逆の性格です」
「でも私はどちらも愛しているわ」
あぁ、おばあさまの言葉が心地良い。
俺は肩肘を張らずにありのままでいられる。
「洋ちゃんは洋ちゃんよ」
「……はい」
「あなたは丈さんと一緒にいるのが似合うわ。安心出来るの。だから診療所で一緒に働きたいという洋ちゃんの夢と決断を心から応援するわ」
「……通訳の仕事も翻訳の仕事も中途半端になってしまいましたが……俺、不思議と一欠片も後悔してないんです。何故なら俺が選んだ道だから」
「おばあちゃまも賛成よ」
「よかった! あ、そろそろ着きます。涼を起こさないと。涼……起きて」
涼の肩を揺さぶると、涼は目を擦りながら窓の外を見た。
「ん……もう着くの?」
「もう月影寺の入り口だよ」
車のライトが寺の入り口を照らすと、二つの大きな影が階段に座っているのが見えた。
「あっ!」
涼が驚いた声をあげた。
「どうした? あああああ……」
「んん?」
「安志さんがいる」
「え?」
あぁ、そうか、あの影は安志と……
「丈もいるな」
「えぇ? 二人ともなんでこんなに帰りが早いの?」
「ふっ、それは……心が動いたのだろう」
「へ?」
「涼の可愛いワンピース姿を、アイツ、拝みに来たに違いない」
「なるほど、それって、丈さんも然りだね」
「……だろうな」
涼が身を乗り出す。
涼はこういう時、怖じ気つかない。
怖じ気つくのは安志の方か。
「おばあさま、さっき話した安志さんです。僕の大好きな安志さんです。紹介させて下さい」
「まぁ、噂をすれば……ぜひ紹介して頂戴」
俺たちが車を降りると、運転手が門を閉めてくれた。
心得ているんだな。
下界から俺たちを隠してくれる。
それにしても驚いたな。
二人揃って……どうしたんだ?
「洋、お帰り。待っていたよ」
「丈、丈が待つなんて……どういう風の吹き回しだ?」
「いつも待たせてばかりで悪かった。待つ身になってしみじみと思った」
「そ、そうか」
いつも丈の帰りを待ち侘びていたのが筒抜けのようで恥ずかしいが、俺の気持ちに寄り添ってもらえて嬉しかった。
「会いたかった。洋、今日は一段と麗しいな」
「ふっ、夜まで着替えないつもりだったのに、待てなかったんだな」
「あぁそうだ」
流れるような会話を繰り広げていると、おばあさまの優しい線を感じた。
そのタイミングで、涼が安志の紹介を始める。
「おばあさま、彼が鷹野安志さんです」
安志は極度の緊張で倒れそうな顔をしていた。
でもお前は踏ん張るだろうな。
「はじめまして! 俺は鷹野安志です。洋とは母親同士が妊婦時代に知り合って、だから生まれる前からの幼馴染みです。そして、今……俺はおばあさまの大切なお孫さんの月乃涼くんと付き合っています! 心から愛し合っています」
「安志さん……おばあさま、僕も同じです。同じ気持ちなんです」
安志らしい潔さだった。
そして涼も安志も潔かった。
大事な幼馴染みと、大事な従兄弟。
この二人が結びついてくれて本当に良かった。
おばあさまの反応はどうだろう?
現実を目の前にして、本当に受け入れて下さるだろうか。
涼と安志と一緒に、緊張しながらおばあさまの口が開くのを待った。
「安志さん、あなたにはずっとお礼を言いたかったのよ」
「俺にですか」
「そうよ。私の大事な孫……洋ちゃんの幼馴染みでいてくれてありがとう。きっと沢山助けてくれたのでしょう? あなたがいなかったら洋ちゃんは、今ここで笑っていられなかったかもしれないと思うの」
「おばあさま……」
「だから、ありがとう、感謝しているわ」
え……俺は何も話していない。
でも話さなくても何かを察してくれているのか。
「そんな安志くんが、もう一人の大事な孫、涼ちゃんのパートナーだなんて、幸せが重なるってこういうことを言うのね。私は応援するわ。あなたたちの恋の成就を見届けさせて、見守らせて欲しいの」
俺の目はいつの間にか、また潤んでいた。
この世にたった一人になり暗黒の世界を彷徨っていたのは、もう過去だ。
今は幸せが幸せを呼ぶ日々なんだと実感する。
おばあさまが安志を抱き寄せる。
「ありがとう、そして、よろしくね」
「こちらこそ、おばあさま。俺は守り抜きます。涼も洋も」
「ボディガードさんなんですってね! 逞しくて頼もしいわ」
月影寺はいつも月の満ち欠けのように姿を変えて寄り添ってくれる。
俺たちは、この世に幾千年もの時を超えてやってきた。
これからは……この世に属し、時にこの世を離れて……
川の流れに身を任せるように、ゆったりと、ありのままでいよう。
「洋、よかったな」
「丈……今の聞いたか。全て、いい方向に向かっているな」
「あぁ、安心したよ。だから何も恐れずに私たちの道を進もう。洋……私は今……雲の上を歩んでいるような心地だ」
「それは『雲外蒼天』だ。困難や障害を乗り越えた先は明るいのさ」
俺はここで生きて行く。
丈と生きて行く。
『雲外蒼天』 了
北鎌倉までわずかな距離なのに、涼は眠ってしまった。
俺の肩にちょこんと頭を乗せて、すぅすぅと可愛い寝息を立てている。
目を閉じると、実年齢よりぐっと幼く感じるな。
涼はまだ二十歳。
俺より十歳も若く、優しく逞しいご両親に手厚く育てられた一人息子だ。
まだまだ世間知らずな所もあるけど、本当に可愛いよ。
「まぁ涼ちゃん、おねんねなのね」
「きっと夜更かしたのでしょう。大学の課題が終わらないようで焦っていたので」
「そういえば、私興奮して涼ちゃんが今、何をしているのか聞き忘れていたわ」
確かにそうだ。
おばさまの前で、俺たちには肩書きは不要だった。
「涼はK大に通っています。それから雑誌やCMのモデルの仕事も掛け持ちしています」
「まぁそうなの? 社交的で華やかなのは朝と一緒ね」
「……そうですね。俺とは真逆の性格です」
「でも私はどちらも愛しているわ」
あぁ、おばあさまの言葉が心地良い。
俺は肩肘を張らずにありのままでいられる。
「洋ちゃんは洋ちゃんよ」
「……はい」
「あなたは丈さんと一緒にいるのが似合うわ。安心出来るの。だから診療所で一緒に働きたいという洋ちゃんの夢と決断を心から応援するわ」
「……通訳の仕事も翻訳の仕事も中途半端になってしまいましたが……俺、不思議と一欠片も後悔してないんです。何故なら俺が選んだ道だから」
「おばあちゃまも賛成よ」
「よかった! あ、そろそろ着きます。涼を起こさないと。涼……起きて」
涼の肩を揺さぶると、涼は目を擦りながら窓の外を見た。
「ん……もう着くの?」
「もう月影寺の入り口だよ」
車のライトが寺の入り口を照らすと、二つの大きな影が階段に座っているのが見えた。
「あっ!」
涼が驚いた声をあげた。
「どうした? あああああ……」
「んん?」
「安志さんがいる」
「え?」
あぁ、そうか、あの影は安志と……
「丈もいるな」
「えぇ? 二人ともなんでこんなに帰りが早いの?」
「ふっ、それは……心が動いたのだろう」
「へ?」
「涼の可愛いワンピース姿を、アイツ、拝みに来たに違いない」
「なるほど、それって、丈さんも然りだね」
「……だろうな」
涼が身を乗り出す。
涼はこういう時、怖じ気つかない。
怖じ気つくのは安志の方か。
「おばあさま、さっき話した安志さんです。僕の大好きな安志さんです。紹介させて下さい」
「まぁ、噂をすれば……ぜひ紹介して頂戴」
俺たちが車を降りると、運転手が門を閉めてくれた。
心得ているんだな。
下界から俺たちを隠してくれる。
それにしても驚いたな。
二人揃って……どうしたんだ?
「洋、お帰り。待っていたよ」
「丈、丈が待つなんて……どういう風の吹き回しだ?」
「いつも待たせてばかりで悪かった。待つ身になってしみじみと思った」
「そ、そうか」
いつも丈の帰りを待ち侘びていたのが筒抜けのようで恥ずかしいが、俺の気持ちに寄り添ってもらえて嬉しかった。
「会いたかった。洋、今日は一段と麗しいな」
「ふっ、夜まで着替えないつもりだったのに、待てなかったんだな」
「あぁそうだ」
流れるような会話を繰り広げていると、おばあさまの優しい線を感じた。
そのタイミングで、涼が安志の紹介を始める。
「おばあさま、彼が鷹野安志さんです」
安志は極度の緊張で倒れそうな顔をしていた。
でもお前は踏ん張るだろうな。
「はじめまして! 俺は鷹野安志です。洋とは母親同士が妊婦時代に知り合って、だから生まれる前からの幼馴染みです。そして、今……俺はおばあさまの大切なお孫さんの月乃涼くんと付き合っています! 心から愛し合っています」
「安志さん……おばあさま、僕も同じです。同じ気持ちなんです」
安志らしい潔さだった。
そして涼も安志も潔かった。
大事な幼馴染みと、大事な従兄弟。
この二人が結びついてくれて本当に良かった。
おばあさまの反応はどうだろう?
現実を目の前にして、本当に受け入れて下さるだろうか。
涼と安志と一緒に、緊張しながらおばあさまの口が開くのを待った。
「安志さん、あなたにはずっとお礼を言いたかったのよ」
「俺にですか」
「そうよ。私の大事な孫……洋ちゃんの幼馴染みでいてくれてありがとう。きっと沢山助けてくれたのでしょう? あなたがいなかったら洋ちゃんは、今ここで笑っていられなかったかもしれないと思うの」
「おばあさま……」
「だから、ありがとう、感謝しているわ」
え……俺は何も話していない。
でも話さなくても何かを察してくれているのか。
「そんな安志くんが、もう一人の大事な孫、涼ちゃんのパートナーだなんて、幸せが重なるってこういうことを言うのね。私は応援するわ。あなたたちの恋の成就を見届けさせて、見守らせて欲しいの」
俺の目はいつの間にか、また潤んでいた。
この世にたった一人になり暗黒の世界を彷徨っていたのは、もう過去だ。
今は幸せが幸せを呼ぶ日々なんだと実感する。
おばあさまが安志を抱き寄せる。
「ありがとう、そして、よろしくね」
「こちらこそ、おばあさま。俺は守り抜きます。涼も洋も」
「ボディガードさんなんですってね! 逞しくて頼もしいわ」
月影寺はいつも月の満ち欠けのように姿を変えて寄り添ってくれる。
俺たちは、この世に幾千年もの時を超えてやってきた。
これからは……この世に属し、時にこの世を離れて……
川の流れに身を任せるように、ゆったりと、ありのままでいよう。
「洋、よかったな」
「丈……今の聞いたか。全て、いい方向に向かっているな」
「あぁ、安心したよ。だから何も恐れずに私たちの道を進もう。洋……私は今……雲の上を歩んでいるような心地だ」
「それは『雲外蒼天』だ。困難や障害を乗り越えた先は明るいのさ」
俺はここで生きて行く。
丈と生きて行く。
『雲外蒼天』 了
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