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16章
雲外蒼天 17
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「ふぅ……大きな鯛焼きを二匹も丸ごと食べたらお腹が一杯ですよ! あれ、あれ? ご住職さまはどこでしょう?」
夢中で食べていたので、庫裡から出て行かれたの気付きませんでした。
これでは駄目ですね。
お寺の小坊主なのに、住職さまを見失うのは失格ですよ。
僕、あんこの魅力に、また我を忘れてしまいました。
こんな煩悩は捨てなくてはと思うのに、菅野くんがこう言ってくれるのです。
『風太のこと、あんこ好きなのも含めて丸ごと好きなんだ!』
合掌! 本当に有り難いお言葉です。
ずっと僕は人の輪から外れて生きてきました。僕が口を開くと素っ頓狂なことを言っているらしく、同級生や先生に……両親や妹にすら呆れられてしまうのです。
だから気付いたら周りに誰もいませんでした。
あんこが好きなのは駄目ですか。
仏様の世界に浸るの駄目ですか。
自分の居場所がなくなり困り果てていた時、建海寺のご住職でもある達哉先生が話しかけて下さったのです。
……
「小森くん、一つのことに夢中になるのは悪いことではないよ。君みたいな子にぴったりのお寺があるんだ。そこで修行してみないか」
「行きます! 行きます! お寺の子になります」
「ははっ、まずは通いの小坊主として勤めてみるといい」
……
目の前に積まれた鯛焼きをじっと眺めながら煩悩と葛藤していると、母屋の玄関の呼び鈴がチリリンと鳴りました。
どうやらお客様のようです。
「はい、はーい、どなた様ですか」
玄関にはヌッと背が高いお坊さんが立っていました。
夕暮れ時なので影になってよく見えませんが、袈裟の色からもとても高貴なお坊様です。
「なんだ、小森くんか」
「えっ?」
「俺だよ」
「達哉先生!」
まさに今思い出していた所だったので、驚きました。
「よぅ! 元気にやっているか」
「はい、この通り、あんこモリモリです」
力こぶを見せてハッとしました。
いけない、僕……また変なことしちゃった。
「はははっ『あんこパンマン』って、大人が観てもおもろいよな」
「先生も知っているんですか」
「まぁな、小さい子が説法で飽きないようにお子様向けの知識も習得中なのさ。ところで月影寺のご住職はいるか」
「ええっと、それが」
鯛焼きを食べている間に行方知れずとは言えなくて、もじもじしていると、ご住職さまの柔和な声が竹藪の向こうから聞こえました。
「達哉? 達哉じゃないか!」
「よぅ、翠!」
達哉先生が気軽に、ご住職さまと肩を組まれます。
あぁ、なるほど。ご住職さまは夏用の袈裟に着替えるために離れに行かれていたのですね。
「達哉、元気だったか。こんなに汗かいて、袈裟が重そうだ」
「そういう翠は軽やかだな」
まるで学生時代の続きのように朗らかで和やかな空気に包まれます。
ご住職さまと達哉先生は、古くからのご友人とお聞きしました。
あぁ、二人の間にはとても強い糸が見えます。
僕は最近、人と人を結ぶ糸が見えるようになりました。
運命の糸は『赤い糸』と言われますが、それ以外の色も見えるのですよ。
この二人を繋ぐ糸は『青』です。
二人は一緒にいると安らげる友人なんですね。お互いに気を遣わずに自然体でいられ、一緒にいると安らげる存在は『青い糸』で繋がっているようですよ。
「ご住職さまぁ、あの、質問です」
「ん? どうしたの? 小森くん」
「あの……ご住職さまたちのように、黙っていても相手気持ちが分かり合えるような友人と巡り会えるには、どうしたらいいのすか」
「そうだね、友人って運命の出逢いで電撃的に巡り逢うというよりは、縁あって出会った人と、歩み寄ったり、許し合ったり、認め合って、築いていくものなのかもしれないよ」
住職が達哉先生を真っ直ぐに見つめて放つ言葉には、重みがあります。
なるほど……人生経験を積むという言葉があるように、生きた分だけ得たものがあり、それをどう繋げるか、生かすかは、その人次第なのですね。
「翠、俺たちが高校生の父親なんて月日が経つのは早いな」
「そうだね、目を瞑れば高校の制服を着た達哉が浮かぶよ」
「俺もだ。今日は前を通ったので久しぶりに顔を見たくなったんだ」
「僕も近々会いに行こうかと思ったよ。拓人くんはどうしてる?」
「母校の制服を着て溌剌と出掛けるのを見送る度に、幸せを感じているよ」
「そうか、良かった」
「薙くんは、流と同じ制服が似合うだろう」
「うん、そうなんだ。あの子も楽しそうに通っているよ」
友人同士、弾む会話が心地良いですね。
僕にもいつか二人のように肩を組んで昔を懐かしめる友人が出来るでしょうか。
「出来るさ!」
「流さん」
「ふふん、ほれ、俺もいるしな」
流さんが僕と肩を組んで、笑ってくれました。
流さんって豪快なのに繊細で不思議な人ですね。僕の頭の中が見えるようです。
「小森は俺たちと縁がある。俺たちがついているから寂しがるな」
「は、はい!」
「管野もいるしな」
「あ、はい!」
「焦らずじっくりでいい。焦って失敗するよりも時間がかかっても良縁を掴め。よし、今日はもう帰っていいぞ、残った鯛焼きもあげよう。ゆっくり食べるんだぞ」
「わぁ、ありがとうございます」
流さんの言うとおりですね。
焦ってはいけません。
今目の前にいて下さる感謝して、そこからです。
僕は山門の階段を転ばないように慎重に下りました。
すると一番下の段に、丈さんと安志さんが、仲良く腰掛けています。
二人の間には黄色い糸が見えました。
黄色は良い影響を与えてくれる相手ですよ。
尊敬し合え気持ちを分かってくれる人なのです。
「お二人ともお腹が空きませんか。さぁ、これをどうぞ」
二人に鯛焼きをお供えし、僕は合掌しました。
「小森くん、ありがとう。もう帰るのか」
「はい……あの、時には待つことも大切ですよ」
「そうだな、今宵は友もいるから気長に待てるよ。待つのも楽しいものだ。これから幸せがやってくるのだから」
てくてく山道を下りながら、僕も心に誓いました。
待つことは、己と相手を信じているから出来ることなんですね。
夢中で食べていたので、庫裡から出て行かれたの気付きませんでした。
これでは駄目ですね。
お寺の小坊主なのに、住職さまを見失うのは失格ですよ。
僕、あんこの魅力に、また我を忘れてしまいました。
こんな煩悩は捨てなくてはと思うのに、菅野くんがこう言ってくれるのです。
『風太のこと、あんこ好きなのも含めて丸ごと好きなんだ!』
合掌! 本当に有り難いお言葉です。
ずっと僕は人の輪から外れて生きてきました。僕が口を開くと素っ頓狂なことを言っているらしく、同級生や先生に……両親や妹にすら呆れられてしまうのです。
だから気付いたら周りに誰もいませんでした。
あんこが好きなのは駄目ですか。
仏様の世界に浸るの駄目ですか。
自分の居場所がなくなり困り果てていた時、建海寺のご住職でもある達哉先生が話しかけて下さったのです。
……
「小森くん、一つのことに夢中になるのは悪いことではないよ。君みたいな子にぴったりのお寺があるんだ。そこで修行してみないか」
「行きます! 行きます! お寺の子になります」
「ははっ、まずは通いの小坊主として勤めてみるといい」
……
目の前に積まれた鯛焼きをじっと眺めながら煩悩と葛藤していると、母屋の玄関の呼び鈴がチリリンと鳴りました。
どうやらお客様のようです。
「はい、はーい、どなた様ですか」
玄関にはヌッと背が高いお坊さんが立っていました。
夕暮れ時なので影になってよく見えませんが、袈裟の色からもとても高貴なお坊様です。
「なんだ、小森くんか」
「えっ?」
「俺だよ」
「達哉先生!」
まさに今思い出していた所だったので、驚きました。
「よぅ! 元気にやっているか」
「はい、この通り、あんこモリモリです」
力こぶを見せてハッとしました。
いけない、僕……また変なことしちゃった。
「はははっ『あんこパンマン』って、大人が観てもおもろいよな」
「先生も知っているんですか」
「まぁな、小さい子が説法で飽きないようにお子様向けの知識も習得中なのさ。ところで月影寺のご住職はいるか」
「ええっと、それが」
鯛焼きを食べている間に行方知れずとは言えなくて、もじもじしていると、ご住職さまの柔和な声が竹藪の向こうから聞こえました。
「達哉? 達哉じゃないか!」
「よぅ、翠!」
達哉先生が気軽に、ご住職さまと肩を組まれます。
あぁ、なるほど。ご住職さまは夏用の袈裟に着替えるために離れに行かれていたのですね。
「達哉、元気だったか。こんなに汗かいて、袈裟が重そうだ」
「そういう翠は軽やかだな」
まるで学生時代の続きのように朗らかで和やかな空気に包まれます。
ご住職さまと達哉先生は、古くからのご友人とお聞きしました。
あぁ、二人の間にはとても強い糸が見えます。
僕は最近、人と人を結ぶ糸が見えるようになりました。
運命の糸は『赤い糸』と言われますが、それ以外の色も見えるのですよ。
この二人を繋ぐ糸は『青』です。
二人は一緒にいると安らげる友人なんですね。お互いに気を遣わずに自然体でいられ、一緒にいると安らげる存在は『青い糸』で繋がっているようですよ。
「ご住職さまぁ、あの、質問です」
「ん? どうしたの? 小森くん」
「あの……ご住職さまたちのように、黙っていても相手気持ちが分かり合えるような友人と巡り会えるには、どうしたらいいのすか」
「そうだね、友人って運命の出逢いで電撃的に巡り逢うというよりは、縁あって出会った人と、歩み寄ったり、許し合ったり、認め合って、築いていくものなのかもしれないよ」
住職が達哉先生を真っ直ぐに見つめて放つ言葉には、重みがあります。
なるほど……人生経験を積むという言葉があるように、生きた分だけ得たものがあり、それをどう繋げるか、生かすかは、その人次第なのですね。
「翠、俺たちが高校生の父親なんて月日が経つのは早いな」
「そうだね、目を瞑れば高校の制服を着た達哉が浮かぶよ」
「俺もだ。今日は前を通ったので久しぶりに顔を見たくなったんだ」
「僕も近々会いに行こうかと思ったよ。拓人くんはどうしてる?」
「母校の制服を着て溌剌と出掛けるのを見送る度に、幸せを感じているよ」
「そうか、良かった」
「薙くんは、流と同じ制服が似合うだろう」
「うん、そうなんだ。あの子も楽しそうに通っているよ」
友人同士、弾む会話が心地良いですね。
僕にもいつか二人のように肩を組んで昔を懐かしめる友人が出来るでしょうか。
「出来るさ!」
「流さん」
「ふふん、ほれ、俺もいるしな」
流さんが僕と肩を組んで、笑ってくれました。
流さんって豪快なのに繊細で不思議な人ですね。僕の頭の中が見えるようです。
「小森は俺たちと縁がある。俺たちがついているから寂しがるな」
「は、はい!」
「管野もいるしな」
「あ、はい!」
「焦らずじっくりでいい。焦って失敗するよりも時間がかかっても良縁を掴め。よし、今日はもう帰っていいぞ、残った鯛焼きもあげよう。ゆっくり食べるんだぞ」
「わぁ、ありがとうございます」
流さんの言うとおりですね。
焦ってはいけません。
今目の前にいて下さる感謝して、そこからです。
僕は山門の階段を転ばないように慎重に下りました。
すると一番下の段に、丈さんと安志さんが、仲良く腰掛けています。
二人の間には黄色い糸が見えました。
黄色は良い影響を与えてくれる相手ですよ。
尊敬し合え気持ちを分かってくれる人なのです。
「お二人ともお腹が空きませんか。さぁ、これをどうぞ」
二人に鯛焼きをお供えし、僕は合掌しました。
「小森くん、ありがとう。もう帰るのか」
「はい……あの、時には待つことも大切ですよ」
「そうだな、今宵は友もいるから気長に待てるよ。待つのも楽しいものだ。これから幸せがやってくるのだから」
てくてく山道を下りながら、僕も心に誓いました。
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