重なる月

志生帆 海

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16章

雲外蒼天 11 

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「鷹野、午後はパーソナルトレーニングだぞ」
「分かりました。あ、じゃあ今のうちに昼飯を取っていいですか」
「あぁ、午後に向けてパワーをしっかり蓄えて来い」

 俺は総合警備会社でボディガードの職に就いている。

 この職を目指したきっかけは、幼なじみの洋の存在が大きかった。

 高校時代あまりにも美しい顔立ちが災いし、同性から数々の性的な嫌がらせを受けてしまった洋。俺は洋の唯一の味方だったのに、何一つ助けてやれず、むしろ洋の心を酷く傷つけた過去がある。

 今思い返しても消えてしまいたい程恥ずかしく、酷いことをした。
 
 洋の安全と安心を確保出来ず、非力だったのが悔しくて、大學卒業後自ら選んだ道だ。

 お客様が安心できる状態の維持。つまり何気ない日常生活を送れるために尽力している。

 俺の中でボディガードとは、お客様が被る危険を請け負うのではなく、お客様に安心と安全を提供する仕事だと思っている。

 だから体力や運動能力だけでなく観察力や分析力といった頭脳面でのトレーニングもしっかり積んでいるのさ。だがやはり万が一の事態が発生した場合、お客様を守るための格闘術や救急救命法といった技術の習得も必要で、会社も勤務時間中にパーソナルトレーニングを組んでくれる。



 時は流れ、今の洋には丈さんがいてくれる。

 月影寺の皆が洋を守って、洋を笑わせてくれるようになった。

 本当に良かった。

 そして洋から涼を任された。

 大事な従兄弟を守って欲しいと――

「さてと、飯にすっか」

 ひとり暮らしなんで弁当持参だ。

 といっても凝ったものを作るのではなく、爆弾のようなデカいおにぎりを持参している。中身の具は、ソウルで洋が作ってくれた鮭と卵の入ったおにぎりを真似して2種類だ。

 ムシャムシャ食べていると、ピローンと間抜けな音でスマホが鳴った。

 着信音変えないとな。

「お! 涼からだ」

 涼は今突然流されたスキャンダル記事のせいで表舞台から姿を消さないといけない状況だ。

 俺が涼のボディガードをしてやりたかったが、要人警護中だったので無理だった。

 だから涼は月影寺で過ごしている。

 昨日までは……

 久しぶりに人の視線から外れてのんびりしている。

 だけど、少し退屈だ。

 洋兄さんの猫と遊んでる。

 大学の課題溜ってるけど、やる気しない。

 など……

 若い涼らしいメールで、可愛かった。

「それで可愛い涼は今日は何してるんだ?」

 思わず誰もいないのをいいことに、デレ声を出してしまった。

 次の瞬間、メールを開いて声にならぬ声を出してしまった。

「うぐぐぐ……」

 なんだ、これは?

 レモンソーダみたいに清涼感のある女の子の写真だった。

 めちゃ可愛い!
 
 めちゃ好み!

 でもよく知った顔だ。

 超、好みの顔だ。

 んんん?

 サマーイエローのワンピースを着て、溌剌としてメイクをしてウィンクしてるのは……

「こ、こ、これ、涼本人じゃないかー!」

 叫んだ瞬間、むせた。

 ゲホゲホっ

 米粒が変な所に入った。

 涼の女装? いやもう女の子そのもの、その上の妖精レベルだ。

「ふわぁ~ なんのご褒美だよ。めっちゃ可愛いじゃないか」

 涼はモデルをしているので王子様のような出で立ちの写真なら何度も見たことがある。妖精のような女の子と並んだ写真も見た。

 でもこれは……涼自身が妖精だ。

 ってことは俺が王子様?(にはなれないから、俺は妖精警備隊か?)

 アホなことを考えながらも、涼の可憐な出で立ちに胸がどんどん高まっていく。

 ワンピースから覗く長い手足。

 スタイルの良さが服の上からも分かる。

 メイクがまたすごく似合っている。

 太陽の妖精がいたら、こんな感じか。

 あー抱きしめたい。

 あー押し倒したい

 ヤバイ……

 変な気分になってきた。

 ヤバイ……

 これは、このまま行くと……大変なことになる。

 涼のこの写真で抜きたい。

 スマホを持ってトイレに走ろうとしたら、鬼教官(俺のパーソナルトレーナー)に見つかった。

「鷹野、お前、いい感じにウォーミングアップしてきたんだな」
「へ?」
「もう充分だ。こっちこい」
「ええぇー 俺、トイレにいって(涼と戯れるつもり」
「いいから運動で発散しろ!」
「ひえぇー」

 携帯は取り上げられ、ロッカーにぶち込まれた。

 あぁ~ 無念。

 可憐な涼で抜きたかったのに~

 こうなったら脳内イメージするか。

 得意だ!

****

 よし、送信!

「涼、どうしたの?」
「ん、安志さんにメールを送ったんだ」
「はは、涼も自撮りの写真を?」
「兄さんだって送ったよね?」
「うん、喜んでいた。あんな子供みたいに張り切った丈は滅多に拝めない」

 洋兄さんと丈さんの会話、少し聞こえてしまった。

 大人の余裕みたいなのがあって素敵だった。

 僕と安志さんは大人っぽい路線というよりは、スポーティーになってしまうんだよな。身体を重ねる時も、お互い身体を動かすのが好きだからアクロバットになることが多い。
 
 安志さんに抱かれている自分の姿を思い出して、照れ臭くなった。

 そうだ! 久しぶりにまた69しようかな~
 あれ、刺激的だったな。
  
「涼? 大変だ!」
「ん?」
「鼻血が出ているぞ」
「え? マジ?」

 洋兄さんにティッシュを渡される姿を見て、おばあさまが笑った。

「まぁまぁ、涼ちゃんは幼稚園児みたいね。鼻血を出すなんて」
「幼稚園児!!」

 洋兄さんと顔を見合わせて苦笑してしまった。

 僕、安志さんの影響受けすぎかな?

「俺、涼みたいに彼氏の影響を受けやすい人を知ってるよ」
「あ……まさか江ノ島であった彼?」
「ふふっ、彼の名誉にかけて秘密だ」
「兄さん、それバレバレだよ」
「あっ、そうか! ははっ」

 洋兄さんが楽しそうに肩を揺らした。
 
 明るい笑顔が、今日も眩しかった。

 

 


 

 
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