重なる月

志生帆 海

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16章

雲外蒼天 10

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「張矢先生、オペお疲れ様でした。難しい内容だったのにお見事でした」
「……ありがとう。一旦シャワーを浴びてくる」

 手術着を脱いで、熱いシャワーを頭から浴びた。

「ふぅ」

 手術が終わったからといって気は抜けない。何故なら手術は患者さんにとって長い治療の始まりだから。しかしオペ中の一瞬たりとも気が抜けない状態から解放されると、やはり私も人間なので少し安堵する。

 この後も患者さんの容体に変化がないか見守る必要があるので、気を引き締めて行かないと。

 ふと見ると、ロッカーに入れておいたスマホが着信を知らせていた。

 仕事中はプライベートな用件では、スマホは弄らない。

 もちろん緊急事態は別だが。

 だが誘惑に負けてしまうこともある。

 これは洋からのメールだ。

 私も所詮人の子だと苦笑しながら、愛しい人から珍しく日中届いたメールを開いてしまった。

「うっ……」

 なんだ、この美しさは!
 なんだ、この姿は!

 洋は何もしなくても類い希な美貌の持ち主だが、こんな風に淡いメイクで可憐に色づき、ピンク色のワンピースで華やぐのは、反則だぞ。

「これは……参ったな」

 水滴の残る身体をバスタオルで拭きながら、足元を見つめると下半身にダイレクトに響いていた。

 節操もない。

 ただでさえオペで興奮した状態なのに、これはまずい。

 ここには他の人も来るのに。

 案の定、他のチームの医師のオペが終わったらしく、大勢の足音が聞こえてきた。

 まずい!

 私は気合いでクールダウンをし、その場を脱した。

「張矢先生、お疲れ様です。そんなに急いでどちらへ?」
「あぁ、ちょっとやることがあってな」

 自分に与えられた個室に駆け込み、思わず洋に電話をかけてしまった。

「洋、一体あの写真は何事だ?」
「え? 丈……今日はオペじゃ? まさか仕事中なのにあれを見ちゃったのか」
「……我慢出来なかった。どうした? あの姿は」

 正直に告げるしかなかった。

「そうか、勢い余って変なタイミングで送って悪かったな。実は月影寺におばあさまがいらして、今から由比ヶ浜の洋館に遊びに行くんだ。ほら……涼はまだ人目に触れたらまずいから一緒に変装したんだ。変だったか」

  おいおい、これを変装と呼んでいいのか。

 だが、女装という言葉もしっくりこない。

 洋は性別を超えた異次元の美しさを振りまいている。

「最高だった。だが……洋、頼むから人目に触れないようにしてくれ」

 これは、つまらない男の嫉妬だ。

 だがどうしてもそうして欲しかった。

 こんなに美しい男を他の誰にも見せたくない。

「ん? せっかく変装したのに人目に触れたらいけないのか。だが、そうしよう。丈が安心できるように」
「是非そうしてくれ!」

 必死な声を出すと、洋が明るく笑う。

「ははっ、どうした? らしくないぞ。丈はクールな医師だろう?」
「そのつもりだった」
「だが動揺した丈は、案外可愛いな」
「……動揺などしてない」
「丈、午後も仕事頑張ってくれ。なぁ……」
「なんだ?」

 最近の洋は少し悪戯っ子だ。

「このままの姿でいようか。お前が帰ってくるまで」
「是非!」

 しまった。声を大にしてしまった。

「了解だ。あ、おばあさまが呼んでいる。行ってくるよ」
「洋……夜は覚悟しておけよ」
「ふっ、俺もそのつもりだ」

 洋は私の手の中にいる。

 洋を失うのが怖いのは、前世からの記憶のせいだ。

 だから私達はもう二度とはぐれないように、いつも絡みあっている。


 


 
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