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16章
雲外蒼天 7
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俺たちは洋服箪笥の中にずらりとワンピースに、呆気に取られた。
それから、あまりに美しい色の洪水にうっとりとした。
知らぬ間に衣装が、また追加されたような?
「……羽衣みたいだ」
「うわぁ~ 神話の女神様みたいだね」
涼と俺の感想は表現は違えども、ほぼ一致していた。
「素敵ねぇ。洋ちゃんは何を着るの?」
「……ええっと、迷ってしまって……」
あまりに多様な色があって、すぐには決められない。
当分迷いそうだ。
おばあさまを待たせてしまうのに。
「涼ちゃんは?」
「えっと、僕はおばあさまに選んで欲しいな!」
「まぁ、可愛い子ね」
人懐っこい涼の言葉に、おばあさまが微笑む。
そうか、そんな風に答えたらいいのか。
俺は気の利いたことが言えないので、こんな時少しだけ自己嫌悪してしまう。
すると、おばあさまが優しく俺を呼んでくれた。
「洋ちゃんは、こっちにいらっしゃい」
「はい」
「洋ちゃんはどれが好き? 1枚1枚ゆっくり一緒に見てみましょうよ」
優しく誘導してくれる。
ゆっくり選ばせてくれる。
もしかして母さんも、俺みたいだったのか。
そういえば母さんも、いつも即決できないで、よく悩んでいた。
あっ、今ならまた思い出せそうだ。
俺が幸せだった頃の優しい思い出を―
あれは、まだ幼稚園の年少だった頃だ。
父さんと母さんと手を繋いで仲良く花屋に行った。
……
「洋、今日は母の日だから我が家のお姫様にカーネーションの花束を贈ろう」
「わぁ」
「コホン、お姫様、どちらがお好みでしょうか」
父はいつも母をお姫様のように扱っていた。
俺はそんな両親が大好きだった。だから父の言葉を真似たものだ。
「おひめしゃま、どれがいいでしゅか」
「まぁ、嬉しいわ。うーん、どれも綺麗ね。でも、うーん、うーん、うーん、迷っちゃうわ。赤もいいし、ピンクもいいし、黄色もいいし……」
母は花屋の前で、10分、いや20分は迷っていた。
「夕、ゆっくり選んで」
「信二さんが選んで」
「君が一番欲しいものを贈りたい。だから夕の心を教えて欲しい」
「うーん、うーん……じゃあ……可愛い息子の頬みたいな優しいピンクにしようかしら」
「よし、それにしよう」
「ようのほっぺ?」
「そうよ」
母が俺をふわりと抱きしめる。
かすみ草のような美しく儚げな母だった。
……
俺の頬に触れた、しっとりやわらかな母の手の感触を思い出した。
俺……母が選んだカーネーションのような、柔らかなピンク色のワンピースが着てみたい。
「……そうですね。このピンク色が気になっています」
俺の柄じゃないかもしれないが、母への思慕からつい口に出してしまった。
「まぁ! 素敵! おばあちゃまも実はあなたに似合うと思っていたの」
「似合う?」
「そうよ。洋の頬のように上品なピンク色だもの」
おばあさまがそっと俺の頬に触れてくれる。
年齢を重ねた手だが、それがまた嬉しかった。
「おばあさまが生きていて下さって、本当に良かった」
「私はまだまだ長生きするわよ。100歳まで元気でいたいわ」
「是非……母と過ごせなかった分も長生きして下さい。俺が寄り添うから」
涼は俺たちの会話を嬉しそうに何度も頷きながら見守ってくれていた。
育ちのいい涼は、人を妬まない。
素直に自分のことのように喜んでくれているのが伝わってきて、清々しい気持ちになった。
「涼ちゃん、お待たせ! 涼ちゃんのは私が選んでいいの?」
「はい! おばあさまに選んで欲しいです」
「じゃあ、あなたは黄色のワンピースはどうかしら?」
レモネードみたいな爽やかな黄色で、涼にぴったりだった。
「好きな色だよ!」
ふわりとした薄く柔らかいシフォン生地のドレスに着替えた俺たちは、見つめ合って笑った。
体型を隠す緩いデザインなので、男の俺たちが着ても、そう違和感はなかった。
「涼、可愛いよ」
「洋兄さん、綺麗だよ」
「照れるよ」
「そうだ! せっかくだから、メイクもお借りしようよ」
「ええ? もしかして……涼、楽しんでる?」
「うん、楽しんでる!」
涼が明るくウインクすると、その場がぐんと甘い雰囲気になった。
その様子、おばあさまが楽しそうに見ている。
「あなたたちってば、性格も朝と夕を真っ直ぐに受け継いでいるのね。さっきから言動が一緒よ」
「え? やだな、僕、お母さんに似ているの?」
「俺と母さん……似ているのですか」
俺が大人になる前に母は亡くなったので……母と似ていると言われても実感が沸かない。
「二人はいつも真逆な性格だったけど、1周まわって、ぴったり合っていたのよ。おっとりした夕、積極的な朝。懐かしいわ。あなたたちを見ていると昨日のことのように思い出すわ」
「おばあさま……」
「さぁ、思い出の由比ヶ浜に、私を連れて行って」
それから、あまりに美しい色の洪水にうっとりとした。
知らぬ間に衣装が、また追加されたような?
「……羽衣みたいだ」
「うわぁ~ 神話の女神様みたいだね」
涼と俺の感想は表現は違えども、ほぼ一致していた。
「素敵ねぇ。洋ちゃんは何を着るの?」
「……ええっと、迷ってしまって……」
あまりに多様な色があって、すぐには決められない。
当分迷いそうだ。
おばあさまを待たせてしまうのに。
「涼ちゃんは?」
「えっと、僕はおばあさまに選んで欲しいな!」
「まぁ、可愛い子ね」
人懐っこい涼の言葉に、おばあさまが微笑む。
そうか、そんな風に答えたらいいのか。
俺は気の利いたことが言えないので、こんな時少しだけ自己嫌悪してしまう。
すると、おばあさまが優しく俺を呼んでくれた。
「洋ちゃんは、こっちにいらっしゃい」
「はい」
「洋ちゃんはどれが好き? 1枚1枚ゆっくり一緒に見てみましょうよ」
優しく誘導してくれる。
ゆっくり選ばせてくれる。
もしかして母さんも、俺みたいだったのか。
そういえば母さんも、いつも即決できないで、よく悩んでいた。
あっ、今ならまた思い出せそうだ。
俺が幸せだった頃の優しい思い出を―
あれは、まだ幼稚園の年少だった頃だ。
父さんと母さんと手を繋いで仲良く花屋に行った。
……
「洋、今日は母の日だから我が家のお姫様にカーネーションの花束を贈ろう」
「わぁ」
「コホン、お姫様、どちらがお好みでしょうか」
父はいつも母をお姫様のように扱っていた。
俺はそんな両親が大好きだった。だから父の言葉を真似たものだ。
「おひめしゃま、どれがいいでしゅか」
「まぁ、嬉しいわ。うーん、どれも綺麗ね。でも、うーん、うーん、うーん、迷っちゃうわ。赤もいいし、ピンクもいいし、黄色もいいし……」
母は花屋の前で、10分、いや20分は迷っていた。
「夕、ゆっくり選んで」
「信二さんが選んで」
「君が一番欲しいものを贈りたい。だから夕の心を教えて欲しい」
「うーん、うーん……じゃあ……可愛い息子の頬みたいな優しいピンクにしようかしら」
「よし、それにしよう」
「ようのほっぺ?」
「そうよ」
母が俺をふわりと抱きしめる。
かすみ草のような美しく儚げな母だった。
……
俺の頬に触れた、しっとりやわらかな母の手の感触を思い出した。
俺……母が選んだカーネーションのような、柔らかなピンク色のワンピースが着てみたい。
「……そうですね。このピンク色が気になっています」
俺の柄じゃないかもしれないが、母への思慕からつい口に出してしまった。
「まぁ! 素敵! おばあちゃまも実はあなたに似合うと思っていたの」
「似合う?」
「そうよ。洋の頬のように上品なピンク色だもの」
おばあさまがそっと俺の頬に触れてくれる。
年齢を重ねた手だが、それがまた嬉しかった。
「おばあさまが生きていて下さって、本当に良かった」
「私はまだまだ長生きするわよ。100歳まで元気でいたいわ」
「是非……母と過ごせなかった分も長生きして下さい。俺が寄り添うから」
涼は俺たちの会話を嬉しそうに何度も頷きながら見守ってくれていた。
育ちのいい涼は、人を妬まない。
素直に自分のことのように喜んでくれているのが伝わってきて、清々しい気持ちになった。
「涼ちゃん、お待たせ! 涼ちゃんのは私が選んでいいの?」
「はい! おばあさまに選んで欲しいです」
「じゃあ、あなたは黄色のワンピースはどうかしら?」
レモネードみたいな爽やかな黄色で、涼にぴったりだった。
「好きな色だよ!」
ふわりとした薄く柔らかいシフォン生地のドレスに着替えた俺たちは、見つめ合って笑った。
体型を隠す緩いデザインなので、男の俺たちが着ても、そう違和感はなかった。
「涼、可愛いよ」
「洋兄さん、綺麗だよ」
「照れるよ」
「そうだ! せっかくだから、メイクもお借りしようよ」
「ええ? もしかして……涼、楽しんでる?」
「うん、楽しんでる!」
涼が明るくウインクすると、その場がぐんと甘い雰囲気になった。
その様子、おばあさまが楽しそうに見ている。
「あなたたちってば、性格も朝と夕を真っ直ぐに受け継いでいるのね。さっきから言動が一緒よ」
「え? やだな、僕、お母さんに似ているの?」
「俺と母さん……似ているのですか」
俺が大人になる前に母は亡くなったので……母と似ていると言われても実感が沸かない。
「二人はいつも真逆な性格だったけど、1周まわって、ぴったり合っていたのよ。おっとりした夕、積極的な朝。懐かしいわ。あなたたちを見ていると昨日のことのように思い出すわ」
「おばあさま……」
「さぁ、思い出の由比ヶ浜に、私を連れて行って」
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