重なる月

志生帆 海

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16章

雲外蒼天 6

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「流、ちょっといいか」

 庫裡で昼食の仕込みをしていると、本堂でお勤めをしているはずの翠がひょっこりやってきた。

 何事かと手を止めて振り向くと……

「んんん?」

 白い物体は分かる。

 洋の愛猫のルナだ。

 だが、そっちの黒いのはなんだ?

「流……なぁ、駄目か」

 小首を傾げて問う兄のあざとさよ。(いやいや本人にそのつもりは毛頭ない。至って自然な振る舞いなんだ。天然だからな)

「兄さん、何を今度は抱えているんだ? 懐にルナじゃないヤツがいるが……」

 それは誰がどう見たって黒猫だ。

「この子はシャドーだよ」(もう名付けたのか!)
「はぁ?」(んなの、初耳だぜ!)
「流、聞いておくれ。この子を僕の猫にしたいんだけど……なぁ……駄目か」(二発目・発動かよ)

 俺は濡れた手を手拭きで拭いて、兄さんの前に立った。

 兄さんが洋のルナに憧れているのは知っていたさ。洋のアドバイスもあり、俺だってもう少ししたら猫を贈るつもりだったのに、どうしてこう順序が逆転するんだ?

「どうやって手に入れたんだ?」
「寺の迷い猫なんだけど……この子ね、流に似てる気がして」(おおお? そう来るのか)

 黒猫の顔を覗き見ると、確かに俺に似て凜々しく精悍で逞しいじゃないか!

「そうか、俺に似ているのなら捨て置けないよな」
「そうなんだよ。だから僕の猫にしたいんだけど、流の猫にもしてくれるかな?」
「んん?」
 
 兄さんは決まり悪そうに明後日の方向を向いてしまった。

「悪い、ちょっと意味不明だ」
「つまりだよ。この猫はね……僕たちの子なんだ」

ズキュン!

 やべー トドメを刺されたぞ。

「僕たちって……翠と俺のことか」
「そうだよ」

 翠の中に俺のものを注ぎ込んだって、俺たち男同士だ。

 どう転んでも懐妊するはずもなく、俺はこの世に子孫を残すことはない。

 そんなの分かりきっているし、翠の子供、薙がいるから何の迷いもないことだったのに……

 あどけない黒猫を俺たちの子と言われ、俺も照れ臭くなった。

「つまり、お……俺の子でもあるのか」
「そう! だから飼ってもいい?」

 飼う、飼う、飼う!
 子供にする、する、する!
 翠と俺の子猫ちゃん♡

「あぁいいぞ。一緒に世話をしよう」(デレーン)
「流! あぁ、ありがとう。だから大好きだよ」

 兄としてではなく一人の男として、俺を好いてくれる翠。

 そんな翠の望みは、何でも叶えてやりたい。

「よしよし、こっちにこい」
「にゃあ~」

 俺にもすぐに懐いてくれたので、思わず破顔してしまった。

「なかなか可愛い猫じゃないか。お前、翠と俺の子になるか」
「にゃあ!」
「流、この子は『シャドー』だよ。月影の影だ」
「へぇ、住職さまにいい名をさずけてもらったんだな」
「にゃあ!」

 ルナとシャドー二匹はとても仲良しだ。

「んん? もしかしてお前たち、そのうち番になるのか」
「かもしれないね」
「まぁいいんじゃないかな? 幸せなら」

 そうだな、細かいことは必要ない。

 大きく見渡して幸せならいいじゃないか。

 小さな不幸をねちねち数えるよりも、大きな幸せで包み込んでしまう方がいい。

****

「ちょうどよかった。涼ちゃんにいいお洋服があるのよ」
「僕に? 僕、洋兄さんの服ばかり借りていたので、楽しみだな」
「こっちよ~」

 おばあさまは勝手知ったる様子で、ひらひらと手招きする。

 例のお母さんの洋服ダンスには、沢山のドレスがスタンバイしている。

「ジャジャーン! これよ!」
「え?」

 涼は目を丸くしている。

「おばあさま、これ女物ですよ?」
「だから一番バレない方法でしょ」

 おばあさまが丸め込む。

「あぁ、そういうことか。洋兄さんはあまり驚いてないけど、もしかしてここでは日常茶飯事?」

 いきなり涼にふられて動揺した。

 さすが10歳年下の若い感性だ。

 怖じ気づくのではなく、そう来る?

「え! ええっと……日常茶飯事ではないけど……何度かしたことはある」
「えぇ! いいな! 洋兄さんの女装。見たい! 僕もするから一緒にしようよ」
「涼~ 少しは抵抗しないの?」
「人生一度きり! おばあさまの提案に乗ってみるものいいかなって」
「そうか、涼は逞しいな」

 フッと肩の力が抜ける。

「よし、俺も着るよ。涼と一緒に!」









 
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