重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,519 / 1,657
16章

雲外蒼天 4

しおりを挟む
「じゃあ、洋ちゃん、涼ちゃん、行きましょう」
「あ、待って下さい! ルナを預けてきます。ルナは怖がりで月影寺から出たがらないので」
「分かったわ。でも、誰に預けるの?」
「それは、翠兄さんです」
「まぁ、翠さん! ご住職さまにご挨拶しなくちゃ。あのお方は相変わらず凜として素敵でしょうね」

 おばあさまってば、目はハートになっていますよ。

 と、突っ込みたくなった。

 翠さんは、やはり人気者だ。

 檀家さんが住職目当てで、こぞって押し寄せてくるのも納得だ。

 おばあさまも、漏れなく翠さんの虜になっている。

「じゃあ、一緒に挨拶に行きましょう」
「あ、洋兄さん、僕は出掛ける支度をしてくるよ」
「了解、15分後にここにおいで」
「わかった!」

 浮き足立つおばあさまを連れて寺庭を歩くと、御朱印所に小森くんの姿が見えた。

「あら、あそこに、ひもじそうな小坊主さんがいるわ。これをお供えしないと」

 おばさまが手提げから月下庵茶屋のお饅頭を取り出し、小森くんの前に置いた。こもりくんの目が途端に輝き、耳がピョンと立つ。

 まるで……あんこのあやかしのようだ。

「え? これって、これって」
「あなたがお寺の小坊主くんね。洋ちゃんがいつもお世話になっています。これをどうぞ」
「わぁ~ ありがとうございます! 仏様のご加護がありますように」

 小森くんが真顔で合掌すれば、おばあさまが少女のように微笑む。

「なんてかわゆいのかしら。桜色のおべべが似合っているわ。あなたイカしているわ」
「なんと! これは僕の一張羅なので嬉しいですよー」

 小森くんは頬を染め、ぺこりとお辞儀をする。

 おばあさま……『いかす』って?

 ふふっ、おばあさまって気が若いんだな。

「チーン」と澄んだ音色が響いた。
 
 おりんを鳴らしながら、楚々とした面持ちの翠さんがやってきた。

 おりんという仏具が響かせる音は空間を清めて邪気を払うとされているので、その場が清められていくようだった。

「こんにちは。白江さんではないですか」
「翠さん! お会いしたかったです」

 おばあさまってば映画のヒロインみたいな声を出して!

 こ、これは流さんには見せられないな。

「ほぉ~ 洋のばーちゃん、もしかして翠にぞっこんか」

 うわ! そこにヌッと現れたのはいつものように作務衣姿の流さんだった。
 
 噂をすればっていうヤツだ。

「ぞっこん?」
「もう死語か」
「たぶん……でもおばあさまは知っていると思います」
「心底からほれ込んでいるさまだよ。翠はひとたらしだからな」
「それはよく分かります」
「それより何か用事か」
「あぁそうだ。今からおばあさまと涼と由比ヶ浜に行って来ます。それでルナを預かってもらえませんか」

 流さんはギョッとする。

「出た! 天敵!」
「酷いですね。ルナは可愛い子猫ですよ」
「あぁ悪いな。こいつが来ると翠が溺愛して仕事にならんし、挙げ句に別れ際は泣きそうな顔をするから大変なんだぞ」
「そんなに可愛がってもらっているなんて、ルナよかったな。そうだ、流さんも翠さんに猫を贈ったらどうですか」
「ん? そう来るか」
「翠さんの輝く笑顔が拝めますよ」
「なるほど~ 洋も言うようになったな」

 涼とおばあさまと由比ヶ浜に出掛ける旨を話すと、翠さんが眉をひそめた。

「心配だな。涼くん、人目に触れても大丈夫だろうか」
「……あ、そうですね。今はまだその時では」

 誘ってしまった手前、断るのも可愛そうだし……どうしたものか。

「よく理由は分からないけど、涼ちゃんは身を隠したいのね。じゃあ、こんな時はあれよ、あれ!」
「なんですか」
「あなたのお家には良いものがあるじゃない。ほらハロウィンの時みたいに」
「えっ!」

 まさか、また……女装を?

「ふふ、二人がワンピースを着て並んだ所も見て見たいわ。ようちゃん、ね、駄目かしら?」
「そ、それは……」

 おばあさまの「駄目かしら?」は、翠さんの「駄目か」に匹敵する。

 その様子を見ていた翠さんは苦笑し、流さんは豪快に笑った。

「洋くん、母のコレクションはいつでも着ていいと伝言があったよ。だからルナの面倒は僕に任せて着替えておいでよ。南無~」

 翠さんはおりんをチーンチーンと2回鳴らし、流さんに「流,これは持っていて」と渡した。

 それから満面の笑みでルナを抱き上げて、いそいそと去って行った。

「えええ……」

 そこに支度を調えた涼が、満面の笑みでやってきた。

「洋兄さん~ ごめん! この服ちょとキツいから違うのを貸してくれない? 何かいい服持ってる?」
「ええっと……」




しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...