重なる月

志生帆 海

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16章

翠雨の後 45

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 そろそろ眠ろうと布団を捲ると、真っ白な雑巾が出て来た。

「あれ? あっ、そういえば昨日……」

 流さんが「薙、ここに置いておくぞ」って言っていたな。

 あれって、学校に持っていく雑巾のことだったのか。

 オレ、ちゃんと見てなくて、てっきりまだ準備してないと父さんに甘えちゃったな。

 でも、まぁいいか。

 流さんは今宵はアトリエに籠って衣装作りに励んでいて、父さん少し寂しそうだったから。

 結果的に『親孝行』出来たのか。

 父さんと流さん、二人は恋人だ。

 どうして、こんな異例な関係をすんなり受け入れられるのか分からないが、オレは驚くほど自然に受け入れていた。

 あの事件がなかったら、この境地にはならなかっただろう。

 あの日、身体を張ってオレを守ってくれた父さん。

 父さんには絶対に幸せになって欲しいんだ。

 オレは……あの時はまだ子供で全然役に立たなかったが、今後父さんを脅かす奴がまた現れたら、オレが薙ぎ払う!

 オレは父さんの子だ。

 だから父さんを守る!




 窓の外には、いつのまにか雨がしとしと降っていた。

 春の雨は静かなんだな。

 布団に入るが……なかなか眠れない。

 誰かと話したい気分だ。

 オレの高校生活のスタートは順調だったと言えるかな?

 拓人、お前はどうだった? 直接話したいな。

 よし! 電話をしてみるか。



 拓人に電話をかけるとワンコールで出た。

「お! 早いな」
「いや、実は今俺からかけようか迷ってた」
「いいタイミングだったんだな」
「そういうことだ。あのさ……薙、高校入学おめでとう」
「拓人もだろ? おめでとう!」
「ありがとう」

 今日は初対面の人とばかり喋ったので、少し気疲れしていたようだ。

 だから、拓人と話せてほっとした。

「薙、友だち出来たか」
「まぁ、何人かとは話したよ」
「俺も同じだ。薙、ついに高校のスタートだな」
「大人に近づけるのが嬉しいよ。父さんはまだまだ甘えて欲しいみたいだけどね」
「分かる! 同じだよ。どこの父さんも息子に甘いのかな?」
「さぁ、オレたちの父さんは特別なのかな?」

 拓人と、お互いの父さんの話を明るく出来るのも嬉しかった。

「薙、眠いんじゃ?」
「分かる? 拓人と話してほっとしたせいかな」
「ははっ、褒められているのか」
「あぁ、褒めてるよ」
「……」
「……」

 無言の時間も、苦ではない。

 拓人とは苦楽を共にしたからか、お互いのどん底を知っているから、何も怖くない。

「拓人ー 風呂に入ったのか いい湯だったぞ~」
「あ、お父さんが呼んでる! 薙、またな」
「じゃ、おやすみ」
「うん、電話ありがとう」

 電話を切って、安堵した。

 拓人、達哉さんに随分可愛がってもらっているんだな。

 本当に……本当によかった。

 そのまま目を瞑った。

 雨音に耳を澄ますと……昔、父さんが歌ってくれた童謡を思い出す。

『あめふりくまさん……』

 あれ好きだったな。

 オレが父さんの手を引いて探検している気分になった。

 今宵も、いい夢が見られそうだ。

 幼いオレがどんなに父さんに愛されていたか、もっともっと思い出したい。


****

「おはよーございます!」

 あれれ? 

 どなたもいらっしゃらないのですか。

 朝のお勤めは?

 薙くんのお弁当は?

 皆さんの朝ごはんは?

 庫裡を覗いても誰もいませんね。

 時計を見ってびっくりしました。

「あれれ、僕、1時間も早く来てしまったのですね」

 最近、日の出が早くなったから気付きませんでしたよ。

 家にいると、少しだけ窮屈なんです。

 特に朝は皆忙しく、僕はお邪魔で居場所がありません。

 東京までお勤めに出るお父さん、妹のお弁当を作るお母さん。

 朝から身支度に余念がない高校生の妹。

 高校に上がらず仏門に入った僕だけが異端児のようですね。

 家族に疎まれているわけではないのですが、皆、僕の扱いに困っているようです。

 仏門にはなんの関心もない家なので、僕の世界が理解できないようです。

「風太……あなた若いのにいつもお坊さんのかっこうばかりして。たまには普通の格好をしてみたら?」
「お母さん、でも僕はこれが好きなんです」
「……お洒落な今時の服を買ってあげる楽しみもないのね」
「……ごめんなさい」

 だから、無意識のうちに、いつもより早く家を出たのかも。

 山門の階段に腰掛けて、皆さんが起きていらっしゃるのを待ちましょう。

 ここはいいです。

 桜の花びらが舞い、僕の大好きなあんこもいつも戸棚に入っています。

 そうそう、ご住職さまが冬にあたたかい衣を作って下さったのです。

 お優しいご住職さま。

 大好きです。

 流さんも僕を可愛がってくれているの、ちゃんと伝わってきます。

 丈さんも洋くんも、薙くんも仲良くしてくれます。

 ここでは普通でなくてもいいのです。

 だから、僕はここが好きです。

 今日もここで過ごせるのが幸せです。

 すると背後から声を掛けられました。

「よう! 小森、もう来ていたのか」
「あっ、流さん、おはようございます」
「ちょうどよかった。こっちに来いよ」
「なんでしょうか。あんこですか」
「惜しい!」
「ワクワクします」

 僕はその後、感激で泣きそうになりました。

 流さんが僕に羽織らせてくれたのは、桜餅色の衣装でした。

「やっぱ似合うな。翠が作ってやれっていうからさぁ~」
「わわわ、これ、僕が着てもいいんですか」
「あぁ、お前以外似合わん」
「ううう、うれしいです」

 流さんに抱きつくと、流さんは満更でもないようで、快活に笑ってくれた。

「小森がそんなに喜んでくれるなら、夜鍋して作った甲斐あったな」
「夜鍋して下さったのですか」
「いや早起きに変更になったんだった」
「どちらでもいいです。流さん、ありがとうございます。流さんに御利益がありますように。流さん、今生では……ようやく逢いたかった人と巡り逢えてよかったですね。もう離れません。もう何も起きませんよ」

 流さんの気から感じ取ったことを伝えると、流さんは一際嬉しそうに笑って下さいましたよ。

 全部、本当のことですよ。







 
 

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