重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,509 / 1,657
16章

翠雨の後 42

しおりを挟む
 やれやれ、今日も遅くなってしまったな。

 溜め息混じりにハンドルを握り、アクセルを踏み込む。

 月の照らす道をひた走り舞い戻るのは、愛しい洋の元だ。

 もう何度……こんな切ない夜を迎えただろう。

 月影寺の駐車場に駐車し、山門へ続く階段を上がると、人の気配がした。

 名を呼ばなくても、呼ばれなくても、分かる。

 すっと手を差し出すと、私の手をしっかり握りしめてくれる男がいる。

「丈、今日も遅かったな」
「悪かった」
「話したいことが沢山あって……その、待ちきれなくてさ」

 月の光のお陰で、洋の白い歯が見て取れた。

 君は、そんなに大きく笑えるようになったのか。

 洋の弾ける笑顔が、今日1日どんなに幸せだったかを物語っている。

 出来れば直接見たかった私の少しの悔しい気持ちを、洋は掬い上げてくれる。

「丈、俺たちの家に戻ろう! 夕食は準備してある」
「えっ‼」
「おい、酷いな、そんなに驚くなよ。涼と小森くんと協力して作ったんだ」
「そうか、なら……安心だ」
「……俺の腕は一生上達しないよ」

 洋が機嫌よく私の手を握りしめてくる。

「俺の彼氏はゴッドハンドだからな」
「洋は私が喜ぶツボを心得ているな」
「もう何年、丈と過ごしていると?」
「さぁ? 前の時代も含めたら、数え切れないほど一緒にいるからな」
「あぁ、いつの世も、丈は器用に生まれつき、俺は不器用さ。それでいい」

 洋が艶めいた笑みを浮かべて、月を見上げる。

 その瞬間、ゾクッとするほどの美しさが放たれる。

「洋……先に洋を食べてしまいたい」
「昨日もシタのに?」
「毎晩しても足りない」
「お前のそういうとこ、変わらないな」

 離れに入るなり、洋の唇を貪った。

「ん……んっ……あぁ……」

 片手で細腰を抱き、もう片方の手で洋の胸を撫であげる。

 胸の粒が、布越しにも尖ってきたのが分かる。

 ここが弱いのを知っているから、巧みに弄ってやると、洋の腰が震える。

「あ……駄目だ。まだ……」
「可愛いな」
「続きはハンバーガーを食べてからな。俺が焼くよ」
「いや……私が焼く!」
「うん、それがいい」

 ふと壁に目をやると、洋の美しい文字でポスターが描かれていた。

『Congratulations on starting high school!』

「これは今日作ったのか」
「うん、お昼間、薙くんの入学祝いパーティーを野外でしたんだ。俺はポスター係だった」
「それは賢明だ」
「ははっ、皆そういうよ。丈……俺、皆の輪の中に入れて楽しかった」

 洋が私にもたれて満足そうに呟いた。

「あぁ、洋の笑顔が物語っているよ」
「……丈もいたら……もっと楽しかった」
「そうだな。そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ」
「開業したら、ずっと一緒だ。だからもう少し辛抱してくれ」
「洋、それは私の台詞だが」
「そう? 俺の台詞でもあるよ?」

 私たちは、以前のように事を急かなくなった。

 二人で食事を準備し、ワインを傾けて、共に風呂に入って、床につく。

 一連の動作の全てが、愛で包まれている。

「丈……幸せだ」

 シーツの仰向けに寝かせた洋が、満ち足りた声を出す。

 ワインに染まる吐息は甘く艶やかだ。

 私はゆっくりと彼の寝間着を脱がしていく。

「洋、今日もとても綺麗だ」
「丈はカッコいいよ。いつの世もお前は俺を魅了する」

 これが私の1日だ。

 幸せな1日だ。

 洋と身体を重ねて時を越す。

 今宵も――

 二人は一緒だ。




 

 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...