重なる月

志生帆 海

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16章

翠雨の後 38

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「新入生、入場!」

 いよいよだ。

 僕は中高一貫の私立に通っており、高校の入学式はクラスメイトも先生も知った顔ばかりだったので、普段の始業式と大差なかった。

 だが、流の高校の入学式は特別だった。

 入学式の朝、廊下で、流と出会い頭にぶつかりそうになって、胸が高鳴った。

……

「おっと、ごめん! ぶつからなかったか」
「あ、うん、大丈夫だよ」

 流は中学でどんどん身長が伸びて、もう僕の背丈を余裕で超していた。

 見上げる程大きくなって、しかも初めてのブレザー姿だ。
 
 流は僕を超えて、一気に大人びていた。

「あれ? 兄さんって……こんなに小さかったか」
「それを言うなら、流って、こんなに大きかったか」
「今、179cm。兄さんとの差は6cmになった。まだまだ伸びる予定だぜ」
「えぇ! まだ伸びるの?」
「そっ、イヤか」
「いや……背が高い流はカッコいいよ」
「そ、そうか」

……

 流は僕の言葉に満足気に笑った。

 明るい太陽を背負ったような笑顔だった。
 
 当時の僕は高校3年生。

 まだまだ、のどかな春だった。

 まだアイツに脅かされていない平和な時だった。

 そうだ……アイツも、この学校の制服を着ていた。

 僕に覆い被さった時……胸元で揺れたネクタイには、煙草のにおいが染み付いていた。
 
 とてつもなく嫌な記憶を辿りそうになった瞬間、流が僕を呼んだ。

「翠、入場だ。薙だけを見ていろ!」

 過去ではなく今を、僕たちの息子を見ていろと、流は言ってくれる。

 その通りだ。

 一瞬過去に引きずられそうになったが、僕はそこには堕ちない。

 万が一アイツに出遭うことがあっても、もう二度とこの身には触れさせない。

 視界に入ることも許さない!

 結界を張り、全身全霊で撥ね付ける覚悟だ。

「翠……薙だぞ」
「あ、うん」

 僕の強い気持ちに、薙も同調しているのか。

 まだ初々しい新入生の中で、研ぎ澄まされた気を放っていた。

「薙らしいな。あいつは簡単には靡かない」
「うん、それがいい。あの子は逞しいよ。僕の憧れでもある」
「……薙は翠から生まれたんだ。翠の志を受け継いでいるから颯爽としているのさ」
「……流、ありがとう」

 僕の自尊心を守ってくれて。

 式典の間、僕は薙を一心に見つめた。

 どうか恙なく高校生活を謳歌できますように。

 健康に幸せに過ごしておくれ。

 親の願いは、いつの世も同じだ。

 やがて校歌合唱。

 この校歌を最後に聴いたのは、流の卒業式だった。
 
 親の代理で参列した僕は、胸元の火傷のヒリヒリとした痛みに脂汗を浮かべていて、記憶が定かでない。


 だが……もう、あの日の傷はこの身体には存在しない。

 流と結ばれ、心の痛みからも、身体の痛みからも、既に解き放たれている。

 僕は自由になった。
 
 ようやく、ここに辿り着いた。

 すっと目を閉じ精神統一し、校歌の歌詞に耳を傾けた。

 
……

青空に浮かぶ白い雲
寄り添う心集まる 由比ヶ浜

青い海 流れる水に夢のせて
瞳輝く 学び舎

愛の光に導かれて
清く 正しく 真っ直ぐに

……



 流れる水に夢のせて……

 良い歌詞だな。

 その通りだ。

 僕の身体は、流と共に在る。

 真っ直ぐに届く愛の光に、導かれていく生きて行く。

 この学校の校歌は、まるで僕たちのための詩のようだ。
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