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16章
翠雨の後 36
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朝食後自室に戻った。
午前中はのんびり過ごそうと思ったが、じっとしているのは性に合わない。
だから僕は月影寺の庭を、軽くジョギングした。
へぇ、庭の奥には山道や滝まであるのか。
かなり起伏に富んだコースで、走り甲斐があった。
大量に汗をかいたのでシャワーを浴び、肩にバスタオルをかけて昨日から泊まらせてもらっている部屋に戻ると、スマホが鳴った。
マネージャーからだ。
「涼くん、ちゃんと従兄弟のお兄さんの所にいるかな?」
「はい、大人しくしています」
「とにかくほとぼりが冷めるまでは身を隠して」
「分かっています」
「少しの辛抱だから頑張って! そうだ、1週間後に雑誌『ルーチェ』の撮影が入ったよ」
「あ……良かった。ありがとうございます」
ここに来るまで、自暴自棄になっていた。
ビリーのことを否定しつつ、安志さんとの関係を隠すジレンマに苦しみ、仕事を辞めたくなっていた。
でもこうやって新規の仕事をいただけると、俄然やる気になってくる。
僕はやはりモデルの仕事が好きらしい。
頑張ろう!
せっかく下さった仕事だ。
精一杯胸を張って――
マネージャーからの電話を切って、窓をガラッと開けた。
ここは北鎌倉の山奥。
ご住職によって作られた結界が張り巡らされ、世の中から切り離された静かな空間だ。
ここでマイナスの気持ちをしっかり浄化していく。
すると窓の外に、洋兄さんが通りかかった。
なにやら大きな洗濯籠を抱えている。
「洋兄さん! 何しているの?」
「あぁ、洗濯物を干そうと思って」
「へぇ、いつも兄さんがやっているの?」
「手分けしているんだ。今日は翠さんと流さんは入学式で忙しいから」
「ふぅん、じゃあ僕も手伝うよ」
洋兄さんは少し困った顔をした。
「えっと、何かまずい?」
「いや、主に涼の部屋の洗濯物だから助かるよ」
「え!」
そういえば、昨日派手にシーツを汚した。
もうお終いにしようと思うのに、すぐに火が付いて……
シーツがグチャグチャになったので、バスタオルまで使って。
あぁぁ、思い出すと猛烈に恥ずかしい!
「涼、こっちを持ってくれる?重たくて」
「バ……バスタオルって、水を吸うと重たいよね」
「ははっ、一体何をしたんだ? 全く安志のヤツ!」
「安志さんは悪くないよ。僕も求めたから! あっ……」
「くくっ、涼、落ち着け。俺も同じだから安心しろ」
「じゃあ兄さんの洗濯ものは?」
「俺は、大きな乾燥機を持っているから、それで」
「あー ずるいな」
「ははっ 優遇されているからな」
「丈さんは洋兄さんに一途だもんな」
「まぁね」
「惚気てる?」
兄さんとこんな風にじゃれ合うのは久しぶりだ。
僕とよく似た顔の兄さんが笑えば、僕も笑いたくなる。
「涼、いい笑顔だね」
「兄さんがいい笑顔だからだよ」
「そうか……俺、笑っていたか」
「うん! とても明るくね!」
その後、物干し竿にシーツと大量のバスタオルを干した。
一面、真っ白な世界だ。
「涼、なんだかこれ、ヨットの帆みたいだな」
「確かに、どこまでも進めそうだよ」
「涼の船の舵を取るのは涼自身だよ。自分の気持ちを大切にして……風に乗って進んでいくといい」
「うん、分かった」
物干し竿をしっかり掴んで、空を見上げた。
白い帆が、風を受けてはためいていた。
「洋兄さん、僕ね、安志さんのこと絶対に諦めたくないんだ。いつか兄さんと丈さんのように二人の世界に辿りつけるまで秘密を守り通す覚悟なんだ。今の僕たちには、これが最善だと思う」
自分自身に誓うように告げると、洋兄さんが優しく肩を抱いてくれた。
「涼はまだ若い。まだまだ迷うことも多いだろうに、そこまで安志のことを真剣に考えてくれて嬉しいよ。安志は俺の唯一無二の心友だ。大切にしてくれてありがとう。そして涼は?俺の唯一の従兄弟だ。涼の幸せをいつも願っている」
洋兄さんが心を込めてくれた言葉が、力となる。
「僕に兄さんがいなかったらどうなっていたかな。いつも僕の傍にいてくれてありがとう。兄さんがいてくれてよかった!」
僕の方からも兄さんに抱きつくと、兄さんは照れ臭そうな顔をした。
「あの船で涼が俺を見つけてくれた。全てはあそこから始まった。俺と縁を作ってくれてありがとう」
目深に帽子を被ってベンチに座り、気怠げに目を瞑るあの日の兄さんの姿が、ありありと浮かんでくる。
俺は記憶の中の寂しそうな辛そうな兄さんを抱きしめた。
「兄さんと僕は出会うべくして出会ったんだね」
「あぁ、だから涼の幸せは俺の幸せなんだ。だから一緒に頑張ろう。乗り越えていこう。なっ!」
「なんだか俄然元気が出て来たよ」
洋兄さんと二人、青空を見上げて笑った。
頑張ろう!
今出来ることにベストを尽くそう!
午前中はのんびり過ごそうと思ったが、じっとしているのは性に合わない。
だから僕は月影寺の庭を、軽くジョギングした。
へぇ、庭の奥には山道や滝まであるのか。
かなり起伏に富んだコースで、走り甲斐があった。
大量に汗をかいたのでシャワーを浴び、肩にバスタオルをかけて昨日から泊まらせてもらっている部屋に戻ると、スマホが鳴った。
マネージャーからだ。
「涼くん、ちゃんと従兄弟のお兄さんの所にいるかな?」
「はい、大人しくしています」
「とにかくほとぼりが冷めるまでは身を隠して」
「分かっています」
「少しの辛抱だから頑張って! そうだ、1週間後に雑誌『ルーチェ』の撮影が入ったよ」
「あ……良かった。ありがとうございます」
ここに来るまで、自暴自棄になっていた。
ビリーのことを否定しつつ、安志さんとの関係を隠すジレンマに苦しみ、仕事を辞めたくなっていた。
でもこうやって新規の仕事をいただけると、俄然やる気になってくる。
僕はやはりモデルの仕事が好きらしい。
頑張ろう!
せっかく下さった仕事だ。
精一杯胸を張って――
マネージャーからの電話を切って、窓をガラッと開けた。
ここは北鎌倉の山奥。
ご住職によって作られた結界が張り巡らされ、世の中から切り離された静かな空間だ。
ここでマイナスの気持ちをしっかり浄化していく。
すると窓の外に、洋兄さんが通りかかった。
なにやら大きな洗濯籠を抱えている。
「洋兄さん! 何しているの?」
「あぁ、洗濯物を干そうと思って」
「へぇ、いつも兄さんがやっているの?」
「手分けしているんだ。今日は翠さんと流さんは入学式で忙しいから」
「ふぅん、じゃあ僕も手伝うよ」
洋兄さんは少し困った顔をした。
「えっと、何かまずい?」
「いや、主に涼の部屋の洗濯物だから助かるよ」
「え!」
そういえば、昨日派手にシーツを汚した。
もうお終いにしようと思うのに、すぐに火が付いて……
シーツがグチャグチャになったので、バスタオルまで使って。
あぁぁ、思い出すと猛烈に恥ずかしい!
「涼、こっちを持ってくれる?重たくて」
「バ……バスタオルって、水を吸うと重たいよね」
「ははっ、一体何をしたんだ? 全く安志のヤツ!」
「安志さんは悪くないよ。僕も求めたから! あっ……」
「くくっ、涼、落ち着け。俺も同じだから安心しろ」
「じゃあ兄さんの洗濯ものは?」
「俺は、大きな乾燥機を持っているから、それで」
「あー ずるいな」
「ははっ 優遇されているからな」
「丈さんは洋兄さんに一途だもんな」
「まぁね」
「惚気てる?」
兄さんとこんな風にじゃれ合うのは久しぶりだ。
僕とよく似た顔の兄さんが笑えば、僕も笑いたくなる。
「涼、いい笑顔だね」
「兄さんがいい笑顔だからだよ」
「そうか……俺、笑っていたか」
「うん! とても明るくね!」
その後、物干し竿にシーツと大量のバスタオルを干した。
一面、真っ白な世界だ。
「涼、なんだかこれ、ヨットの帆みたいだな」
「確かに、どこまでも進めそうだよ」
「涼の船の舵を取るのは涼自身だよ。自分の気持ちを大切にして……風に乗って進んでいくといい」
「うん、分かった」
物干し竿をしっかり掴んで、空を見上げた。
白い帆が、風を受けてはためいていた。
「洋兄さん、僕ね、安志さんのこと絶対に諦めたくないんだ。いつか兄さんと丈さんのように二人の世界に辿りつけるまで秘密を守り通す覚悟なんだ。今の僕たちには、これが最善だと思う」
自分自身に誓うように告げると、洋兄さんが優しく肩を抱いてくれた。
「涼はまだ若い。まだまだ迷うことも多いだろうに、そこまで安志のことを真剣に考えてくれて嬉しいよ。安志は俺の唯一無二の心友だ。大切にしてくれてありがとう。そして涼は?俺の唯一の従兄弟だ。涼の幸せをいつも願っている」
洋兄さんが心を込めてくれた言葉が、力となる。
「僕に兄さんがいなかったらどうなっていたかな。いつも僕の傍にいてくれてありがとう。兄さんがいてくれてよかった!」
僕の方からも兄さんに抱きつくと、兄さんは照れ臭そうな顔をした。
「あの船で涼が俺を見つけてくれた。全てはあそこから始まった。俺と縁を作ってくれてありがとう」
目深に帽子を被ってベンチに座り、気怠げに目を瞑るあの日の兄さんの姿が、ありありと浮かんでくる。
俺は記憶の中の寂しそうな辛そうな兄さんを抱きしめた。
「兄さんと僕は出会うべくして出会ったんだね」
「あぁ、だから涼の幸せは俺の幸せなんだ。だから一緒に頑張ろう。乗り越えていこう。なっ!」
「なんだか俄然元気が出て来たよ」
洋兄さんと二人、青空を見上げて笑った。
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