重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,503 / 1,657
16章

翠雨の後 36 

しおりを挟む
 朝食後自室に戻った。

 午前中はのんびり過ごそうと思ったが、じっとしているのは性に合わない。
   
 だから僕は月影寺の庭を、軽くジョギングした。

 へぇ、庭の奥には山道や滝まであるのか。

 かなり起伏に富んだコースで、走り甲斐があった。

 大量に汗をかいたのでシャワーを浴び、肩にバスタオルをかけて昨日から泊まらせてもらっている部屋に戻ると、スマホが鳴った。

 マネージャーからだ。

「涼くん、ちゃんと従兄弟のお兄さんの所にいるかな?」
「はい、大人しくしています」
「とにかくほとぼりが冷めるまでは身を隠して」
「分かっています」
「少しの辛抱だから頑張って! そうだ、1週間後に雑誌『ルーチェ』の撮影が入ったよ」
「あ……良かった。ありがとうございます」

 ここに来るまで、自暴自棄になっていた。

 ビリーのことを否定しつつ、安志さんとの関係を隠すジレンマに苦しみ、仕事を辞めたくなっていた。
 
 でもこうやって新規の仕事をいただけると、俄然やる気になってくる。

 僕はやはりモデルの仕事が好きらしい。

 頑張ろう!

 せっかく下さった仕事だ。

 精一杯胸を張って――
 
 マネージャーからの電話を切って、窓をガラッと開けた。

 ここは北鎌倉の山奥。

 ご住職によって作られた結界が張り巡らされ、世の中から切り離された静かな空間だ。

 ここでマイナスの気持ちをしっかり浄化していく。

 すると窓の外に、洋兄さんが通りかかった。

 なにやら大きな洗濯籠を抱えている。

「洋兄さん! 何しているの?」
「あぁ、洗濯物を干そうと思って」
「へぇ、いつも兄さんがやっているの?」
「手分けしているんだ。今日は翠さんと流さんは入学式で忙しいから」
「ふぅん、じゃあ僕も手伝うよ」

 洋兄さんは少し困った顔をした。

「えっと、何かまずい?」
「いや、主に涼の部屋の洗濯物だから助かるよ」
「え!」

 そういえば、昨日派手にシーツを汚した。

 もうお終いにしようと思うのに、すぐに火が付いて……

 シーツがグチャグチャになったので、バスタオルまで使って。

 あぁぁ、思い出すと猛烈に恥ずかしい!

「涼、こっちを持ってくれる?重たくて」
「バ……バスタオルって、水を吸うと重たいよね」
「ははっ、一体何をしたんだ? 全く安志のヤツ!」
「安志さんは悪くないよ。僕も求めたから! あっ……」
「くくっ、涼、落ち着け。俺も同じだから安心しろ」
「じゃあ兄さんの洗濯ものは?」
「俺は、大きな乾燥機を持っているから、それで」
「あー ずるいな」
「ははっ 優遇されているからな」
「丈さんは洋兄さんに一途だもんな」
「まぁね」
「惚気てる?」

 兄さんとこんな風にじゃれ合うのは久しぶりだ。
 
 僕とよく似た顔の兄さんが笑えば、僕も笑いたくなる。

「涼、いい笑顔だね」
「兄さんがいい笑顔だからだよ」
「そうか……俺、笑っていたか」
「うん! とても明るくね!」

 その後、物干し竿にシーツと大量のバスタオルを干した。

 一面、真っ白な世界だ。

「涼、なんだかこれ、ヨットの帆みたいだな」
「確かに、どこまでも進めそうだよ」
「涼の船の舵を取るのは涼自身だよ。自分の気持ちを大切にして……風に乗って進んでいくといい」
「うん、分かった」

 物干し竿をしっかり掴んで、空を見上げた。

 白い帆が、風を受けてはためいていた。

「洋兄さん、僕ね、安志さんのこと絶対に諦めたくないんだ。いつか兄さんと丈さんのように二人の世界に辿りつけるまで秘密を守り通す覚悟なんだ。今の僕たちには、これが最善だと思う」

 自分自身に誓うように告げると、洋兄さんが優しく肩を抱いてくれた。

「涼はまだ若い。まだまだ迷うことも多いだろうに、そこまで安志のことを真剣に考えてくれて嬉しいよ。安志は俺の唯一無二の心友だ。大切にしてくれてありがとう。そして涼は?俺の唯一の従兄弟だ。涼の幸せをいつも願っている」

 洋兄さんが心を込めてくれた言葉が、力となる。

「僕に兄さんがいなかったらどうなっていたかな。いつも僕の傍にいてくれてありがとう。兄さんがいてくれてよかった!」

 僕の方からも兄さんに抱きつくと、兄さんは照れ臭そうな顔をした。

「あの船で涼が俺を見つけてくれた。全てはあそこから始まった。俺と縁を作ってくれてありがとう」

 目深に帽子を被ってベンチに座り、気怠げに目を瞑るあの日の兄さんの姿が、ありありと浮かんでくる。

 俺は記憶の中の寂しそうな辛そうな兄さんを抱きしめた。

「兄さんと僕は出会うべくして出会ったんだね」
「あぁ、だから涼の幸せは俺の幸せなんだ。だから一緒に頑張ろう。乗り越えていこう。なっ!」
「なんだか俄然元気が出て来たよ」

 洋兄さんと二人、青空を見上げて笑った。

 頑張ろう!

 今出来ることにベストを尽くそう!



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...