重なる月

志生帆 海

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16章

翠雨の後 35

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「流、薙はA組だって。流が高一の時と同じだね」

 そんなことまで覚えているのか。

 どうやら兄さんは当時の俺が思っていた以上に、俺を見ていてくれたようだ。

 参ったな。

 この人は、凜としていつも背筋をまっすぐ伸ばしているだけでなく、どこまでも慈悲深く、優しく、しなやかだ。

 翠が薙を探すと、早速、同級生に賑やかに囲まれていた。

 早速モテモテだな。

 あそこに俺たちがお邪魔したら、ますます騒ぎになりそうだ。

 翠もそれを察したのか、ふっと目を細めた後、俺を見つめてくれた。

「流、少し早いが先に中に入ろう」

 体育館に入ると、まだ人もまばらで周囲に誰もいなかった。

 俺たちは通路側に並んで座った。

 まだ誰も人は座っておらず、話せる雰囲気だ。

 そう思うと、翠の方から少し低い声で話しかけてきた。

「流、少しいい?」

 翠が少しだけ不服そうだったので、不思議に思った。

「どうした?」
「……流は目立ち過ぎだ。まったく一人で置いておけないよ」

 翠が澄ました顔でさらりと放った言葉に、苦笑した。

 おいおい、それは俺の台詞だぞ?

「じゃあ、大人しく兄さんに隠れていよう」
「はみ出ているよ」
「どこが?」
「……全部」
「まぁな、翠より大きくなるのが目標だったから」

 俺は、ずっと翠に振り向いて欲しくて頑張ったんだ。

 いつの日か、翠の理想の男になって、翠を抱く。

 それがずっと俺の目標だったから、翠から与えられる言葉に、必死に耳を傾けた。

「俺は、翠の理想の男になれたか」

 翠の耳朶がじわじわ朱に染まる。

「……ここは流が通った学校だと思うと、落ち着かないよ」
「夜、じっくり語ろう」
「うん、聞かせて欲しいよ。流の高校時代の話を……僕が知らない時間を」
「あぁ、夜な夜な語ってやる」


 そろそろ体育館に人が集まりだした。

 切り替えが早い翠は、すっかり父の顔になった。

 俺も叔父の顔になっていく。

 そこに大声で声をかけられる。

「お、ま、え! 張矢リューじゃねーか! いやー 久しぶりだな。いつぶりだ?」
 
 おい、水族館のアザラシみたいに呼ぶなよ!

 振り返ると、当時の担任が豪快に笑っていた。

 当時20代だった体育教師には、よく世話になった。

 持て余していた思春期のモヤモヤを吹き飛ばす術を教えてくれた恩人だ。

「先生、お久しぶりです」
「リュー! 元気だったか。お前は相変わらずだな。野性味に磨きがかかったな。なぁ風来坊のリューよ! はははっ!」
 
 おいおい、カッコよくなったって言ってくれよ。

 バンバン肩を叩かれていると、横にいた翠がすっと立って美しい所作でまた一礼した。

「先生、はじめまして。流の兄の翠です。息子がこの学校にお世話になります。宜しくお願いします」
「なんと! あなたはリューのお兄さんでしたか!」

 先生は、今度は口をぽかんと開けていた。






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