重なる月

志生帆 海

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16章

翠雨の後 22

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「満腹で苦しい……オレ、ちょっと庭で体を動かしてくるよ」
「薙、食べたばかりで動くのは体に良くないと、丈先生が言ってたぞ」
「そっか、じゃあまずはウォーキングからにするよ」
「薙、明日の準備は?」
「大丈夫! してあるから」
「良かった。今日は月影寺から出てはいけないよ」

 今日は涼くんが来ていることもあり、結界を強く張り巡らせているから。

「了解!」

 それにしても薙は本当に身軽だね。

 行きたい所に自由に羽ばたき、道がなければ薙ぎ倒してでも作って行く。

 昔は僕の手元からあっという間に旅立ってしまうのではと危惧していたが、どうやら今はそうではないらしい。

 羽ばたいても、戻って来る場所。
 道を作って往来する場所に、僕はなれたのかもしれない。

 月影寺は薙の家になった。

「片付けるから、翠は休憩していろ」
「ありがとう。僕も手伝うよ」
「いや……これ以上は……」
「むっ」
「いや、斬新だったよ。あ、いや……今日は調理をしてくれたから片付けは俺がするっていう意味だ」
「分かった。じゃあ流に任せるよ」

 庫裡の流しに立つ流をぼんやりと眺めていると、また薙の台詞が浮かんできた。

 どうも気になるな。

「流、さっきの『おしかつ』って、どういう意味?」

 腕まくりして茶碗を洗っていた流がニヤリと笑う。

「翠、デザートを食うか」
「うん、今日は何?」

 話を逸らすのは何故だろう?

 こっちこっちと手招きするので近づくと、あっという間に腰を抱かれ唇を奪われてしまった。

「あっ……う、駄目だ……こんな場所で……しちゃ」
「今、デザートが欲しいと言ったろう?」
「あっ……」

 結局僕も煩悩に抗えず、目を閉じて受け入れた。数分の間、流は無心に僕の唇を求めたので、それに応じ続けた。

「美味しかったか」
「うん」

 目元を染めて俯くと、流はボリボリと髪を掻きむしった。

 照れ臭そうな顔をしているね。

「あのさ、言っとくが、翠は俺の『推し』じゃないぞ。俺の恋人だ」
「あ、うん……そういう意味か」
「それから、薙がさっき言ったことは先進的でいいと思う。月影寺の将来に良い影響を与えてくれそうだ」
「『推し』は分かったけれども、僕にはその『おしかつ』の意味が漠然としているんだ。早く教えておくれよ」
「分かった、分かった」


****

 翠の細い体を抱きしめたまま、耳元で囁いてやる。

 今日はカジュアルな服装を着せて正解だったな。

 いつもと違うことも、時には必要だ。

 流れを変える時には、効果テキメンさ!

 しかしこの服装いい!

 抱きしめやすいし触れやすいぞ! そっと腰から下に手を伸ばすと、翠のカタチのよいヒップを布越しにしっかり感じた。

 おっと、今はその時ではない。

「推しって以前は応援するアイドルを指す用語だったが、最近は多様化しているようだぜ」
「多様化?」
「アイドルや俳優、声優、スポーツ選手。それから漫画やアニメに登場する二次元のキャラクターも推しの対象だが、これからはさらには建築物や仏像などの物や概念なども推しの対象になるのかもしれない」
「……仏様も推しの対象になり得るということだね」
「それで、自分の好きな人や物、つまり推しを応援するための活動のことを『推し活』と言って、グッズの購入やライブやイベントへの参加、推しカラーやポスターなど、推しに関連することなら何でも含まれるようだぜ」

 そこまで説明すると翠は真顔になった。

「なるほど、グッズはお守りやお札のことで、イベントは写経や宿坊体験のことだね。あ、じゃあ……推しカラーやポスターも作った方がいいかな?」
「はは、翠、乗り気だな」
「うん、薙が親しみをもてるようにしたいと前から思っていたんだ」
「そうだな。将来を見据えてか……」
「押しつける気はないんだ。でも興味だけは持って欲しくて」

 いいことだと思う。

 正直今の月影寺は、既に翠推しのファンで溢れているから、仏様の推しは必要かどうか分からないが、翠が乗り気なのと、薙が関心を持ってくれるのは嬉しいので賛同した。

「本堂で、月下観音菩薩さんと相談しようぜ」
「ありがとう。今は何でも流に相談出来るから……嬉しいよ」

 翠とそっと手をつないで本堂に向かった。

 月光に照らされた二人の影は、どこまでも仲良く寄り添っていた。







 
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