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16章
翠雨の後 19
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夕食の支度をしていると、丈がやってきた。
珍しいな。離れのキッチンに立ち、洋のために腕をふるっている時間なのに。
「どうした?」
「兄さん、アメリカ風ハンバーグの作り方を教えてもらえますか」
「ん?」
「……離れに涼くんが来ているので」
「あぁ、夕方偶然会って、俺たちが連れてきたんだ」
「そうだったのですね。彼、随分痩せて痛々しいので、何か故郷の味を食べさせてやりたくて」
流石だな。こんな時の丈は、医師の顔をしている。
「彼は18歳までニューヨーク過ごしたんだったな。そういえば俺が大学時代アメリカ横断した時に食ったハンバーグは最高に旨かったな」
「それを是非!」
本番アメリカで食べたのは、旨味と歯ごたえのあるハンバーグだったな。
「挽肉はあるか」
「……いえ」
「仕方ないな。我が家のを使うといい」
「ありがとうございます。で、レシピは?」
「ははっ、オレの頭の中にしかない」
「……兄さん、私と一緒に来て下さいよ」
丈がオレのシャツをグイグイ引っ張る。
おいおい、丈ちゃんよ。
そんなに可愛いこと、しちゃうのか。
弟に頼られたら、放っておけないじゃないか。
****
今日は軽快な服装のせいか、新しいことに挑戦したくなる日のようだ。
そうだ! たまには夕食作りの手伝いをしてみよう!
僕は不器用で頼りないが、流の指導があれば大丈夫だろう。
「流~ 僕にも何か手伝わせてくれ」
ところが庫裡に、流はいなかった。
椅子に流の黒いエプロンがかけてある。
「……どこに行ったのかな?」
まな板の横には食材が並んでおり、レシピ本も開いたままだ。
ふぅん今日は餃子なのか、美味しそうだね。
レシピを一読すると、これなら僕にも作れるのではという妙な自信が湧いてきた。どうやら20年ぶりにやったバスケがさまになったので、気を良くしているのかも。
上機嫌って、いいね。
フットワーク軽くなるよ。
流のエプロンをつけるとますます気分が上がった。
憧れの黒いエプロンだ。
よし、作ってみよう!
腕まくりして包丁を握り、野菜を切った。
あれ? あれ?
僕は殺傷は苦手だ。
上手に斬れないよ。
切った野菜があちこちに飛び散っていく。
まぁ、なんとかなるだろう。
そこに薙がやってきて、僕とキャッチボールやサッカーをしたいと言ってくれた。小さな子供のように駄々を捏ねて、なんて可愛いのだろう。
僕は目を細めて、薙を優しく抱きしめた。
離婚時はまだ小さかったのに、こんなに大きくなって。きっと高校に入ったら背丈はあっという間に抜かされてしまうだろう。
「なーぎ、何でもしてみよう。今まで出来なかったこと、父さんもしたいから」
「ほんと?」
「本当だよ。やり残したことがあるなら今からしよう。これからはいつも一緒だからね」
「父さん、ありがとう。ところで何を作っているの? ……えっと野菜炒め?」
「くすっ、違うよ、餃子だよ」
「餃子? すごいな、父さん作れるの? オレ好物だよ」
「じゃあ一緒に作ってみる?」
「うん!」
誘ったのはいいが、薙も僕も料理の腕前が皆無なことを、すっかり忘れてた。
「薙、挽肉ってどれだろう? 冷蔵庫に見当たらないね」
「うーん、あ! これじゃない?」
「これか」
なんだか少し生臭いがざく切りの野菜とぐちゃぐちゃ混ぜると、ネバネバドロドロ、餃子の中身っぽくなった。
「次は、この皮で包めばいいの?」
「……たぶん、これ、分厚くて扱いにくいね」
「父さん、頑張ろう!」
「うん!」
僕達に餃子の皮を包むのは至難の技だった。
でも薙と日常の中で和気藹々と料理を出来るのは、幸せだ。
幸せはいつも日常の中にいてくれる。
****
「やれやれ、丈ちゃんは人使いが荒いよなー」
肩を揉みながら母屋に戻って来ると、プーンと焦げ臭い匂いが。
ヤバい、何が起きた!
コンロの火、付けっぱなしだったか。
焦って庫裡に飛び込むと、翠と薙が二人がかりでフライパンで何かを焼いていた。
「お、おう!」
「あ、流、今日は僕達が餃子を作っているから座っていてくれ。たまにはお前も休むといい」
餃子? 餃子?
お、おい、一体どこから餃子が出てきたんだ?
今日はイタリアンだ!
俺が準備した手打ちラビオリはどこへ――
そもそも挽肉は丈に使わせてなかったはずだ。
違うものでアレンジしようと思ったのに、一体何を?
「流、出来たよ!」
翠が満面の笑みで大皿を持って来た。
額に汗をかいて、俺の愛用エプロンをつけて……
タイトなジーンズが翠のスタイルの良さを引き立て、すらりとした足の線も丸見えで、思わず生唾を飲み込んでしまった。
ゴックン――
「(翠が)うまそうだな」
「どういたしまして。(餃子を)沢山食べていいよ」
「(翠を沢山食べて)いいのか!」
我に返ってハッとした。
現実は……真っ黒焦げのラビオリ餃子。
中身は……なんだ?
一口食べて冷や汗が……
「‼‼‼……これ、あじのたたきじゃねーか」
「え? お魚だったの?」
「あじを使うときは臭み取りで、ネギやショウガを入れないと駄目だ」
「ご、ごめん。僕……魚とお肉の差も分からないなんて、もう末期だ」
翠がいじける。
「父さん、オレこそごめんよ」
「薙……流がいなかったら……僕達の味覚は終わっていただろうね」
「……味覚の恩人だね」
「流がいてくれて良かった」
なんだ、なんだ、この可愛い親子は?
ふたりでいじいじ、慰めあっている。
「あーもう、よし! さらなるアレンジでトマトソースで煮込んでみよう」
「流さんって頼りになるな! ねっ、父さん。やっぱりオレたちには流さんがいないと駄目だね」
「薙、同感だよ。流、本当にありがとう」
あぁそうか、きっとそうだ。
俺を引き立たせてくれたんだな。
二人ともサンキュ!
珍しいな。離れのキッチンに立ち、洋のために腕をふるっている時間なのに。
「どうした?」
「兄さん、アメリカ風ハンバーグの作り方を教えてもらえますか」
「ん?」
「……離れに涼くんが来ているので」
「あぁ、夕方偶然会って、俺たちが連れてきたんだ」
「そうだったのですね。彼、随分痩せて痛々しいので、何か故郷の味を食べさせてやりたくて」
流石だな。こんな時の丈は、医師の顔をしている。
「彼は18歳までニューヨーク過ごしたんだったな。そういえば俺が大学時代アメリカ横断した時に食ったハンバーグは最高に旨かったな」
「それを是非!」
本番アメリカで食べたのは、旨味と歯ごたえのあるハンバーグだったな。
「挽肉はあるか」
「……いえ」
「仕方ないな。我が家のを使うといい」
「ありがとうございます。で、レシピは?」
「ははっ、オレの頭の中にしかない」
「……兄さん、私と一緒に来て下さいよ」
丈がオレのシャツをグイグイ引っ張る。
おいおい、丈ちゃんよ。
そんなに可愛いこと、しちゃうのか。
弟に頼られたら、放っておけないじゃないか。
****
今日は軽快な服装のせいか、新しいことに挑戦したくなる日のようだ。
そうだ! たまには夕食作りの手伝いをしてみよう!
僕は不器用で頼りないが、流の指導があれば大丈夫だろう。
「流~ 僕にも何か手伝わせてくれ」
ところが庫裡に、流はいなかった。
椅子に流の黒いエプロンがかけてある。
「……どこに行ったのかな?」
まな板の横には食材が並んでおり、レシピ本も開いたままだ。
ふぅん今日は餃子なのか、美味しそうだね。
レシピを一読すると、これなら僕にも作れるのではという妙な自信が湧いてきた。どうやら20年ぶりにやったバスケがさまになったので、気を良くしているのかも。
上機嫌って、いいね。
フットワーク軽くなるよ。
流のエプロンをつけるとますます気分が上がった。
憧れの黒いエプロンだ。
よし、作ってみよう!
腕まくりして包丁を握り、野菜を切った。
あれ? あれ?
僕は殺傷は苦手だ。
上手に斬れないよ。
切った野菜があちこちに飛び散っていく。
まぁ、なんとかなるだろう。
そこに薙がやってきて、僕とキャッチボールやサッカーをしたいと言ってくれた。小さな子供のように駄々を捏ねて、なんて可愛いのだろう。
僕は目を細めて、薙を優しく抱きしめた。
離婚時はまだ小さかったのに、こんなに大きくなって。きっと高校に入ったら背丈はあっという間に抜かされてしまうだろう。
「なーぎ、何でもしてみよう。今まで出来なかったこと、父さんもしたいから」
「ほんと?」
「本当だよ。やり残したことがあるなら今からしよう。これからはいつも一緒だからね」
「父さん、ありがとう。ところで何を作っているの? ……えっと野菜炒め?」
「くすっ、違うよ、餃子だよ」
「餃子? すごいな、父さん作れるの? オレ好物だよ」
「じゃあ一緒に作ってみる?」
「うん!」
誘ったのはいいが、薙も僕も料理の腕前が皆無なことを、すっかり忘れてた。
「薙、挽肉ってどれだろう? 冷蔵庫に見当たらないね」
「うーん、あ! これじゃない?」
「これか」
なんだか少し生臭いがざく切りの野菜とぐちゃぐちゃ混ぜると、ネバネバドロドロ、餃子の中身っぽくなった。
「次は、この皮で包めばいいの?」
「……たぶん、これ、分厚くて扱いにくいね」
「父さん、頑張ろう!」
「うん!」
僕達に餃子の皮を包むのは至難の技だった。
でも薙と日常の中で和気藹々と料理を出来るのは、幸せだ。
幸せはいつも日常の中にいてくれる。
****
「やれやれ、丈ちゃんは人使いが荒いよなー」
肩を揉みながら母屋に戻って来ると、プーンと焦げ臭い匂いが。
ヤバい、何が起きた!
コンロの火、付けっぱなしだったか。
焦って庫裡に飛び込むと、翠と薙が二人がかりでフライパンで何かを焼いていた。
「お、おう!」
「あ、流、今日は僕達が餃子を作っているから座っていてくれ。たまにはお前も休むといい」
餃子? 餃子?
お、おい、一体どこから餃子が出てきたんだ?
今日はイタリアンだ!
俺が準備した手打ちラビオリはどこへ――
そもそも挽肉は丈に使わせてなかったはずだ。
違うものでアレンジしようと思ったのに、一体何を?
「流、出来たよ!」
翠が満面の笑みで大皿を持って来た。
額に汗をかいて、俺の愛用エプロンをつけて……
タイトなジーンズが翠のスタイルの良さを引き立て、すらりとした足の線も丸見えで、思わず生唾を飲み込んでしまった。
ゴックン――
「(翠が)うまそうだな」
「どういたしまして。(餃子を)沢山食べていいよ」
「(翠を沢山食べて)いいのか!」
我に返ってハッとした。
現実は……真っ黒焦げのラビオリ餃子。
中身は……なんだ?
一口食べて冷や汗が……
「‼‼‼……これ、あじのたたきじゃねーか」
「え? お魚だったの?」
「あじを使うときは臭み取りで、ネギやショウガを入れないと駄目だ」
「ご、ごめん。僕……魚とお肉の差も分からないなんて、もう末期だ」
翠がいじける。
「父さん、オレこそごめんよ」
「薙……流がいなかったら……僕達の味覚は終わっていただろうね」
「……味覚の恩人だね」
「流がいてくれて良かった」
なんだ、なんだ、この可愛い親子は?
ふたりでいじいじ、慰めあっている。
「あーもう、よし! さらなるアレンジでトマトソースで煮込んでみよう」
「流さんって頼りになるな! ねっ、父さん。やっぱりオレたちには流さんがいないと駄目だね」
「薙、同感だよ。流、本当にありがとう」
あぁそうか、きっとそうだ。
俺を引き立たせてくれたんだな。
二人ともサンキュ!
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