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16章
翠雨の後 16
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「拓人、今日は寺の手伝いはいいから」
「えっ?」
「お前なぁ……拓人も少しは若者らしく遊んで来い」
「でも……」
庫裡で朝食の支度をしていると、朝のお勤めを終えた達哉さんがやってきて、俺の作務衣姿を見るなり、そんなことを言われた。
「おーい、聞いてるか。お父さんの言うことを聞けないのか」
「じゃあ……そうします」
「よし、それでいい。明日は入学式だろう。学校が始まると忙しくなるから、今のうちに会いたい人に会って来い」
まるで俺の心の中を見透かされたようで、気恥ずかしくなった。
俺の会いたい人は、月影寺の薙だ。
それもきっとバレバレなんだろうな。
「……箱根の土産、まだ渡せてないんだろう。まったくお前は俺に似て奥ゆかしいな」
「えっと……お父さんが奥ゆかしいの?」
「ははっ、照れ屋なんだよ」
「なるほど。俺もかも……」
「俺たち似たもの親子だからな」
お父さんは明るくて頼もしい人だ。
だから俺も釣られて笑えるようになった。
達哉さんは、あの忌まわしい事件で完全に居場所を失い路頭に迷う所だった俺を救い上げてくれた人だ。しかも養子に迎えて、息子にしてくれた。
それだけでも充分過ぎるのに、春休みには中学の卒業旅行だと、箱根に連れて行ってくれた。
楽しい三日間だったな。実のお父さんが亡くなってから、あんなに楽しい旅行はしたことがなかった。
一緒に登山鉄道やケーブルカー、遊覧船にも乗った。団子やチョコバナナを買い食いし、ガラスの美術館を見たり、お寺の生活とはかけ離れた時間に拍子抜けした。それから一緒に老舗の温泉宿に泊まり、ご馳走を食べて温泉に浸かった。
絵に描いたような家族旅行で、ずっと幸せな夢を見ているようだった。
「ってことで、拓人は思いっきり遊んで来い」
「お父さん、ありがとうございます」
部屋に戻り服を着替えたが、薙は今日も遊びに出掛けているのでは? 行っても空振りに終わるかもと思うと、躊躇してしまった。
爽やかでカッコよく男らしい行動力もある薙は、中学でも男女を問わず人気者だったから、春休みは引く手あまただろう。
だから……やっぱり陰気な俺は、近づかない方がいい。
あてもなく鬱々とした気分で歩いていると、向こうから月影寺のご住職が歩いてきた。
つまり薙のお父さん……翠さんだ。
翠さんはすれ違いざまに、足を止めてくれた。
「拓人くん、久しぶりだね」
「あ、あの、こんにちは」
「箱根は楽しかった?」
「知って?」
「ふふ、達哉は自慢してたよ。可愛い息子と楽しい家族旅行をしてきたって」
「お父さんが、そんなことを……」
翠さんが優しく肩に手を置いてくれた。
「……君はとてもいい子だ。だから達哉も可愛がっている。もっと自信を持って」
じわりと染みいる言葉だった。
「そうだ、今日、薙は寺にいるよ。よかったら会いに行ってくれないかな?」
「え……」
「昨日も……拓人くんと連絡取れないって、ぼやいていたから」
「そうなんですか」
思わず食いついて、照れ臭くなった。
そんな俺に対して、翠さんは変わらず優しい笑みを浮かべてくれて……
「拓人くん、高校は違っても双方歩み寄れば縁は続く……君と薙の縁もね」
「あ、はい」
「そういえば……以前、僕の母校の制服を見たいと言っていたよ。あ、そろそろ行かないと」
翠さんは柔和に微笑んで、背筋を伸ばしてまた歩き出した。
俺に元気とやる気を残して……
「制服か……そうだ、高校の制服を着て、見せに行こう!」
口実、名目……
なんでもいい!
俺は自分自身を動かすパワーを手に入れた!
「えっ?」
「お前なぁ……拓人も少しは若者らしく遊んで来い」
「でも……」
庫裡で朝食の支度をしていると、朝のお勤めを終えた達哉さんがやってきて、俺の作務衣姿を見るなり、そんなことを言われた。
「おーい、聞いてるか。お父さんの言うことを聞けないのか」
「じゃあ……そうします」
「よし、それでいい。明日は入学式だろう。学校が始まると忙しくなるから、今のうちに会いたい人に会って来い」
まるで俺の心の中を見透かされたようで、気恥ずかしくなった。
俺の会いたい人は、月影寺の薙だ。
それもきっとバレバレなんだろうな。
「……箱根の土産、まだ渡せてないんだろう。まったくお前は俺に似て奥ゆかしいな」
「えっと……お父さんが奥ゆかしいの?」
「ははっ、照れ屋なんだよ」
「なるほど。俺もかも……」
「俺たち似たもの親子だからな」
お父さんは明るくて頼もしい人だ。
だから俺も釣られて笑えるようになった。
達哉さんは、あの忌まわしい事件で完全に居場所を失い路頭に迷う所だった俺を救い上げてくれた人だ。しかも養子に迎えて、息子にしてくれた。
それだけでも充分過ぎるのに、春休みには中学の卒業旅行だと、箱根に連れて行ってくれた。
楽しい三日間だったな。実のお父さんが亡くなってから、あんなに楽しい旅行はしたことがなかった。
一緒に登山鉄道やケーブルカー、遊覧船にも乗った。団子やチョコバナナを買い食いし、ガラスの美術館を見たり、お寺の生活とはかけ離れた時間に拍子抜けした。それから一緒に老舗の温泉宿に泊まり、ご馳走を食べて温泉に浸かった。
絵に描いたような家族旅行で、ずっと幸せな夢を見ているようだった。
「ってことで、拓人は思いっきり遊んで来い」
「お父さん、ありがとうございます」
部屋に戻り服を着替えたが、薙は今日も遊びに出掛けているのでは? 行っても空振りに終わるかもと思うと、躊躇してしまった。
爽やかでカッコよく男らしい行動力もある薙は、中学でも男女を問わず人気者だったから、春休みは引く手あまただろう。
だから……やっぱり陰気な俺は、近づかない方がいい。
あてもなく鬱々とした気分で歩いていると、向こうから月影寺のご住職が歩いてきた。
つまり薙のお父さん……翠さんだ。
翠さんはすれ違いざまに、足を止めてくれた。
「拓人くん、久しぶりだね」
「あ、あの、こんにちは」
「箱根は楽しかった?」
「知って?」
「ふふ、達哉は自慢してたよ。可愛い息子と楽しい家族旅行をしてきたって」
「お父さんが、そんなことを……」
翠さんが優しく肩に手を置いてくれた。
「……君はとてもいい子だ。だから達哉も可愛がっている。もっと自信を持って」
じわりと染みいる言葉だった。
「そうだ、今日、薙は寺にいるよ。よかったら会いに行ってくれないかな?」
「え……」
「昨日も……拓人くんと連絡取れないって、ぼやいていたから」
「そうなんですか」
思わず食いついて、照れ臭くなった。
そんな俺に対して、翠さんは変わらず優しい笑みを浮かべてくれて……
「拓人くん、高校は違っても双方歩み寄れば縁は続く……君と薙の縁もね」
「あ、はい」
「そういえば……以前、僕の母校の制服を見たいと言っていたよ。あ、そろそろ行かないと」
翠さんは柔和に微笑んで、背筋を伸ばしてまた歩き出した。
俺に元気とやる気を残して……
「制服か……そうだ、高校の制服を着て、見せに行こう!」
口実、名目……
なんでもいい!
俺は自分自身を動かすパワーを手に入れた!
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