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16章
翠雨の後 8
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中庭の桜の下では、眩しい光景が繰り広げられていた。
真新しい制服に身を包んだ薙くんが、高校入学を記念して、お父さんと撮影をしているようだ。
俺はその様子を、竹林の中からそっと窺った。
今、出て行ったらお邪魔だろう。
そう思い、一歩退いた。
今度は翠さんと流さんの仲睦まじい姿を薙くんが撮るようで、こちらにまで明るい笑い声が聞こえてきた。
溢れるのは笑顔、滲み出すのは幸せ。
俺はまた一歩後退してしまった。
こんな時、俺はまたひねくれて、あそこは明るい世界だ。俺なんかが足を踏み入れてはならないと、自らシャッターを降ろしてしまう。
すぐに黒いシャッターが日光を遮り、漆黒の闇がやってくる。
高校時代、ブレザーの制服が嫌いだった。
気持ち悪くて何度も泣きそうになりながら洗濯したのを覚えている。薄い白シャツを勝手に乱しながら這ったおぞましい他人の手の感触を久しぶりに思い出してしまい、ゾクッと寒気がした。
ヤメロ……
いつも、いつも……そう声に出したかったのに、喉が引き攣り無理だった。
竹林の中で両手で自分を包み真っ青になって震えていると、背後から丈がふわりと抱きしめてくれた。
山門で見送ったはずのに……何故ここに?
「洋、もう苦しむな」
「どうして? さっき出掛けたはずだ」
「洋が心配で戻ってきた」
「どうして分かる?」
「それは、私だからだ」
その言葉だけで、震えが止まる!
丈の温もりだけで生きていける!
「丈……俺は……」
「洋、過去に呑まれるな。もう置いていこう」
丈が俺の身体を反転させ、今度は真正面から抱きしめてくれる。
顎を掬われると、眩しい新緑と朝日が視界に飛び込んできた。
ここは暗黒の世界ではないのか。
こんなに明るいのか。
そのまま優しく唇を重ねられた。
「洋、顔をあげてこの世界を見てくれないか。今は太陽も月も洋の味方だ。私たちは幾千もの夜を越えて結ばれたのだから、宇宙ごと味方につけている」
「ふっ、丈は医者のくせのロマンチストだな」
「……こんな私は嫌いか」
「まさか! 愛してる!」
俺の方から丈の肩に手を回し、深く唇を重ねた。
俺の丈。
お前がいたから生きてこられた。
お前が大丈夫だと言えば、もう大丈夫だ。
「洋はもう解放されている。さぁ、皆の所に行こう!」
丈が俺の手首を掴んで、グイッと引っ張ってくれた。
先まで感じていた黒い壁を、丈が先頭に立ち切り開いてくれる。
「今、この寺は動き出している。私たちも薙のパワーに乗るぞ」
「あぁ、そうだな」
一歩、二歩と歩み出せば、世界が動き出す。
「洋さん!」
俺たちに気付いた薙くんが、カメラを向けてくれた。
「二人も撮らせてよ。もっと寄り添って」
「ははっ、気の利く甥っ子だな」
「……洋さん、笑ってくれよ」
「あ……うん」
薙くんって、流さんそっくりだ。
力強く世界を牽引する人。
俺も丈と桜の下で、カメラに収まった。
身体の力が抜けると、優しい笑顔が自然と浮かんだ。
「洋、いい表情だったな。この写真は現像して枕元に飾るぞ」
「そうだな。俺たち今まであまり写真を撮って来なかったが、これからは……」
穢れた身を残したくないと悲観していたのは、もう遠い昔。
もうとっくに丈に浄化してもらっているのに、相変わらず駄目だな。
「洋、人は振り返っては過去に悩み、苦しみ嘆き、それでもまた前に進んでいく。洋の過去はもう過去で、洋の今は、まさのこの瞬間だ」
「丈……よい言葉だな」
「……実はさっき薙が言っていた」
「そうか、やっぱり薙くんってすごいな」
「若さから学ぶことも大いにある。私たちも今を大切にしよう。今、目の前にいてくれる人を……」
丈と語り合っていると、今度は流さんがやってきた。
「おーい、お前たちも来い。家族写真も撮るぞ!」
「あ……はい!」
いつの間にか三脚が設置されて、俺たちは薙くんを中央に並んで、写真を撮った。
『家族写真』という名の写真を――
桜の花が散ってはまた翌年満開の花を咲かすように、俺も再び家族という存在を得て、その中で心から笑顔を浮かべられるようになった。
今日は4月1日、新年度。
過去を薙ぎ払う風が吹く1日のようだ。
真新しい制服に身を包んだ薙くんが、高校入学を記念して、お父さんと撮影をしているようだ。
俺はその様子を、竹林の中からそっと窺った。
今、出て行ったらお邪魔だろう。
そう思い、一歩退いた。
今度は翠さんと流さんの仲睦まじい姿を薙くんが撮るようで、こちらにまで明るい笑い声が聞こえてきた。
溢れるのは笑顔、滲み出すのは幸せ。
俺はまた一歩後退してしまった。
こんな時、俺はまたひねくれて、あそこは明るい世界だ。俺なんかが足を踏み入れてはならないと、自らシャッターを降ろしてしまう。
すぐに黒いシャッターが日光を遮り、漆黒の闇がやってくる。
高校時代、ブレザーの制服が嫌いだった。
気持ち悪くて何度も泣きそうになりながら洗濯したのを覚えている。薄い白シャツを勝手に乱しながら這ったおぞましい他人の手の感触を久しぶりに思い出してしまい、ゾクッと寒気がした。
ヤメロ……
いつも、いつも……そう声に出したかったのに、喉が引き攣り無理だった。
竹林の中で両手で自分を包み真っ青になって震えていると、背後から丈がふわりと抱きしめてくれた。
山門で見送ったはずのに……何故ここに?
「洋、もう苦しむな」
「どうして? さっき出掛けたはずだ」
「洋が心配で戻ってきた」
「どうして分かる?」
「それは、私だからだ」
その言葉だけで、震えが止まる!
丈の温もりだけで生きていける!
「丈……俺は……」
「洋、過去に呑まれるな。もう置いていこう」
丈が俺の身体を反転させ、今度は真正面から抱きしめてくれる。
顎を掬われると、眩しい新緑と朝日が視界に飛び込んできた。
ここは暗黒の世界ではないのか。
こんなに明るいのか。
そのまま優しく唇を重ねられた。
「洋、顔をあげてこの世界を見てくれないか。今は太陽も月も洋の味方だ。私たちは幾千もの夜を越えて結ばれたのだから、宇宙ごと味方につけている」
「ふっ、丈は医者のくせのロマンチストだな」
「……こんな私は嫌いか」
「まさか! 愛してる!」
俺の方から丈の肩に手を回し、深く唇を重ねた。
俺の丈。
お前がいたから生きてこられた。
お前が大丈夫だと言えば、もう大丈夫だ。
「洋はもう解放されている。さぁ、皆の所に行こう!」
丈が俺の手首を掴んで、グイッと引っ張ってくれた。
先まで感じていた黒い壁を、丈が先頭に立ち切り開いてくれる。
「今、この寺は動き出している。私たちも薙のパワーに乗るぞ」
「あぁ、そうだな」
一歩、二歩と歩み出せば、世界が動き出す。
「洋さん!」
俺たちに気付いた薙くんが、カメラを向けてくれた。
「二人も撮らせてよ。もっと寄り添って」
「ははっ、気の利く甥っ子だな」
「……洋さん、笑ってくれよ」
「あ……うん」
薙くんって、流さんそっくりだ。
力強く世界を牽引する人。
俺も丈と桜の下で、カメラに収まった。
身体の力が抜けると、優しい笑顔が自然と浮かんだ。
「洋、いい表情だったな。この写真は現像して枕元に飾るぞ」
「そうだな。俺たち今まであまり写真を撮って来なかったが、これからは……」
穢れた身を残したくないと悲観していたのは、もう遠い昔。
もうとっくに丈に浄化してもらっているのに、相変わらず駄目だな。
「洋、人は振り返っては過去に悩み、苦しみ嘆き、それでもまた前に進んでいく。洋の過去はもう過去で、洋の今は、まさのこの瞬間だ」
「丈……よい言葉だな」
「……実はさっき薙が言っていた」
「そうか、やっぱり薙くんってすごいな」
「若さから学ぶことも大いにある。私たちも今を大切にしよう。今、目の前にいてくれる人を……」
丈と語り合っていると、今度は流さんがやってきた。
「おーい、お前たちも来い。家族写真も撮るぞ!」
「あ……はい!」
いつの間にか三脚が設置されて、俺たちは薙くんを中央に並んで、写真を撮った。
『家族写真』という名の写真を――
桜の花が散ってはまた翌年満開の花を咲かすように、俺も再び家族という存在を得て、その中で心から笑顔を浮かべられるようになった。
今日は4月1日、新年度。
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