重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,474 / 1,657
16章

翠雨の後 7

しおりを挟む
 父さんと、こんなに柔らかい会話が出来るなんて思いもしなかった。
 
 擽ったくも嬉しくて、思わず頬が緩むよ。

 すると父さんもオレと同じ表情を浮かべてくれていた。

 よく似た顔に、改めてオレは正真正銘、父さんの子供なんだと思う。

 こんなにも父さんを身近に感じられるなんて不思議だな。

「父さん、早くしないと桜が散っちゃうよ」
「ん?」
「桜は入学式までもたないだろうから、今、写真を撮ろう!」
「え、でも……父さん、まだ袈裟だから着替えないと」

 あー もう焦れったいな。

「オレは袈裟を着ている父さんと撮りたいんだよ!」
「えっ、僕はてっきり……」

 もしかして、オレが嫌がると思った?

 父さんの戸惑いは無理もないか。

 小さい頃、父さんの袈裟が大嫌いで「はやくぬいでよ」と駄々を捏ねたことを鮮明に思い出した。

 袈裟に焚かれた香は子供にはキツかったし、硬い肌触りの布も嫌いだったんだ。

 オレって、やっぱり小さい頃から好き嫌いはハッキリしていたんだな。

「父さん、昔は昔! 今は今さ!」

 すると、父さんがスッと顔をあげた。
 
 こういう時の父さんって、凜々しさを増すんだよな。

 同じ男として素直にカッコいいと思う。

「そうだね、薙……父さんも今を大切にするよ」
「父さんとオレはやっとスタートラインに立てたんだ。まだまだ、これからさ」

 そこに竹藪を揺らしながらヌッと現れたのは、流さんだった。

「その通りだ、翠」

 流さんは最近、オレの前で堂々と父さんのことを「翠」と呼ぶようになった。

 それでいいと思う。

 オレは父さんと流さんの子供だから。

「流、いつの間に?」
「そろそろ出番かと思って。ほらっ父さんのカメラを拝借してきたぞ。今日という日をフィルムに収めようぜ」
「流……ありがとう。僕も今日はそのカメラで撮って欲しかった」


****

 翠の心は、真っ直ぐ俺の元に届く。
 
 今、何に怯え、何を欲しているのか。

 手に取るように分かるんだ。

 遠い昔、この世を去る瞬間まで求め続けた人だからなのか。

 まるでテレパシー、不思議な感覚だ。

 先程、庭先で洋の母親へ手向ける花を摘んでいると、翠の心が届いた。

 
……

 薙、いよいよ高校生だね。

 ブレザーの制服がよく似合っているよ。

 あぁ、この瞬間を写真に収めたいな。

 今日という日を、今日の薙を、あのカメラで。

 僕らの歴史を刻んだ父さんの一眼レフで――

……

 俺たちの父さんはのほほんとした人で、趣味らしい趣味は持っていないが、一眼レフで写真を撮ることを楽しんでいた。今は自ら望んで母さんの付き人のような生活をしており、箱根や熱海の手狭なマンションを点々とする暮らしなので、私物はこの寺に置きっぱなしだ。

 俺たちの成長を収めたあのカメラで、薙を取って欲しいんだな。

 よし! 分かった! 今、行く!




 そんなわけで俺は今、桜の樹の下で二人の門出を撮影している。

 張矢 翠
 張矢 薙

 これでようやく落ち着いたな。

「よし、バッチリ撮れたぞ」
「ありがとう。流も撮ろう、今度は僕が撮るよ」

 兄さんが申し出てくれるが遠慮した。

「俺はいい」
「……でも……」

 ここまではいつもの流れ。
 だが、ここからは新しい流れだ!

「おーい、二人とも遠慮するなって! じゃあオレが撮るよ」
「薙が?」
「うん! じいちゃんに撮り方教わったことがあるんだ。さぁ、流さんと父さんはもっと近寄って」

 桜の樹の下で、俺は胸を張って、翠の華奢な肩を抱き寄せた。

「翠、正々堂々だ!」
「あ……うん……そうだね、僕も顔を上げるよ」

 そうだ、それでいい。

 ここは俺たちのテリトリー。

 月影寺で生まれた愛を静かに育む場所だから、もう背伸びも遠慮もいらない。




しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...