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16章
翠雨の後 7
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父さんと、こんなに柔らかい会話が出来るなんて思いもしなかった。
擽ったくも嬉しくて、思わず頬が緩むよ。
すると父さんもオレと同じ表情を浮かべてくれていた。
よく似た顔に、改めてオレは正真正銘、父さんの子供なんだと思う。
こんなにも父さんを身近に感じられるなんて不思議だな。
「父さん、早くしないと桜が散っちゃうよ」
「ん?」
「桜は入学式までもたないだろうから、今、写真を撮ろう!」
「え、でも……父さん、まだ袈裟だから着替えないと」
あー もう焦れったいな。
「オレは袈裟を着ている父さんと撮りたいんだよ!」
「えっ、僕はてっきり……」
もしかして、オレが嫌がると思った?
父さんの戸惑いは無理もないか。
小さい頃、父さんの袈裟が大嫌いで「はやくぬいでよ」と駄々を捏ねたことを鮮明に思い出した。
袈裟に焚かれた香は子供にはキツかったし、硬い肌触りの布も嫌いだったんだ。
オレって、やっぱり小さい頃から好き嫌いはハッキリしていたんだな。
「父さん、昔は昔! 今は今さ!」
すると、父さんがスッと顔をあげた。
こういう時の父さんって、凜々しさを増すんだよな。
同じ男として素直にカッコいいと思う。
「そうだね、薙……父さんも今を大切にするよ」
「父さんとオレはやっとスタートラインに立てたんだ。まだまだ、これからさ」
そこに竹藪を揺らしながらヌッと現れたのは、流さんだった。
「その通りだ、翠」
流さんは最近、オレの前で堂々と父さんのことを「翠」と呼ぶようになった。
それでいいと思う。
オレは父さんと流さんの子供だから。
「流、いつの間に?」
「そろそろ出番かと思って。ほらっ父さんのカメラを拝借してきたぞ。今日という日をフィルムに収めようぜ」
「流……ありがとう。僕も今日はそのカメラで撮って欲しかった」
****
翠の心は、真っ直ぐ俺の元に届く。
今、何に怯え、何を欲しているのか。
手に取るように分かるんだ。
遠い昔、この世を去る瞬間まで求め続けた人だからなのか。
まるでテレパシー、不思議な感覚だ。
先程、庭先で洋の母親へ手向ける花を摘んでいると、翠の心が届いた。
……
薙、いよいよ高校生だね。
ブレザーの制服がよく似合っているよ。
あぁ、この瞬間を写真に収めたいな。
今日という日を、今日の薙を、あのカメラで。
僕らの歴史を刻んだ父さんの一眼レフで――
……
俺たちの父さんはのほほんとした人で、趣味らしい趣味は持っていないが、一眼レフで写真を撮ることを楽しんでいた。今は自ら望んで母さんの付き人のような生活をしており、箱根や熱海の手狭なマンションを点々とする暮らしなので、私物はこの寺に置きっぱなしだ。
俺たちの成長を収めたあのカメラで、薙を取って欲しいんだな。
よし! 分かった! 今、行く!
そんなわけで俺は今、桜の樹の下で二人の門出を撮影している。
張矢 翠
張矢 薙
これでようやく落ち着いたな。
「よし、バッチリ撮れたぞ」
「ありがとう。流も撮ろう、今度は僕が撮るよ」
兄さんが申し出てくれるが遠慮した。
「俺はいい」
「……でも……」
ここまではいつもの流れ。
だが、ここからは新しい流れだ!
「おーい、二人とも遠慮するなって! じゃあオレが撮るよ」
「薙が?」
「うん! じいちゃんに撮り方教わったことがあるんだ。さぁ、流さんと父さんはもっと近寄って」
桜の樹の下で、俺は胸を張って、翠の華奢な肩を抱き寄せた。
「翠、正々堂々だ!」
「あ……うん……そうだね、僕も顔を上げるよ」
そうだ、それでいい。
ここは俺たちのテリトリー。
月影寺で生まれた愛を静かに育む場所だから、もう背伸びも遠慮もいらない。
擽ったくも嬉しくて、思わず頬が緩むよ。
すると父さんもオレと同じ表情を浮かべてくれていた。
よく似た顔に、改めてオレは正真正銘、父さんの子供なんだと思う。
こんなにも父さんを身近に感じられるなんて不思議だな。
「父さん、早くしないと桜が散っちゃうよ」
「ん?」
「桜は入学式までもたないだろうから、今、写真を撮ろう!」
「え、でも……父さん、まだ袈裟だから着替えないと」
あー もう焦れったいな。
「オレは袈裟を着ている父さんと撮りたいんだよ!」
「えっ、僕はてっきり……」
もしかして、オレが嫌がると思った?
父さんの戸惑いは無理もないか。
小さい頃、父さんの袈裟が大嫌いで「はやくぬいでよ」と駄々を捏ねたことを鮮明に思い出した。
袈裟に焚かれた香は子供にはキツかったし、硬い肌触りの布も嫌いだったんだ。
オレって、やっぱり小さい頃から好き嫌いはハッキリしていたんだな。
「父さん、昔は昔! 今は今さ!」
すると、父さんがスッと顔をあげた。
こういう時の父さんって、凜々しさを増すんだよな。
同じ男として素直にカッコいいと思う。
「そうだね、薙……父さんも今を大切にするよ」
「父さんとオレはやっとスタートラインに立てたんだ。まだまだ、これからさ」
そこに竹藪を揺らしながらヌッと現れたのは、流さんだった。
「その通りだ、翠」
流さんは最近、オレの前で堂々と父さんのことを「翠」と呼ぶようになった。
それでいいと思う。
オレは父さんと流さんの子供だから。
「流、いつの間に?」
「そろそろ出番かと思って。ほらっ父さんのカメラを拝借してきたぞ。今日という日をフィルムに収めようぜ」
「流……ありがとう。僕も今日はそのカメラで撮って欲しかった」
****
翠の心は、真っ直ぐ俺の元に届く。
今、何に怯え、何を欲しているのか。
手に取るように分かるんだ。
遠い昔、この世を去る瞬間まで求め続けた人だからなのか。
まるでテレパシー、不思議な感覚だ。
先程、庭先で洋の母親へ手向ける花を摘んでいると、翠の心が届いた。
……
薙、いよいよ高校生だね。
ブレザーの制服がよく似合っているよ。
あぁ、この瞬間を写真に収めたいな。
今日という日を、今日の薙を、あのカメラで。
僕らの歴史を刻んだ父さんの一眼レフで――
……
俺たちの父さんはのほほんとした人で、趣味らしい趣味は持っていないが、一眼レフで写真を撮ることを楽しんでいた。今は自ら望んで母さんの付き人のような生活をしており、箱根や熱海の手狭なマンションを点々とする暮らしなので、私物はこの寺に置きっぱなしだ。
俺たちの成長を収めたあのカメラで、薙を取って欲しいんだな。
よし! 分かった! 今、行く!
そんなわけで俺は今、桜の樹の下で二人の門出を撮影している。
張矢 翠
張矢 薙
これでようやく落ち着いたな。
「よし、バッチリ撮れたぞ」
「ありがとう。流も撮ろう、今度は僕が撮るよ」
兄さんが申し出てくれるが遠慮した。
「俺はいい」
「……でも……」
ここまではいつもの流れ。
だが、ここからは新しい流れだ!
「おーい、二人とも遠慮するなって! じゃあオレが撮るよ」
「薙が?」
「うん! じいちゃんに撮り方教わったことがあるんだ。さぁ、流さんと父さんはもっと近寄って」
桜の樹の下で、俺は胸を張って、翠の華奢な肩を抱き寄せた。
「翠、正々堂々だ!」
「あ……うん……そうだね、僕も顔を上げるよ」
そうだ、それでいい。
ここは俺たちのテリトリー。
月影寺で生まれた愛を静かに育む場所だから、もう背伸びも遠慮もいらない。
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