1,462 / 1,657
第3部 15章
花を咲かせる風 48
しおりを挟む
月光寺のご住職に見送られて外に出ると、極楽浄土のような景色が広がっていた。
「池の蓮が見事に咲いていますね」
「不思議ですね。蓮の花は日の出と共にゆっくり時間をかけて咲き始めて、8~9時頃に満開を迎え、またゆっくりと時間をかけて萎んで蕾へ戻るのに……こんな時間に満開になるとは」
その理由なら、僕らは知っている。
つい先程、極楽浄土に旅立った人たちがいた。
その人達が、花を咲かせる風を吹き下ろしてくれたのだ。
「極楽浄土に……父も旅立てたのでしょうか」
「もちろんです。きっと今頃……夕凪さんと再会しているでしょう」
「良かったです。寡黙な父でしたが……夕凪さんのことだけは最後まで熱い想いを抱いていたようなので」
カラン、コロン――
竹林を見上げると、先端で竹の葉同士が触れ合ってさわさわと心地良い音を立てていた。
その音に紛れて、天上から鈴の音が降りてくる。
あれはまこくんの足音なのだろう。
嬉しさで弾む音色だった。
「では、お邪魔致しました」
「またお会いしましょう。洋くん、元気でいるんだぞ」
「はい、伯父さんも」
僕たちは、月光寺を後にした。
来た道を戻る。
とても晴れやかな気持ちで……
暫く無言で、それぞれ感慨に耽っていた。
すると竹林を抜けた辺りで、張り切って先頭を歩いていた薙が振り返った。
何かとても思い詰めた顔をしている。
「父さん、オレ……」
どうしたのだろう?
薙ぎ倒す力を使い過ぎて、疲れてしまったのか。
それともこの一連の不思議な出来事が受け入れられず……困っているのか。
あれこれ頭の中で心配していると、突拍子もない言葉を発した。
「もう駄目だ~ すっごく腹減った~」
何を言うのかと思ったら。
薙がひもじそうな顔をして、地面にしゃがみ込んでしまった。
「だ、大丈夫?」
隣りで流が豪快に笑う。
「くくくっ、薙は俺に似て、食いしん坊だよな」
ピロリーン
続けて、流の携帯が間抜けな音を立てる。
「ん、この着信音は小森だな」
「小森君? 何かあったのかな?」
「留守を任せてばかりで、いよいよキレたかもな」
「どうしよう!」
「あー、あ? くくくっ、相変わらず頭の中、あんこ一色かよ」
「どういうこと?」
流の携帯をヒョイと横から覗くと、コツンと流の額とあたった。
「あっ、ごめんっ」
「い、いや」
まるで初めて出逢ったかのように、初々しく反応してしまった。
少しの間、京都と鎌倉で離れていたからなのか。
それとも湖翠さんと流水さんの想いが近いせいなのか。
「ちょっとちょっと~ 父さんたち、何見つめあってんの? なに? なにか耳寄り情報?」
流の携帯を薙も覗いて、今度は笑い出した。
「なに、この店の名前……オレ絶対ここに行く!」
「どういう意味?」
「だってさ、店の名前、最高だよ」
「ん?」
『京都茶寮 翠山《すいさん》』
「すいさん?」
「小森の荒い鼻息がここまで届きそうだな。最近祇園に出来た超オススメ茶寮らしい。よーし、みんなでここに行くか」
「いいね!」
薙も洋くんも丈も、満場一致だ。
「俺も腹減った。よーし『すいさん』にたっぷり甘い物食わしてもらうぞー」
「りゅ、流っ」
流がいると、気が変わる。
豪快で生命力溢れる流が傍にいてくれる。
それだけで涙が溢れそうになる。
湖翠さん……
この世では、流は生命力に溢れ元気ですよ。
僕が心の中で呼べば、ちゃんと来てくれるんです。
夕凪たちが駆け上った空を見上げて、僕は……僕の前世に報告した。
幸せだと――
今はとても幸せだと。
「池の蓮が見事に咲いていますね」
「不思議ですね。蓮の花は日の出と共にゆっくり時間をかけて咲き始めて、8~9時頃に満開を迎え、またゆっくりと時間をかけて萎んで蕾へ戻るのに……こんな時間に満開になるとは」
その理由なら、僕らは知っている。
つい先程、極楽浄土に旅立った人たちがいた。
その人達が、花を咲かせる風を吹き下ろしてくれたのだ。
「極楽浄土に……父も旅立てたのでしょうか」
「もちろんです。きっと今頃……夕凪さんと再会しているでしょう」
「良かったです。寡黙な父でしたが……夕凪さんのことだけは最後まで熱い想いを抱いていたようなので」
カラン、コロン――
竹林を見上げると、先端で竹の葉同士が触れ合ってさわさわと心地良い音を立てていた。
その音に紛れて、天上から鈴の音が降りてくる。
あれはまこくんの足音なのだろう。
嬉しさで弾む音色だった。
「では、お邪魔致しました」
「またお会いしましょう。洋くん、元気でいるんだぞ」
「はい、伯父さんも」
僕たちは、月光寺を後にした。
来た道を戻る。
とても晴れやかな気持ちで……
暫く無言で、それぞれ感慨に耽っていた。
すると竹林を抜けた辺りで、張り切って先頭を歩いていた薙が振り返った。
何かとても思い詰めた顔をしている。
「父さん、オレ……」
どうしたのだろう?
薙ぎ倒す力を使い過ぎて、疲れてしまったのか。
それともこの一連の不思議な出来事が受け入れられず……困っているのか。
あれこれ頭の中で心配していると、突拍子もない言葉を発した。
「もう駄目だ~ すっごく腹減った~」
何を言うのかと思ったら。
薙がひもじそうな顔をして、地面にしゃがみ込んでしまった。
「だ、大丈夫?」
隣りで流が豪快に笑う。
「くくくっ、薙は俺に似て、食いしん坊だよな」
ピロリーン
続けて、流の携帯が間抜けな音を立てる。
「ん、この着信音は小森だな」
「小森君? 何かあったのかな?」
「留守を任せてばかりで、いよいよキレたかもな」
「どうしよう!」
「あー、あ? くくくっ、相変わらず頭の中、あんこ一色かよ」
「どういうこと?」
流の携帯をヒョイと横から覗くと、コツンと流の額とあたった。
「あっ、ごめんっ」
「い、いや」
まるで初めて出逢ったかのように、初々しく反応してしまった。
少しの間、京都と鎌倉で離れていたからなのか。
それとも湖翠さんと流水さんの想いが近いせいなのか。
「ちょっとちょっと~ 父さんたち、何見つめあってんの? なに? なにか耳寄り情報?」
流の携帯を薙も覗いて、今度は笑い出した。
「なに、この店の名前……オレ絶対ここに行く!」
「どういう意味?」
「だってさ、店の名前、最高だよ」
「ん?」
『京都茶寮 翠山《すいさん》』
「すいさん?」
「小森の荒い鼻息がここまで届きそうだな。最近祇園に出来た超オススメ茶寮らしい。よーし、みんなでここに行くか」
「いいね!」
薙も洋くんも丈も、満場一致だ。
「俺も腹減った。よーし『すいさん』にたっぷり甘い物食わしてもらうぞー」
「りゅ、流っ」
流がいると、気が変わる。
豪快で生命力溢れる流が傍にいてくれる。
それだけで涙が溢れそうになる。
湖翠さん……
この世では、流は生命力に溢れ元気ですよ。
僕が心の中で呼べば、ちゃんと来てくれるんです。
夕凪たちが駆け上った空を見上げて、僕は……僕の前世に報告した。
幸せだと――
今はとても幸せだと。
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる