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第3部 15章
花を咲かせる風 42
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「着替えに、信二の部屋を使うか」
「えっ……宜しいのですか」
「もちろんだ。実は、信二が大学入学のため上京した日のまま残してある」
まさか、そんな空間が、この世に存在するなんて。
今の今まで思いもしなかった。
俺の中で父さんの記憶は、残念ながら朧気だ。
俺が7歳の時に交通事故で亡くなってしまった父さん。
突然の訃報に衝撃を受けた母さんの慟哭が酷くて、幼心にこのまま母がおかしくなってしまったらどうしようと心配したのはよく覚えているのに……肝心の父さんの顔がよく思い出せない。
幼すぎた俺と世間知らずのお嬢様だった母を残して逝ってしまった人。
父の中でも、全てがこれからだったのだろう。無念だったろう。
「丈、一緒に来てくれ。着替えを手伝ってくれるか」
「あぁ、もちろん」
通された部屋は、明るい部屋だった。
6畳の和室は日当たりが良いので畳が色褪せていたが、不思議な懐かしさを感じてしまった。
この気配は、父の名残りなのだろうか。
「父さん……」
俺は畳に膝をついて、そのまま畳に頬をあててみた。
畳の温もりに導かれるように、涙が一筋だけ流れた。
「洋……」
「丈……」
丈が優しく俺の髪を梳いてくれ、背中をゆっくり撫でてくれる。
「もう、いないんだな」
「あぁ……でも洋がその血を受け継いだ」
「俺の中に、いる?」
「そうだ。さぁ着替えよう」
「あぁ」
着物を1枚1枚脱いでいくと、夕凪の思念から解放されていくようだった。
京都に来てから身体が重たかったが、嘘みたいに軽かった。
夕凪の後悔はもうない。
夕凪は一番幸せな姿に戻り、昇華していった。
俺はその手伝いが出来たのだ。
「洋、ほら着替えだ」
「ありがとう」
着てきた服装。
グレーのスリムジーンズに、勿忘草色のリネンシャツ。
いつもの俺らしくなっていく。
「洋、なんだか少し雰囲気が変わったな」
「ん? どういう意味だ?」
「洋の顔は、ずっと亡くなった母親似だと思っていたが、それだけではないんだな。ちゃんとお父さんの血も受け継いでいるようだ」
「そうなのか」
「あそこに飾ってあるお父さんの写真に気付いたか」
「あっ」
ぽつんと置かれた文机。
その上に飾られたセピア色の家族写真に胸を打たれる。
朧気だった記憶にピントが合っていく。
「丈……俺……本当に父さんにも似ているのか」
意外な言葉が嬉しくて、もう一度聞いてしまう。
「あぁ、耳の形や……鼻筋も……最近の意志の強い瞳の色も……」
「ん……」
目を閉じて、丈が顔を撫でる指を感じた。
「凜々しい洋もいいな」
「丈……嬉しいことばかり言うんだな」
「洋、そろそろ……洋の伯父さんに挨拶をしていいか」
「あ……そうだ」
俺、またいつもの癖で自分のことで一杯だった。
「俺から紹介させて欲しい」
「任せるよ」
丈がふっと笑みを見せる。
洋服に着替えて下の部屋に戻ると、信一さんが破顔した。
「先ほどは女性のようだったが、これは……見違えるようだな。信二に鼻筋と耳の形が似ているよ」
丈が教えてくれたことが繰り返される。
それが嬉しかった。
「信一さん……あなたのことを伯父さんと呼んでも宜しいですか」
「もちろんだ。納骨を終え、とうとう独りになってしまったと思ったその日に、信二の息子と巡り逢えるなんて……信二は兄想いだな」
「はい……優しい父でした。7歳までの記憶しかありませんが」
「そうか……さぁ君が連れてきてくれた人を紹介しておくれ」
「はい」
俺はゆっくりと顔をあげて、辺りを見渡した。
俺の生涯の恋人……丈。
大切な兄……翠さん、
そしてその息子の薙くん。
俺はもう……寂しくない。ひとりではない。
それを改めて噛みしめていた。
「えっ……宜しいのですか」
「もちろんだ。実は、信二が大学入学のため上京した日のまま残してある」
まさか、そんな空間が、この世に存在するなんて。
今の今まで思いもしなかった。
俺の中で父さんの記憶は、残念ながら朧気だ。
俺が7歳の時に交通事故で亡くなってしまった父さん。
突然の訃報に衝撃を受けた母さんの慟哭が酷くて、幼心にこのまま母がおかしくなってしまったらどうしようと心配したのはよく覚えているのに……肝心の父さんの顔がよく思い出せない。
幼すぎた俺と世間知らずのお嬢様だった母を残して逝ってしまった人。
父の中でも、全てがこれからだったのだろう。無念だったろう。
「丈、一緒に来てくれ。着替えを手伝ってくれるか」
「あぁ、もちろん」
通された部屋は、明るい部屋だった。
6畳の和室は日当たりが良いので畳が色褪せていたが、不思議な懐かしさを感じてしまった。
この気配は、父の名残りなのだろうか。
「父さん……」
俺は畳に膝をついて、そのまま畳に頬をあててみた。
畳の温もりに導かれるように、涙が一筋だけ流れた。
「洋……」
「丈……」
丈が優しく俺の髪を梳いてくれ、背中をゆっくり撫でてくれる。
「もう、いないんだな」
「あぁ……でも洋がその血を受け継いだ」
「俺の中に、いる?」
「そうだ。さぁ着替えよう」
「あぁ」
着物を1枚1枚脱いでいくと、夕凪の思念から解放されていくようだった。
京都に来てから身体が重たかったが、嘘みたいに軽かった。
夕凪の後悔はもうない。
夕凪は一番幸せな姿に戻り、昇華していった。
俺はその手伝いが出来たのだ。
「洋、ほら着替えだ」
「ありがとう」
着てきた服装。
グレーのスリムジーンズに、勿忘草色のリネンシャツ。
いつもの俺らしくなっていく。
「洋、なんだか少し雰囲気が変わったな」
「ん? どういう意味だ?」
「洋の顔は、ずっと亡くなった母親似だと思っていたが、それだけではないんだな。ちゃんとお父さんの血も受け継いでいるようだ」
「そうなのか」
「あそこに飾ってあるお父さんの写真に気付いたか」
「あっ」
ぽつんと置かれた文机。
その上に飾られたセピア色の家族写真に胸を打たれる。
朧気だった記憶にピントが合っていく。
「丈……俺……本当に父さんにも似ているのか」
意外な言葉が嬉しくて、もう一度聞いてしまう。
「あぁ、耳の形や……鼻筋も……最近の意志の強い瞳の色も……」
「ん……」
目を閉じて、丈が顔を撫でる指を感じた。
「凜々しい洋もいいな」
「丈……嬉しいことばかり言うんだな」
「洋、そろそろ……洋の伯父さんに挨拶をしていいか」
「あ……そうだ」
俺、またいつもの癖で自分のことで一杯だった。
「俺から紹介させて欲しい」
「任せるよ」
丈がふっと笑みを見せる。
洋服に着替えて下の部屋に戻ると、信一さんが破顔した。
「先ほどは女性のようだったが、これは……見違えるようだな。信二に鼻筋と耳の形が似ているよ」
丈が教えてくれたことが繰り返される。
それが嬉しかった。
「信一さん……あなたのことを伯父さんと呼んでも宜しいですか」
「もちろんだ。納骨を終え、とうとう独りになってしまったと思ったその日に、信二の息子と巡り逢えるなんて……信二は兄想いだな」
「はい……優しい父でした。7歳までの記憶しかありませんが」
「そうか……さぁ君が連れてきてくれた人を紹介しておくれ」
「はい」
俺はゆっくりと顔をあげて、辺りを見渡した。
俺の生涯の恋人……丈。
大切な兄……翠さん、
そしてその息子の薙くん。
俺はもう……寂しくない。ひとりではない。
それを改めて噛みしめていた。
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