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第3部 15章
花を咲かせる風 40
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「……信一ですが」
「あなたの……みょ……名字を教えて下さい」
緊張のあまり、身体が強張ってしまう。
紳士の口がゆっくりと開くのを、じっと目で追った。
「……浅岡だ。浅岡信一だ」
あぁ……やはり。
俺の父と、一文字違いだ。
まさか、そんなことがあるのだろうか。
今の今まで、父の肉親には会ったことがないのに。
葬式にだって、誰も来なかったのに……
これも……夢か幻なのか。
「では……あなたは浅岡……信二をご存じですか」
「信二だと? ……信二は10歳も年の離れた弟だった……」
やはり!
あまりの衝撃に立っている足がガクガクと震える。
丈が支えてくれていなかったら、倒れてしまいそうだ。
いや、ここで倒れるわけにはいかない!
俺の踏ん張り時だ。
「それより君は一体何者だ? そもそも何故男なのに女装を? それではまるで……父が臨終を迎える瞬間に会いたがっていた夕凪さんのようだ」
頭がついていかない。
そこに夕凪の声が降りてくる。
夕凪、君の切なる願いが俺を真っ直ぐに貫いていく。
……
まこくん。
君が俺の実子だったら、あんな残酷には引き離されなかったのではないか。
何度も何度も……後悔したよ。
もしも俺と信二郎の子供だったら、今生で離れることはなかったのでは?
俺は男で、今まで女の身体になりたいと思ったことはない。
ただ君の母には……なりたかったよ。
いつか生まれ変わったら、俺が君の子供になってもいい。
だからどうかお願いだ。
俺の傍にいて欲しい。
今生では叶わなかった血縁。
喉から手が出るほど、今はそれが欲しい。
こんな願いは不毛か、おかしいか。
天地がひっくり返るような願いか。
それでも構わない。
俺は間もなく……寿命を全うする。
俺を20年に亘り、愛し尽くしてくれた信二郎を残して先に逝かないとならぬ。
生涯を共にしようと約束したのに……道半ばで消える俺を許しておくれ。
嘆く信二郎に、ひとつの希望を残してやりたい。
どんな形でも、俺たちは再び出会い、今度こそ家族になると。
そんな希望を。
カロン、コロン――
「おかあちゃま、はやく、はやく!」
「まこくん! そんなに走っては危ないよ」
「あっ! おとうちゃまもいます。あそこに!」
雲の向こうには、信二郎さんが立っていた。
「夕凪、まこ! おいで……随分待ったぞ」
両手を広げて、笑っている。
三人は抱き合って微笑みあって……静かに昇天していく。
俺も彼らに吸い込まれそうだ。
身体がふわりと浮いた瞬間、背後から丈に力強く抱きしめられた。
「洋、しっかりしろ! 行くな!」
正気に戻ると、俺は天高く手を伸ばしていた。
信一さんが……そんな俺を見て、絶句していた。
あなたにも見えたのですか……
昇天していく彼らの姿が。
「君は……まさか……」
「俺は……信二の息子の洋です」
「信二に……息子だって?」
「……これが証しです」
手に残った父さんの制服のボタンを差し出すと、紳士は目を見開いて胸ポケットから何かを取り出した。
俺には何が出てくるか分かっていた。
「これは……信二と分け合ったボタンだ」
「はい……知っています。信さんが託したのですよね。もう一つは信さんの棺に」
「何故、それを知って?」
「……信じてもらえないかもしれませんが……邂逅したからです」
「信じられないが、いや……信じられる。君は……父が思慕の念を抱き続けた、あの写真の中の夕凪さんと瓜二つだから」
少し話をしようと、俺たちは信一さんの家に招かれた。
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
とうとう洋は父の足取りを掴みましたね。
祖父には残念ながら会えませんでしたが、お父さんの兄……伯父さんには会うことが出来ました。明日以降種明かしをしていきますが……ここまでの家系図をまとめたのでどうぞ!
洋の父親の名前を『信二』と名付けた時から、実は『信二郎』との関係は決めていました。
それからまこくんは享年94歳と……大往生でしたが、夕凪は胸の病の影響で、50歳前に美しい姿のまま……他界していました。信二郎が70代後半で亡くなる時に、夕凪の享年を意図的に変えたようです。(お墓に刻まれた年代が違う理由です)
「あなたの……みょ……名字を教えて下さい」
緊張のあまり、身体が強張ってしまう。
紳士の口がゆっくりと開くのを、じっと目で追った。
「……浅岡だ。浅岡信一だ」
あぁ……やはり。
俺の父と、一文字違いだ。
まさか、そんなことがあるのだろうか。
今の今まで、父の肉親には会ったことがないのに。
葬式にだって、誰も来なかったのに……
これも……夢か幻なのか。
「では……あなたは浅岡……信二をご存じですか」
「信二だと? ……信二は10歳も年の離れた弟だった……」
やはり!
あまりの衝撃に立っている足がガクガクと震える。
丈が支えてくれていなかったら、倒れてしまいそうだ。
いや、ここで倒れるわけにはいかない!
俺の踏ん張り時だ。
「それより君は一体何者だ? そもそも何故男なのに女装を? それではまるで……父が臨終を迎える瞬間に会いたがっていた夕凪さんのようだ」
頭がついていかない。
そこに夕凪の声が降りてくる。
夕凪、君の切なる願いが俺を真っ直ぐに貫いていく。
……
まこくん。
君が俺の実子だったら、あんな残酷には引き離されなかったのではないか。
何度も何度も……後悔したよ。
もしも俺と信二郎の子供だったら、今生で離れることはなかったのでは?
俺は男で、今まで女の身体になりたいと思ったことはない。
ただ君の母には……なりたかったよ。
いつか生まれ変わったら、俺が君の子供になってもいい。
だからどうかお願いだ。
俺の傍にいて欲しい。
今生では叶わなかった血縁。
喉から手が出るほど、今はそれが欲しい。
こんな願いは不毛か、おかしいか。
天地がひっくり返るような願いか。
それでも構わない。
俺は間もなく……寿命を全うする。
俺を20年に亘り、愛し尽くしてくれた信二郎を残して先に逝かないとならぬ。
生涯を共にしようと約束したのに……道半ばで消える俺を許しておくれ。
嘆く信二郎に、ひとつの希望を残してやりたい。
どんな形でも、俺たちは再び出会い、今度こそ家族になると。
そんな希望を。
カロン、コロン――
「おかあちゃま、はやく、はやく!」
「まこくん! そんなに走っては危ないよ」
「あっ! おとうちゃまもいます。あそこに!」
雲の向こうには、信二郎さんが立っていた。
「夕凪、まこ! おいで……随分待ったぞ」
両手を広げて、笑っている。
三人は抱き合って微笑みあって……静かに昇天していく。
俺も彼らに吸い込まれそうだ。
身体がふわりと浮いた瞬間、背後から丈に力強く抱きしめられた。
「洋、しっかりしろ! 行くな!」
正気に戻ると、俺は天高く手を伸ばしていた。
信一さんが……そんな俺を見て、絶句していた。
あなたにも見えたのですか……
昇天していく彼らの姿が。
「君は……まさか……」
「俺は……信二の息子の洋です」
「信二に……息子だって?」
「……これが証しです」
手に残った父さんの制服のボタンを差し出すと、紳士は目を見開いて胸ポケットから何かを取り出した。
俺には何が出てくるか分かっていた。
「これは……信二と分け合ったボタンだ」
「はい……知っています。信さんが託したのですよね。もう一つは信さんの棺に」
「何故、それを知って?」
「……信じてもらえないかもしれませんが……邂逅したからです」
「信じられないが、いや……信じられる。君は……父が思慕の念を抱き続けた、あの写真の中の夕凪さんと瓜二つだから」
少し話をしようと、俺たちは信一さんの家に招かれた。
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
とうとう洋は父の足取りを掴みましたね。
祖父には残念ながら会えませんでしたが、お父さんの兄……伯父さんには会うことが出来ました。明日以降種明かしをしていきますが……ここまでの家系図をまとめたのでどうぞ!
洋の父親の名前を『信二』と名付けた時から、実は『信二郎』との関係は決めていました。
それからまこくんは享年94歳と……大往生でしたが、夕凪は胸の病の影響で、50歳前に美しい姿のまま……他界していました。信二郎が70代後半で亡くなる時に、夕凪の享年を意図的に変えたようです。(お墓に刻まれた年代が違う理由です)
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