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第3部 15章
花を咲かせる風 33
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「申し訳ないのですが、1970年後半から80年代の写真も見せていただけますか」
「あぁ、その年代なら卒業アルバムという形で残っていますよ。今持って来ますね」
父の年齢は正確には分からない。
果たして、見つかるだろうか。
あの学ランのボタンが父の物ならば、この卒業アルバムのどこかにいるはずだ。
期待と不安が入り混ざる。
「どうぞ、ごゆっくり。あの少し席を外してもいいですか。終わったら事務室に声をかけて下さい」
「ありがとうございます」
「よし、洋、片っ端から確認していくぞ」
「あぁ」
丈が力づけてくれる。
丈が親身になってくれる。
それが心強くて、とても嬉しい。
しかし……1時間経過しても何も掴めなかった。
「……いたか」
「いや、いない」
丈と手分けして隈なく確かめたのに『浅岡信二』という名前の生徒は存在しなかった。もしかして名字が違うのかもと思ったが、『信二』という名すら見つけられなかった。
俺のひそかな期待が泡となって消えてしまう。
「洋、まだ諦めるな。ここが駄目なら夕凪の方から辿ってみよう」
「夕凪……そうだな」
そう答えつつも意気消沈してしまう。
「父の素性は、もう分からないよ。このボタンだけが手がかりだったのに」
丈にあたってしまう。
こんなに親身になってくれている丈に……
俺は心が狭い。
こんな俺は嫌なのに。
「洋……落ち着け! なんのために月影寺の男たちが洋についている? 何のために私がいる? 何故翠兄さんが同じタイミングで京都を旅行している? 全部関係があるはずだ。謎を解明するために既に周りが動き出しているというのに……洋が諦めては駄目だ。」
「丈……ごめん……俺……まだ不慣れで……俺を助けてくれよ。俺に希望を……」
丈は応接間に誰もいないことを確認して、俺の肩を強く抱いてくれた。
「洋……よく聞け。夕凪が洋の前世の一人ならば、夕凪の願いを洋は受け継いでいるはずだ。ところが夕凪はヨウ将軍や洋月の君のように、過去に伴侶を失ったわけではなさそうだ。信二郎と夕凪が仲睦まじく生涯を過ごしたのは墓石からも分かっただろう。だから……夕凪の切なる願いは別のところにあるのでは? そう思わないか」
「え……」
気付かなかった。
そんな風に考えたことはなかった。
「流石……俺の丈だ。気持ちを切り替えて……夕凪の足取りを、夕凪が育てていたまこくんの行方を追ってみよう。まこくんのボタンとこのボタンは通じあっているのかも。まずは大鷹屋に行ってみよう。翠さんに連絡をしてみるよ」
電話をすると、翠さんはちょうど大鷹屋の前にいるとのことだった。
「やはり……呼ばれるんだな。過去に……」
俺と丈は、翠さんたちと合流することにした。
タクシーに乗車した途端、また夕凪の思念がやってくる。
****
「おかあちゃまぁ、こっちにきて」
「まこくん、そっちは危ないよ」
「はぁい! おかあちゃま、だーいすき」
「あ……ありがとう」
最初は男の俺に、母親代わりなんて務まるはずないと思っていた。だが、まだ幼いまこくんは俺にすぐに懐いてくれた。亡くなった母は夜の仕事のため、まこくんをほぼ女中に任せきりだったらしい。まこくんは実母を失う前から、愛に飢えた子供だったのだ。
信二郎に似て利発そうな顔立ち。それでいて優しい性格の坊やに俺もすぐに魅了された。
素性がバレるのが怖くて、町へ行く時は念入りに女装して出掛けていたせいか、まこくんもいつの間にか俺を本当に母親だと信じ切っていた。
「夕凪、まこは寝たのか。なんだ? また夕凪の膝の上を陣取って」
「ふふ、可愛いな。こんなに子供って可愛いんだな」
「夕凪……お前も我が子を持ちたいのか」
信二郎が苦い顔をする。
「いや……信二郎との子を産んでみたかったよ」
「……夕凪、それは……あまりに勿体ない言葉だ」
「あいにく俺は男だから永遠に叶わない夢だけどね。まこくんがとても愛おしいんだよ。俺を母だと信じて疑ってないし……本当に俺が腹を痛めて産んだ子のように最近では感じている」
「ありがとう」
「俺の方こそありがとう。俺に生き甲斐を与えてくれて……」
****
夕凪の心の幸せが、俺の体に染み込んでくるようだ。
「あぁ、その年代なら卒業アルバムという形で残っていますよ。今持って来ますね」
父の年齢は正確には分からない。
果たして、見つかるだろうか。
あの学ランのボタンが父の物ならば、この卒業アルバムのどこかにいるはずだ。
期待と不安が入り混ざる。
「どうぞ、ごゆっくり。あの少し席を外してもいいですか。終わったら事務室に声をかけて下さい」
「ありがとうございます」
「よし、洋、片っ端から確認していくぞ」
「あぁ」
丈が力づけてくれる。
丈が親身になってくれる。
それが心強くて、とても嬉しい。
しかし……1時間経過しても何も掴めなかった。
「……いたか」
「いや、いない」
丈と手分けして隈なく確かめたのに『浅岡信二』という名前の生徒は存在しなかった。もしかして名字が違うのかもと思ったが、『信二』という名すら見つけられなかった。
俺のひそかな期待が泡となって消えてしまう。
「洋、まだ諦めるな。ここが駄目なら夕凪の方から辿ってみよう」
「夕凪……そうだな」
そう答えつつも意気消沈してしまう。
「父の素性は、もう分からないよ。このボタンだけが手がかりだったのに」
丈にあたってしまう。
こんなに親身になってくれている丈に……
俺は心が狭い。
こんな俺は嫌なのに。
「洋……落ち着け! なんのために月影寺の男たちが洋についている? 何のために私がいる? 何故翠兄さんが同じタイミングで京都を旅行している? 全部関係があるはずだ。謎を解明するために既に周りが動き出しているというのに……洋が諦めては駄目だ。」
「丈……ごめん……俺……まだ不慣れで……俺を助けてくれよ。俺に希望を……」
丈は応接間に誰もいないことを確認して、俺の肩を強く抱いてくれた。
「洋……よく聞け。夕凪が洋の前世の一人ならば、夕凪の願いを洋は受け継いでいるはずだ。ところが夕凪はヨウ将軍や洋月の君のように、過去に伴侶を失ったわけではなさそうだ。信二郎と夕凪が仲睦まじく生涯を過ごしたのは墓石からも分かっただろう。だから……夕凪の切なる願いは別のところにあるのでは? そう思わないか」
「え……」
気付かなかった。
そんな風に考えたことはなかった。
「流石……俺の丈だ。気持ちを切り替えて……夕凪の足取りを、夕凪が育てていたまこくんの行方を追ってみよう。まこくんのボタンとこのボタンは通じあっているのかも。まずは大鷹屋に行ってみよう。翠さんに連絡をしてみるよ」
電話をすると、翠さんはちょうど大鷹屋の前にいるとのことだった。
「やはり……呼ばれるんだな。過去に……」
俺と丈は、翠さんたちと合流することにした。
タクシーに乗車した途端、また夕凪の思念がやってくる。
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「おかあちゃまぁ、こっちにきて」
「まこくん、そっちは危ないよ」
「はぁい! おかあちゃま、だーいすき」
「あ……ありがとう」
最初は男の俺に、母親代わりなんて務まるはずないと思っていた。だが、まだ幼いまこくんは俺にすぐに懐いてくれた。亡くなった母は夜の仕事のため、まこくんをほぼ女中に任せきりだったらしい。まこくんは実母を失う前から、愛に飢えた子供だったのだ。
信二郎に似て利発そうな顔立ち。それでいて優しい性格の坊やに俺もすぐに魅了された。
素性がバレるのが怖くて、町へ行く時は念入りに女装して出掛けていたせいか、まこくんもいつの間にか俺を本当に母親だと信じ切っていた。
「夕凪、まこは寝たのか。なんだ? また夕凪の膝の上を陣取って」
「ふふ、可愛いな。こんなに子供って可愛いんだな」
「夕凪……お前も我が子を持ちたいのか」
信二郎が苦い顔をする。
「いや……信二郎との子を産んでみたかったよ」
「……夕凪、それは……あまりに勿体ない言葉だ」
「あいにく俺は男だから永遠に叶わない夢だけどね。まこくんがとても愛おしいんだよ。俺を母だと信じて疑ってないし……本当に俺が腹を痛めて産んだ子のように最近では感じている」
「ありがとう」
「俺の方こそありがとう。俺に生き甲斐を与えてくれて……」
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夕凪の心の幸せが、俺の体に染み込んでくるようだ。
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