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第3部 15章
花を咲かせる風 30
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「父さん、大丈夫? 洋さんに何かあった?」
「薙、ありがとう。後は丈に任せよう」
「それでいいの? 父さんが行かなくていいの?」
「大丈夫だよ。さぁ、そろそろ湯豆腐を食べに行こう」
「父さん……本当にいいの?」
薙が何度も念を押してくる。どうやら自分を優先してもらえるのが信じられないようだ。これには……反省だな。
「当たり前だよ」
「やった! 修学旅行で前を通った時、食べて見たかったんだけど……高くてさ。あの店に入っていい?」
「くすっ、それで父さんに?」
「ありがと!」
買ってあげた柴犬のぬいぐるみを抱えた薙が笑えば、心がポカポカになる。
東京の高層マンションで彩乃さんと三人で暮らしていた時、幼い薙を抱きしめながら、窓の外をいつも眺めていた。薙は僕にとって故郷の日溜まりのような存在だった。
今は……薙を大切にしたいんだ。
心と距離がずっと離れていた分も……
それに夕凪との邂逅は、この先は……洋くん自信の手で切り開くものだろう。だから……僕は少し離れた所から見守ることにするよ。
「父さん、世の中って不思議なことばかりだね」
「そうだね」
「よく考えたら、オレと父さんが親子なのって、すごい縁なんだね」
「薙からそんな言葉を聞く日が来るなんて感慨深いよ」
「最近強く想うんだ。京都に来てますますかな。あのね、オレ、父さんの子供に生まれて良かった」
薙の言葉は不安を薙ぎ払うパワーが宿っている。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。そうだ……薙……仏教には『一切法は因縁生なり』という言葉があるんだよ。すべてのものは原因があって生じ、すべての結果には必ず原因があるという意味なんだけど……」
あ……もしかしたら……京都で邂逅したのが夕凪だけでなかったのには理由があるのでは? まこくんという青年と洋くんには、もしかしたら因縁があるのかもしれない。
薙と話ながら、ふと……そんなことを考えていた。
「父さん~ 仏教の話は空腹時には難しいよ」
「ごめんごめん。あ、そろそろ湯豆腐が煮立って来たよ」
「旨そう~! でもこれだけで足りるかな?」
「すぐに甘味屋さんにも行こう」
「やった!」
食べ慣れた湯豆腐だが、薙と向き合って食べるのは格別だった。
「薙……でもね……これだけは知っておいて欲しい。この先は自分で変えられる自分の行いが大事だ。それによって薙の未来はいくらでも変えられる」
「うん、分かった。自分の行い次第っていいね」
薙との縁を大切に、この先もよりよい関係でいられるように、僕も変わっていくよ。本当の自分を、もっともっと薙には見せよう。
****
「おお、お帰り。収穫はあったか」
風光寺に戻ると、すぐに道昭さんが出迎えてくれた。
「あの……学校が分かりました」
「どこだ?」
「月西館《げっせいかん》高等学校です。ご存じですか」
「そうか……府立高校ばかり考えていたが……私立だったのか。確か嵯峨野にある高校だったような」
「翠さんからアドバイスを受けたのですがお願いがあります」
「なんだ? 俺で役立つことがあれば協力するよ」
「実はこの学校は、こちらのお寺と宗派が同じなので、俺と丈が直接行って、過去の卒業生のアルバムや名簿を見られるか……学校に問い合わせていただけないでしょうか」
「成程……力になれるか分からないが、聞いてみるよ」
「頼みます」
しっかり頭を下げて、祈った。
一歩一歩近づいて行く。
まだ何に巡り逢うのか定かではないが、呼ばれている。
誰かの切なる願いが、聞こえてくる。
「どうか……どうか……俺に力を――」
***
ここは、宇治の里。
恋人の信二郎は、ここ1週間ほど……仕事で祇園に行ったきりだ。
律矢さんが一昨日様子を見に来てくれたが、すぐに帰ってしまった。
いよいよ寂しさが募り、小さな中庭で鷺草を眺めて溜め息をつくと、背後から声がした。
振り向けば……喪服姿の信二郎が立っていた。
「夕凪、悪かった」
「信二郎、どうした? 連絡もせずに1週間も戻って来ないなんて……酷いじゃないか。それにその格好は……」
「……すまない……看取ってきたんだ」
「……え、誰を? 誰か……親しい人が亡くなったのか」
「実は……夕凪と結ばれる間に……私は祇園で遊び惚けていて、その時遊郭の女との間に子を授かっていたんだ。私自身も……最近まで知らなかったが」
青天の霹靂だった。
「……信二郎の子なのか……」
まさか、俺にはどんなに望んでもやって来ない……信二郎の子供が存在するなんて。
憎しみと愛しさ。
どちらが先に立つのか、分からなかった。
だが……純粋に……その子に会ってみたいと思った。
「夕凪に頼みがある」
「……何を望む?」
「私以外に身寄りのない、まだ三歳になったばかりの男の子なんだ。どうか暫くでいいから、ここで面倒をみてやってくれないか」
「……俺は子育てなんてしたことないよ」
「私もだ……誰でも最初から親じゃない」
「だが……」
「夕凪しかいないんだ。頼むあてがないんだ。見殺しには出来ない……このままでは遊郭に引き取られては……将来は男娼になるしか道がない……」
そんな……3歳の子供にそんな過酷な運命を背負わすことなんて、俺には出来ない。
「……分かった。早く連れて来るといい。俺も手伝うよ」
「ありがとう……すまない。夕凪を裏切るようなことをして」
「俺と出会う前のことだ。子供に罪はない……その子……信二郎に似ているのか」
「あぁ、私の小さい頃によく似ていると思う」
「そうか」
****
道昭さんを待つ間、耳を澄ませば……夕凪と信二郎という男との会話が聞こえて来た。
夢か現か……分からないが、これで、まこくんの素性が明らかになった。
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
連日ドキドキ展開ですね。
このような感じで『夕凪の空、京の香り』https://www.alphapolis.co.jp/novel/492454226/669207723と、どんどん重なっていきます。
『夕凪の空、京の香り』の後日談としてもお楽しみいただけると思います。
頑張って書いていきます!
「薙、ありがとう。後は丈に任せよう」
「それでいいの? 父さんが行かなくていいの?」
「大丈夫だよ。さぁ、そろそろ湯豆腐を食べに行こう」
「父さん……本当にいいの?」
薙が何度も念を押してくる。どうやら自分を優先してもらえるのが信じられないようだ。これには……反省だな。
「当たり前だよ」
「やった! 修学旅行で前を通った時、食べて見たかったんだけど……高くてさ。あの店に入っていい?」
「くすっ、それで父さんに?」
「ありがと!」
買ってあげた柴犬のぬいぐるみを抱えた薙が笑えば、心がポカポカになる。
東京の高層マンションで彩乃さんと三人で暮らしていた時、幼い薙を抱きしめながら、窓の外をいつも眺めていた。薙は僕にとって故郷の日溜まりのような存在だった。
今は……薙を大切にしたいんだ。
心と距離がずっと離れていた分も……
それに夕凪との邂逅は、この先は……洋くん自信の手で切り開くものだろう。だから……僕は少し離れた所から見守ることにするよ。
「父さん、世の中って不思議なことばかりだね」
「そうだね」
「よく考えたら、オレと父さんが親子なのって、すごい縁なんだね」
「薙からそんな言葉を聞く日が来るなんて感慨深いよ」
「最近強く想うんだ。京都に来てますますかな。あのね、オレ、父さんの子供に生まれて良かった」
薙の言葉は不安を薙ぎ払うパワーが宿っている。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。そうだ……薙……仏教には『一切法は因縁生なり』という言葉があるんだよ。すべてのものは原因があって生じ、すべての結果には必ず原因があるという意味なんだけど……」
あ……もしかしたら……京都で邂逅したのが夕凪だけでなかったのには理由があるのでは? まこくんという青年と洋くんには、もしかしたら因縁があるのかもしれない。
薙と話ながら、ふと……そんなことを考えていた。
「父さん~ 仏教の話は空腹時には難しいよ」
「ごめんごめん。あ、そろそろ湯豆腐が煮立って来たよ」
「旨そう~! でもこれだけで足りるかな?」
「すぐに甘味屋さんにも行こう」
「やった!」
食べ慣れた湯豆腐だが、薙と向き合って食べるのは格別だった。
「薙……でもね……これだけは知っておいて欲しい。この先は自分で変えられる自分の行いが大事だ。それによって薙の未来はいくらでも変えられる」
「うん、分かった。自分の行い次第っていいね」
薙との縁を大切に、この先もよりよい関係でいられるように、僕も変わっていくよ。本当の自分を、もっともっと薙には見せよう。
****
「おお、お帰り。収穫はあったか」
風光寺に戻ると、すぐに道昭さんが出迎えてくれた。
「あの……学校が分かりました」
「どこだ?」
「月西館《げっせいかん》高等学校です。ご存じですか」
「そうか……府立高校ばかり考えていたが……私立だったのか。確か嵯峨野にある高校だったような」
「翠さんからアドバイスを受けたのですがお願いがあります」
「なんだ? 俺で役立つことがあれば協力するよ」
「実はこの学校は、こちらのお寺と宗派が同じなので、俺と丈が直接行って、過去の卒業生のアルバムや名簿を見られるか……学校に問い合わせていただけないでしょうか」
「成程……力になれるか分からないが、聞いてみるよ」
「頼みます」
しっかり頭を下げて、祈った。
一歩一歩近づいて行く。
まだ何に巡り逢うのか定かではないが、呼ばれている。
誰かの切なる願いが、聞こえてくる。
「どうか……どうか……俺に力を――」
***
ここは、宇治の里。
恋人の信二郎は、ここ1週間ほど……仕事で祇園に行ったきりだ。
律矢さんが一昨日様子を見に来てくれたが、すぐに帰ってしまった。
いよいよ寂しさが募り、小さな中庭で鷺草を眺めて溜め息をつくと、背後から声がした。
振り向けば……喪服姿の信二郎が立っていた。
「夕凪、悪かった」
「信二郎、どうした? 連絡もせずに1週間も戻って来ないなんて……酷いじゃないか。それにその格好は……」
「……すまない……看取ってきたんだ」
「……え、誰を? 誰か……親しい人が亡くなったのか」
「実は……夕凪と結ばれる間に……私は祇園で遊び惚けていて、その時遊郭の女との間に子を授かっていたんだ。私自身も……最近まで知らなかったが」
青天の霹靂だった。
「……信二郎の子なのか……」
まさか、俺にはどんなに望んでもやって来ない……信二郎の子供が存在するなんて。
憎しみと愛しさ。
どちらが先に立つのか、分からなかった。
だが……純粋に……その子に会ってみたいと思った。
「夕凪に頼みがある」
「……何を望む?」
「私以外に身寄りのない、まだ三歳になったばかりの男の子なんだ。どうか暫くでいいから、ここで面倒をみてやってくれないか」
「……俺は子育てなんてしたことないよ」
「私もだ……誰でも最初から親じゃない」
「だが……」
「夕凪しかいないんだ。頼むあてがないんだ。見殺しには出来ない……このままでは遊郭に引き取られては……将来は男娼になるしか道がない……」
そんな……3歳の子供にそんな過酷な運命を背負わすことなんて、俺には出来ない。
「……分かった。早く連れて来るといい。俺も手伝うよ」
「ありがとう……すまない。夕凪を裏切るようなことをして」
「俺と出会う前のことだ。子供に罪はない……その子……信二郎に似ているのか」
「あぁ、私の小さい頃によく似ていると思う」
「そうか」
****
道昭さんを待つ間、耳を澄ませば……夕凪と信二郎という男との会話が聞こえて来た。
夢か現か……分からないが、これで、まこくんの素性が明らかになった。
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
****
連日ドキドキ展開ですね。
このような感じで『夕凪の空、京の香り』https://www.alphapolis.co.jp/novel/492454226/669207723と、どんどん重なっていきます。
『夕凪の空、京の香り』の後日談としてもお楽しみいただけると思います。
頑張って書いていきます!
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