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第3部 15章
花を咲かせる風 25
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「着物、ありがとうございました」
「こちらこそ。あまりにも女装が美しいので、うっとりしましたよ。着せ甲斐があって楽しかったわ。これからいよいよ宇治に行かれるの?」
「えぇ」
「そうなのね、お気をつけて。またいらしてね」
「はい」
俺と丈は一宮屋で借りた着物を返却し、宇治へ向かうことにした。
今頃、翠さんと薙くんは朝ご飯でも食べているのか。親子水入らずの旅行、今日も楽しんで欲しい。俺は丈と楽しむから。
「洋、まずは腹ごしらえだ」
「そうだな」
「この近くに有名な珈琲店の本店があるから、モーニングを食べないか」
「いいね」
そこは『アノダコーヒー』というクラシカルな店舗だった。
「丈、京都にはいい店が山ほどあるな」
「そうだな。道には風情があり店には風格が備わっているな」
「俺もそう思う。一宮屋も然りだね」
「あぁ」
淹れ立ての珈琲にサンドイッチとポテトサラダ。どれも美味しくて夢中で食べてしまった。
サンドイッチをもぐもぐと頬張っていると、丈と目が合った。
含み笑いをされたので「なんだよ?」と見返すと……
「洋は随分食欲が出て来たな。朝から健康的に食べてくれるのが嬉しくてな」
「……それは……丈のせいで腹が減っているんだよ」
「くくっ、洋、覚悟しろ。今日も体力をかなり使うぞ」
「え……今日もスルのか」
小声で聞くと、笑われた。
「くくっ、宇治へのルートを調べたら、かなり山の上にあるらしい」
「あ、そっち?」
毎晩のように身体を重ねても、丈に抱かれるのは毎回新鮮で悦びに溢れる行為だ。それは、きっと……遠い過去の、俺の切なる願いだから。
……
夜空に浮かぶ月を見上げると、自然と濡れていく瞳。
もう……叶わない。
月を受け止める湖で
悲し気に宙を見上げて
俺はいつも泣いていた。
ただ会いたくて、ただ抱いて欲しくて。
君ともう一度……重なりたい。
思慕する心を持って、この世に生を受けた。
……
「洋、どうした? さぁ行こう」
「あぁ」
****
事前に山荘へのルートは調査済みだ。
洋を連れて、宇治駅から朝霧橋方面へ、さらにその奥の山道をひたすら歩いた。
宇治川は濃い抹茶色をしており、その流れは雄大だ。じっと眺めていると、時代のうねりのように感じる。
「洋、大丈夫か」
「う……ん、山道って歩き難いな」
洋は美しい形の額にうっすら汗をかいていた。
私よりずっと体力がないのだから、堪えているのだろう。
「手を引いてやる」
「……なぁ……どうして俺はこんなに弱いのかな? 過去のヨウ将軍はあんなに強かったのにさ」
「きっと……ヨウの過去が一つでないからだろう。ヨウ将軍と洋月、そして夕凪……それぞれの体質が混ざっているのかもな」
「そうか……でも、体力だけは、もう少し欲しかったな」
「安心しろ。少しずつついている。前のように貧血を起こす頻度も減ったじゃないか」
「確かに……あれは辛かった。見知らぬ人の前で意識を失うのは嫌だ」
「あぁ」
ギュッと握る手に力を入れて、洋を励ます。
「もうすぐ着くぞ、あの茂みの向こうだ」
「そうか」
宇治の山荘は鄙びた雰囲気だが、かつて住んでいた人の教養の高さや趣味の良さを感じさせる平屋の数寄屋造りで素晴らしいと、翠兄さんから聞いていた。
ところが、茂みを分けて近づくと……
「これは、一体どういうことだ?」
「こっ、こんなの聞いてない!」
「こちらこそ。あまりにも女装が美しいので、うっとりしましたよ。着せ甲斐があって楽しかったわ。これからいよいよ宇治に行かれるの?」
「えぇ」
「そうなのね、お気をつけて。またいらしてね」
「はい」
俺と丈は一宮屋で借りた着物を返却し、宇治へ向かうことにした。
今頃、翠さんと薙くんは朝ご飯でも食べているのか。親子水入らずの旅行、今日も楽しんで欲しい。俺は丈と楽しむから。
「洋、まずは腹ごしらえだ」
「そうだな」
「この近くに有名な珈琲店の本店があるから、モーニングを食べないか」
「いいね」
そこは『アノダコーヒー』というクラシカルな店舗だった。
「丈、京都にはいい店が山ほどあるな」
「そうだな。道には風情があり店には風格が備わっているな」
「俺もそう思う。一宮屋も然りだね」
「あぁ」
淹れ立ての珈琲にサンドイッチとポテトサラダ。どれも美味しくて夢中で食べてしまった。
サンドイッチをもぐもぐと頬張っていると、丈と目が合った。
含み笑いをされたので「なんだよ?」と見返すと……
「洋は随分食欲が出て来たな。朝から健康的に食べてくれるのが嬉しくてな」
「……それは……丈のせいで腹が減っているんだよ」
「くくっ、洋、覚悟しろ。今日も体力をかなり使うぞ」
「え……今日もスルのか」
小声で聞くと、笑われた。
「くくっ、宇治へのルートを調べたら、かなり山の上にあるらしい」
「あ、そっち?」
毎晩のように身体を重ねても、丈に抱かれるのは毎回新鮮で悦びに溢れる行為だ。それは、きっと……遠い過去の、俺の切なる願いだから。
……
夜空に浮かぶ月を見上げると、自然と濡れていく瞳。
もう……叶わない。
月を受け止める湖で
悲し気に宙を見上げて
俺はいつも泣いていた。
ただ会いたくて、ただ抱いて欲しくて。
君ともう一度……重なりたい。
思慕する心を持って、この世に生を受けた。
……
「洋、どうした? さぁ行こう」
「あぁ」
****
事前に山荘へのルートは調査済みだ。
洋を連れて、宇治駅から朝霧橋方面へ、さらにその奥の山道をひたすら歩いた。
宇治川は濃い抹茶色をしており、その流れは雄大だ。じっと眺めていると、時代のうねりのように感じる。
「洋、大丈夫か」
「う……ん、山道って歩き難いな」
洋は美しい形の額にうっすら汗をかいていた。
私よりずっと体力がないのだから、堪えているのだろう。
「手を引いてやる」
「……なぁ……どうして俺はこんなに弱いのかな? 過去のヨウ将軍はあんなに強かったのにさ」
「きっと……ヨウの過去が一つでないからだろう。ヨウ将軍と洋月、そして夕凪……それぞれの体質が混ざっているのかもな」
「そうか……でも、体力だけは、もう少し欲しかったな」
「安心しろ。少しずつついている。前のように貧血を起こす頻度も減ったじゃないか」
「確かに……あれは辛かった。見知らぬ人の前で意識を失うのは嫌だ」
「あぁ」
ギュッと握る手に力を入れて、洋を励ます。
「もうすぐ着くぞ、あの茂みの向こうだ」
「そうか」
宇治の山荘は鄙びた雰囲気だが、かつて住んでいた人の教養の高さや趣味の良さを感じさせる平屋の数寄屋造りで素晴らしいと、翠兄さんから聞いていた。
ところが、茂みを分けて近づくと……
「これは、一体どういうことだ?」
「こっ、こんなの聞いてない!」
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