重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

花を咲かせる風 24

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「そういえば、父さんの初恋って、いつ?」
「え!」

 父さんが真っ赤になる。
 ビールを2本も空けたせいか、ほろ酔いのようだ。
 
「そ、そういう薙は?」
「記憶にないなぁ」

 そう答えたら、父さんがくすっと笑った。

「やっぱり、薙は覚えてないんだね」
「え? 父さん、知っているの?」
「薙の初恋は、幼稚園の時だよ」
「えぇ!」

 な・に・そ・れ?

「同じクラスのあみちゃんが好きって、お風呂の中で僕に教えてくれたのに、忘れちゃったの?」

 あみちゃん???

 そういえば、よく一緒に遊んだ女の子がいたっけ。卒園した後は、それっきり付き合いはないが。

「オレ、風呂の中でそんなことを?」
「うん、あの時の薙、可愛かったなぁ~『パパ、ナギねあみちゃんがしゅき』って、頬をトマトみたいに染めて」
「ひぃー、それも忘れて!」
「ふふっ、よく考えたら……僕は薙の秘密を沢山知っているんだね。こういうのって、父親の特権なのかな?」

 父さんが小首を傾げて、聞いてくる。
 父さんって、こんな明るかったっけ?

「そ、そうだ。父さん、流さんに電話をした方がいいよ。留守を任せているんだから」
「あ……そうだね。じゃあ……ちょっといい?」
「オレ、少しスマホでゲームしてもいい? そろそろ禁断症状~」
「うん、いいよ」

 そう言えば、いつもは弄りまくっているスマホなのに、日は写真を撮る以外使わなかった。父さんと二人きりの時間が大切だったから。

 父さんも本当にリラックスしていた。前はお互い余所余所しく、気を遣ってばかりだったのに、すごく楽になった。
 
 さてと、少しの間、父さんに時間を……

 オレは壁にもたれイヤホンを耳にはめて、ゲームに没頭していく。


****

「流さん、これあげます!」
「?」

 小森に差し出されたのは、俺が作った焼き団子だった。

「お前にやったものだぞ」
「今日の流さん、ちょっと元気ないので、1本だけ残しておきました」

 うう、小森がおやつを差し出すとは! 翠がいない寺がうら寂しくて、日が暮れるにつれ意気消沈していたのを、見破られたのか。

「サンキュ! 気をつけて帰れよ」
「あのあの……今日は僕が宿直をしましょうか」
「ん? どうした?」
「今日は住職がお留守だし……丈さんと洋さんもいないし……こんな広いお寺に、夜、ひとりは寂しいかなって? あのあの、僕じゃお役に立てませんか」

 小森はいい奴だな……流石翠の見込んだ小坊主、月影寺の秘蔵っ子だ。

「大丈夫だ。気遣いありがとうな。お前、菅野くんと付き合うようになって大人になったな」
「え! えっとぉ……か、菅野くんに……お、大人にしてもらいました」

 へ? おーい、耳朶まで染めて、初々しいな。

「くくっ。いい影響受けてんな」
「はい!」
「俺は大丈夫だ。独り寝は慣れている」
「じゃあ……何かあったら駆けつけますね」
「ありがとな。小森は頼りになるな」
「えへへ」
 
 ポンと小森の肩に手を置くと、擽ったそうに笑ってくれた。

 本当に小森は擦れていない、純真でいい子だ。

 

 散々慣れた一人寝だったが、翠と結ばれてからは苦手になった。

 離れで共寝をしない時でも、隣室で翠の物音がするだけで幸せだった。

 今日は物音すらしない。

 今頃、父と子で楽しい時間を過ごしているのだろう。邪魔するわけにはいかない。

 だが……せめて声が聞きたくて、スマホを手に取ったが、そのまま布団に放り投げて、仰向けにごろんと寝そべった。

 大切な親子の時間の邪魔はしない。

 寝てしまえば、朝が来る。 朝が来れば夜が来る。

 明日の夜には翠が戻ってくる。

 おい、流! お前……たった一夜の辛抱も出来なくなってしまったのか。

 幾千夜も、翠と触れ合えずに彷徨ってきた魂の癖に。

 放り投げたスマホが着信を知らせたのは、そんな時だった。

「流、僕だよ。変わりない?」

 翠の声が一段と艶めいていたので、驚いてしまった。薙と一緒なのに、そんな無防備な声を出していいのかと突っ込みたくなる。
 
「こっちは問題ないさ。ところで、翠……酔っているのか」
「えっと……缶ビール2本飲んだんだよ。酔っているのかと言えば、楽しさに酔っている。あのね、今、薙とパジャマパーティーをしているんだ」

 薙との旅行が上手くいっているのが、ありありと伝わってくる。

「楽しんでいるんだな」
「薙と思い出話をしていたんだ」
「どんな?」

 翠が小声になる。
 
「……初恋の相手」
「‼」
 
   翠の初恋の話なんて聞いたことない。一体誰だったのか。知りたいような知りたくないような。

「知りたい?」
「いや」
「僕は話したい」
「翠……言うな」

 翠が囁くような小声で、話し続ける。

「……あのね、相手は流だよ。振り返ったら、もうずっとずっと前から流が好きだった。最初は弟として……次第に男として見ていたんだと、改めて思ったよ」
「翠……」
「明日には帰るよ。寂しい思いをさせていないか」
「今の言葉で俄然やる気が出た!」
「や……やる気?」
「帰ったら覚えておけよ」
「りゅ、流……ってば。分かった分かった。じゃあ、帰ったらパジャマパーティーをしよう」

 鈍感な翠。
 俺とパジャマパーティーをしたいだなんて、煽ってくれたな。
 パジャマ姿の翠を、じわじわと裸に剥いていくだけの時間だぞ?

「楽しみにしているよ。もう寝ろよ」
「うん……そうだね。おしゃべりは尽きないけど、明日があるしね」
「おやすみ」
「うん、きっとしようね」

 電話を切った後、先ほどまでの寂しさは消え、煩悩と妄想の中に身を沈めて、いつの間にか眠りについていた。

 俺をとことん甘やかす翠が好きだ。

 大好きだ。

 
 
 
 

 
   
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