重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

花を咲かせる風 20

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 花霞の橋をしずしずと渡ってくるのは、桜吹雪の柄の艶やかな着物を着た人だった。

 遠目なので、はっきり見えないが、誰かによく似ているようだ。

 女性にしては少し背が高いが、気高い美しさが神々しい。 

 シャラン、シャラン――

 その時、再び鈴の音がする。

 目を凝らすと、僕の足下に小さな鈴がころころと転がってきて、そのままポチャンと川に落ちてしまった。

 着物姿の人がぴたりと立ち止まる。

「あっ、おこぼ(子供用の下駄)の鈴が取れてしまったんだね」
「ぐすっ、ぼくのなのにぃ……」
「あぁ……まこくん、泣かないで」

 驚いたことに着物の影には、小さな坊やがいた。まだ3歳程か。キュッと手をつないで、あどけない表情を浮かべている。 

「ぐすっ、ぐすっ……おかあちゃまぁ」
「よしよし……泣かないで。困ったね」

 その時ハッとした。

 女性にしては声が少し低いので、もしかして男性なのか。

 もしも男性なら、女子と見紛う美しさだ。

 するとすぐに背後から和装の男性が現れる。

「どうした? 夕凪っ」

 ゆ……っ、夕凪だって!?

 まさか、その名をここで聞くとは!

 そうか、これが平安時代の貴公子が見せてくれた邂逅というわけか。

 今、はっきりと理解出来た。

「うん、まこくんの下駄の鈴が取れて、川に落ちてしまったんだ」

 背後から和装姿の男性が駆け寄って、坊やを抱き上げる。

「おい、泣くな! 男だろう」
「うううっ……おかあちゃまがいい」
「まこくん、こちらへおいで」
「うん!」

 端から見えれば、時代は違えども……ごく普通の仲睦まじい家族に見えるな。

 僕たちの姿は向こうからは見えていないようで、目の前を通り過ぎても驚く様子はなかった。

 だが僕は、心臓が飛び出る程驚いてしまった。

 弓張り月が、夕凪の横顔をくっきり照らすと、そこに浮かび上がったのは……

「洋くん!」

 しまった! あまりに瓜二つなので、思わず声を出してしまった。

 そこで一陣の風が吹き、邂逅を掻き消すように、はらはらと桜の花びらが舞い降りてきた。

「父さん、どうしたの? 急に叫ぶなんて」
「な……薙には見えなかった? 今、僕たちの目の前を……着物姿の人たちが通り過ぎたのが」
「えぇ? 誰もいなかったよ。悪い夢でも見たの?」

 薙が訝しむ。

 やはり夢幻だったのか。

 でも、どうして平安時代の貴公子は、僕にあの夢を見せたのか。

「それより父さん、こっちに誰か来るよ」

 薙が指さす方向を見て、また驚愕した。

 シャラン、シャラン。

 先程と同じ鈴の音が聞こえてくる。

 祇園白川を跨ぐ橋をしずしずと渡り、厳かに現れたのは……







 仲睦まじく手を繋ぎ肩を寄せ合い、艶めいた雰囲気で歩いて来るのは……
 
 先程と同様に……艶やかな女性物の着物を着ているが、今度はすぐに分かった。

 夕凪に瓜二つの人の名は――

 「よ……洋くん!」









あとがき(不要な方は飛ばして下さい)




****

これは? 謎が謎を呼ぶ……ですよね。
『夕凪の空 京の香り』https://estar.jp/novels/25570581では描いていない、夕凪のその後が明らかになっていきます。
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