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第3部 15章
花を咲かせる風 19
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「父さん、どこにもいかないで……もう……置いていかないで! オレを」
薙からの切なる言葉は、僕の心の隙間を埋めるのに十分だった。
「薙……薙……もう二度と置いていかない。薙は父さんの息子だ……薙が同じ気持ちでいてくれることが分かって、父さん……本当に嬉しいよ」
ここは旅先で、お互いに普段と違う着物姿だからなのか、言葉が素直になる。
これは薙と僕の夜桜の誓いだ。
強気な薙の瞳が潤んでいるのが分かり、愛おしさが募った。
強がっていても、まだようやく中学を卒業したばかりの子供なのだ。
母親恋しい時もあるだろう。それでも父親の僕といたいと願ってもらえる喜びは一入だ。
「父さん、父さん……おと……うさん……」
薙の中の……秘めたる幼さが顔を出す。
泣き顔を見られたくない様子で、薙がすっと顔を背けた。
その顔に月光が降り注ぐ様子が、とても美しかった。
薙は弓張月のような凜とした表情を浮かべていた。
「薙、泣くのは……父さんの胸にしなさい」
「あっ……父さん……父さん」
薙は僕の胸に顔を埋めて、肩を小刻みに震わせた。
あぁ……戻って来てくれた。
ようやく……僕の元に。
「ずっと……言えなかったんだ。いや、ずっと言いたかったんだ」
「うんうん、父さんが悪かった。もっと早く気付くべきだった」
「最初は……オレを捨てた父さんの世話になんてなりたくないって反発してた。だから……父さんに意地悪も沢山した。でも父さんは知れば知る程、一緒に過ごせば過ごす程……理想の父さんだった」
「薙……」
薙がしゃくり上げる。
「あの日……父さんが身を挺してオレを守ってくれた時から……丸ごと父さんの子に戻りたいって思っていたんだ」
「薙……そうだったんだね」
「それに……オレ、流さん……丈さん……洋さん……月影寺のメンバーが好きなんだ。いつもひたむきに生きていて……オレの憧れる人達ばかりだ。オレ、ずっとあそこにいたい。前は一刻も早く、高校を卒業したら家を出てやるって思っていたのに……こんなに考えが揺らぐなんて」
薙は堰を切ったように、抱えていた想いを全て伝えてくれた。
「薙の望むままに……それが僕の願いだ」
その時、シャランと鈴の音がして、空気が震えた。
薙を抱きしめながら、夜桜で霞む空を見上げると……
あの日、僕を宇治の山荘への導いてくれた、平安装束の青年がたおやかに微笑んでいた。やはり……洋くんに瓜二つの容姿だ。君は一体誰なんだ?
「あ……」
彼は唇に人差し指を押し当て、たおやかに微笑んだ。
(平安時代の貴公子……君の名は……?)
僕が心の中で問うと、彼は口をそっと開いて、
「お静かに……今から再び……過去と今がつながりますので」
シャラン――
再び鈴の音
祇園白川を跨ぐ橋をしずしずと渡り、厳かに現れたのは……
艶やかな着物姿の……
薙からの切なる言葉は、僕の心の隙間を埋めるのに十分だった。
「薙……薙……もう二度と置いていかない。薙は父さんの息子だ……薙が同じ気持ちでいてくれることが分かって、父さん……本当に嬉しいよ」
ここは旅先で、お互いに普段と違う着物姿だからなのか、言葉が素直になる。
これは薙と僕の夜桜の誓いだ。
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母親恋しい時もあるだろう。それでも父親の僕といたいと願ってもらえる喜びは一入だ。
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薙の中の……秘めたる幼さが顔を出す。
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薙は弓張月のような凜とした表情を浮かべていた。
「薙、泣くのは……父さんの胸にしなさい」
「あっ……父さん……父さん」
薙は僕の胸に顔を埋めて、肩を小刻みに震わせた。
あぁ……戻って来てくれた。
ようやく……僕の元に。
「ずっと……言えなかったんだ。いや、ずっと言いたかったんだ」
「うんうん、父さんが悪かった。もっと早く気付くべきだった」
「最初は……オレを捨てた父さんの世話になんてなりたくないって反発してた。だから……父さんに意地悪も沢山した。でも父さんは知れば知る程、一緒に過ごせば過ごす程……理想の父さんだった」
「薙……」
薙がしゃくり上げる。
「あの日……父さんが身を挺してオレを守ってくれた時から……丸ごと父さんの子に戻りたいって思っていたんだ」
「薙……そうだったんだね」
「それに……オレ、流さん……丈さん……洋さん……月影寺のメンバーが好きなんだ。いつもひたむきに生きていて……オレの憧れる人達ばかりだ。オレ、ずっとあそこにいたい。前は一刻も早く、高校を卒業したら家を出てやるって思っていたのに……こんなに考えが揺らぐなんて」
薙は堰を切ったように、抱えていた想いを全て伝えてくれた。
「薙の望むままに……それが僕の願いだ」
その時、シャランと鈴の音がして、空気が震えた。
薙を抱きしめながら、夜桜で霞む空を見上げると……
あの日、僕を宇治の山荘への導いてくれた、平安装束の青年がたおやかに微笑んでいた。やはり……洋くんに瓜二つの容姿だ。君は一体誰なんだ?
「あ……」
彼は唇に人差し指を押し当て、たおやかに微笑んだ。
(平安時代の貴公子……君の名は……?)
僕が心の中で問うと、彼は口をそっと開いて、
「お静かに……今から再び……過去と今がつながりますので」
シャラン――
再び鈴の音
祇園白川を跨ぐ橋をしずしずと渡り、厳かに現れたのは……
艶やかな着物姿の……
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