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第3部 15章
花を咲かせる風 18
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オレと父さんはその日は夜まで、着物で過ごした。
レンタル着物屋で、父さんがせっかくなら長く着てたいと、今日は着ていた洋服などの入った鞄を宿まで配送してもらい、着物は明日の朝帰せばいいという特別サービスに申し込んでくれた。
オレ……甘やかされているなぁ。
しかし父さんと着物で、京都を歩くのは想像以上に楽しかった。
安っぽい着物なのに……たおやかな風情を醸し出している父さんって、凄く人目を引くんだよ。
年齢を感じさせない楚々とした容姿で、いつも微笑みを湛えているから、周りにいる人の空気まで浄化していくようだ。
檀家さんから父さんが密かに「蓮華《れんげ》の君」と呼ばれている理由が分かるよ。
祇園の雑踏にも、円山公園界隈の雑踏にも雰囲気にも塗れない。
泥を吸って、美しく咲く花のような父さん。
「薙、あっちに夜店が出ているよ」
「父さんに何か買ってあげるよ」
「くすっ、薙ってカッコイイね。高校にいったらモテそうだ」
「なんだよ? 突然」
「今日は甘えておくれ。父さんが買ってあげるよ。薙と小さい頃、お祭りに行ったのを思い出すよ。そうそう薙は甚平、僕は浴衣だったね」
父さんは懐かしそうに目を細めたが……
「オレ……覚えてない」
「……そうだよね。まだ二つか三つだったからなぁ」
「父さん……その頃のオレ、可愛かった? ちゃんと父さんを慕っていた?」
「もちろんだよ。薙は昔からパパッ子だったよ」
だからだ。
だから置いて行かれたのが寂しくて寂しくて……反抗的になってしまった。
「オレさ……父さんに折り入って……お願いがあって」
「うん?」
「あのさ……オレ……ちゃんと父さんの子になりたい」
「ん?……薙は僕の大事な息子だよ。かけがえのない」
「……その……名字が最近気になって……母さんの『森』という姓じゃなくて……月影寺のみんなと同じ名字になりたいんだ。オレだけ……違うのがもう嫌なんだ!」
とうとう言ってしまった。
父さんと過ごす時間があまりに楽しいからなのか、勢い付いてしまった。
父さんとの信頼が深まれば深まるほど、その願いは強くなっていた。
「父さんと同じ姓を名乗りたいんだ……でも……オレ、まだ子供だから、どうしたらいいのか分からなくて……なかなか言い出せなかった」
「薙……ここは少し五月蠅いね。静かな所に移動しよう」
「あ、うん」
確かに円山公園の枝垂れ桜は艶やかだったが、すごい人混みで父さんの声が聞き取りにくかった。
「おいで」
父さんが自然にオレと手をつないでくれた。
暗い夜道だ。
恥ずかしくはない。
むしろ懐かしい。
いつの間にか雑踏を抜け、川沿いの道を歩いていた。
料亭の明りに灯される夜桜が、静かな花道を作っていた。
「薙……僕もそうしたい。薙は僕の大切な息子だ。もう離れたくないよ。だからこそ……張矢 薙になってくれないか」
胸が熱くなった。
父さんも望んでくれていたなんて。
「父さん……オレ……張矢 薙……になりたい」
「薙……ごめんね。父さんがもっと早く動くべきだった。同時に、薙からそれを望んでくれて嬉しいよ」
父さんに優しく抱かれる。
父さんの肩ごしに、薄く桃色がかった桜の花びらが月明かりにふわりと浮き出て、なんともいえない雅な風情を醸し出していた。桜も喜んでくれているようだ。
「父さん……オレの父さん」
幼子のように父を慕ってしまうのは、5歳で出て行ってしまった父さんを追いかけているからなのか。
あの頃、出来なかったことを……言えなかったことを、今こそ。
「父さん、どこにもいかないで……もう……置いていかないで! オレを」
風が吹くと、散るには早い桜の花弁がちらちらと舞い降り……まるでオレたちを祝福してくれているようだった。
レンタル着物屋で、父さんがせっかくなら長く着てたいと、今日は着ていた洋服などの入った鞄を宿まで配送してもらい、着物は明日の朝帰せばいいという特別サービスに申し込んでくれた。
オレ……甘やかされているなぁ。
しかし父さんと着物で、京都を歩くのは想像以上に楽しかった。
安っぽい着物なのに……たおやかな風情を醸し出している父さんって、凄く人目を引くんだよ。
年齢を感じさせない楚々とした容姿で、いつも微笑みを湛えているから、周りにいる人の空気まで浄化していくようだ。
檀家さんから父さんが密かに「蓮華《れんげ》の君」と呼ばれている理由が分かるよ。
祇園の雑踏にも、円山公園界隈の雑踏にも雰囲気にも塗れない。
泥を吸って、美しく咲く花のような父さん。
「薙、あっちに夜店が出ているよ」
「父さんに何か買ってあげるよ」
「くすっ、薙ってカッコイイね。高校にいったらモテそうだ」
「なんだよ? 突然」
「今日は甘えておくれ。父さんが買ってあげるよ。薙と小さい頃、お祭りに行ったのを思い出すよ。そうそう薙は甚平、僕は浴衣だったね」
父さんは懐かしそうに目を細めたが……
「オレ……覚えてない」
「……そうだよね。まだ二つか三つだったからなぁ」
「父さん……その頃のオレ、可愛かった? ちゃんと父さんを慕っていた?」
「もちろんだよ。薙は昔からパパッ子だったよ」
だからだ。
だから置いて行かれたのが寂しくて寂しくて……反抗的になってしまった。
「オレさ……父さんに折り入って……お願いがあって」
「うん?」
「あのさ……オレ……ちゃんと父さんの子になりたい」
「ん?……薙は僕の大事な息子だよ。かけがえのない」
「……その……名字が最近気になって……母さんの『森』という姓じゃなくて……月影寺のみんなと同じ名字になりたいんだ。オレだけ……違うのがもう嫌なんだ!」
とうとう言ってしまった。
父さんと過ごす時間があまりに楽しいからなのか、勢い付いてしまった。
父さんとの信頼が深まれば深まるほど、その願いは強くなっていた。
「父さんと同じ姓を名乗りたいんだ……でも……オレ、まだ子供だから、どうしたらいいのか分からなくて……なかなか言い出せなかった」
「薙……ここは少し五月蠅いね。静かな所に移動しよう」
「あ、うん」
確かに円山公園の枝垂れ桜は艶やかだったが、すごい人混みで父さんの声が聞き取りにくかった。
「おいで」
父さんが自然にオレと手をつないでくれた。
暗い夜道だ。
恥ずかしくはない。
むしろ懐かしい。
いつの間にか雑踏を抜け、川沿いの道を歩いていた。
料亭の明りに灯される夜桜が、静かな花道を作っていた。
「薙……僕もそうしたい。薙は僕の大切な息子だ。もう離れたくないよ。だからこそ……張矢 薙になってくれないか」
胸が熱くなった。
父さんも望んでくれていたなんて。
「父さん……オレ……張矢 薙……になりたい」
「薙……ごめんね。父さんがもっと早く動くべきだった。同時に、薙からそれを望んでくれて嬉しいよ」
父さんに優しく抱かれる。
父さんの肩ごしに、薄く桃色がかった桜の花びらが月明かりにふわりと浮き出て、なんともいえない雅な風情を醸し出していた。桜も喜んでくれているようだ。
「父さん……オレの父さん」
幼子のように父を慕ってしまうのは、5歳で出て行ってしまった父さんを追いかけているからなのか。
あの頃、出来なかったことを……言えなかったことを、今こそ。
「父さん、どこにもいかないで……もう……置いていかないで! オレを」
風が吹くと、散るには早い桜の花弁がちらちらと舞い降り……まるでオレたちを祝福してくれているようだった。
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