重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

花を咲かせる風 17

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 「どのお着物にします? お二人とも和装が似合いそうですね」

 着付けは、桃香さんの娘さんがしてくれることになった。

 次々と男性物の反物を見せて貰うが、色が似たり寄ったりで迷ってしまう。

「あの……俺、着物のことは、よく分からないので……お任せします」
「私もそうします」

 着付けに慣れているのは、翠さんと流さんだ。俺たちは洋風の暮らしをしているので、どの着物が似合うのかなど、さっぱり分からない。

「じゃあ、お二人に似合うのを、私が選んでもいいかしら?」
「あ、はい。桃香さんのお見立てなら間違いないです」
「ふふ……じゃあ、宇治の君には……あ、そう言えば……あれはどこかしら?」

 その後、俺に着せられたのは、




 何故か女性物の着物だった。

「えっと……あの……俺、男ですよ」
「もちろん知っていますよ」
「じゃあ……どうして?」
「嫌だったかしら?」


 そう聞かれると……困ったな……不思議と嫌ではなかった。

 むしろ肌馴染みがいいと言ったら……変か。

「これは……私の祖母が自分用に仕立てたと言うのに……妙に丈が長くて、誰も着ることがなかったのよ。何だか……まるでこの日のために誂えたみたい。柄は春の宇治川と満開の桜よ」

 眠っていた着物に袖を通すと、懐かしさが込み上げてきた。

 夕凪……君なのか。

 この着物を着てみたいと願ったのは……

「洋、女性物の着物だが、本当にいいのか」
「あぁ、着てみたい」
「ふっ、参ったな。私の母に鍛えられたのか、洋はすっかり女装癖がついてしまったな」
「丈! おい、それは違うって! ただ……この着物はもしかしたら……桃香さんのお母さんが、いつか夕凪に着て欲しくて誂えたのかも……」

 俺たちの話を聞いていた桃香さんが、不思議な話をしてくれた。

「そういえば……母が私が幼い頃にしてくれた物語に、とても不思議な物があったの、まさに今、この状況だわ。聞いてくださる?」
「ぜひ、話していただけますか」

  ……

「ももかちゃん、おばあちゃまの不思議な物語を聞いてくれる?」
「わぁ~ ぜひぜひ」

 祖母は一呼吸置いてから、懐かしそうに目を細めた。

「昔々……あるところに可愛らしい女学生がいたの。彼女には素敵な許嫁がいて、その人が大好きだったのよ。結婚の約束までしていたのに、婚約目前だったのに……その彼が突然出奔し、行方知れずになってしまったの」
「え……そんなことがあるなんて。ショックだったでしょうね」

 祖母は寂しそうな表情を浮かべていた。

「どんなに探しても見つからなくて、もう諦めていた時にね、その婚約者にそっくりな人と、宇治の朝霧橋の袂ですれ違ったのよ」
「わぁ、じゃあ運命の再会だったのね!」
「……いいえ」
「え……どうして?」
「その人はね、残念なことに……婚約者にそっくりな女性だったの」
「まぁ……よほどその婚約者のお方は美形だったのね」
「そうね。彼は女性と見紛うばかりの美貌だったのよ」
「ふふ、もしかして本人だったりして」

 冗談には、笑ってもらえなかった。

「ももかちゃん、いつか背の高い美しい男性が訊ねてきて、一宮屋の伝統を受け継いだ着物を着たいといったら、これを着せてあげてね」
「?」
……

 やはりそうなのか。

 この流れは夕凪の願いなのか。

 それとも桃香さんのお母さんの願いなのか。

 いずれにせよ俺は覚悟を決めた。

「この着物を着せて下さい。そして、男だとバレないように……女性と見紛う化粧を施していただけますか」
「え……よろしいの?」
「えぇ、会いたいんです。彼に……」

 夕凪……君は何か事情があって、女性の姿で出歩いていたのか。

 ならば……俺も君に近づいてみよう。

 何かが見えて、何かが開ける予感がする。

 鬘《かつら》に白粉、口紅は紅を差してもらい、まるで舞妓さんのように変化する自分に、思わず見惚れてしまった。

 ドレスの女装とは訳が違う。

 これはもう……

「洋、参ったな。君は本当に洋か」
「丈……歩き方はどうすればいい?」
「それは夕凪に聞くといい」

 夕凪、さぁこれでどうだ?

 君に近づけたか。

(ありがとう……祇園白川に行かないか。そこに俺の思い出の欠片がある)

「そうだわ、祇園白川の宵桜は見頃よ。どうぞ、そのままお出かけになって」

 トンっと桃香さんに背中を押されて、歩き出した。

 自然に歩き方も仕草も女性を習っていた。

 心に宿る夕凪が教えてくれているようだ。

「丈、行こう。スペシャルな夜桜デートだぞ?」
「洋……美しすぎる」
「丈は正絹の着物が風格があって……若旦那みたいに決まっているな」

 俺たちはゆっくりと歩き出す。

 まるで時の魔法にかけられたように。








 補足です

 ****

 洋の和装女装は、  『夕凪の空 京の香り』 https://estar。jp/novels/25570581  137話『心根 こころね』とリンクしています。
夕凪が女装して、桃香さんのお母さん、桜香さんとすれ違うシーンがあります。過去とすれ違いながら、一歩一歩歩む洋と丈を見守って下さいね。
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