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第3部 15章
花を咲かせる風 10
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お祝い会の後、ひとり入浴していると流が脱衣場に入って来た。
「翠、あがったのか」
「丁度今ね」」
「もう皆、部屋に戻った」
「そうか、長い1日だったね」
「あぁ……ほら風邪を引くぞ」
流はいつもこうやって風呂上がりの僕の身体をふわふわなタオルで拭いて、寝間着を着付けてくれる。
目が見えるようになってからも続く習慣に、僕も身を委ねる。
本当に僕は……もう流なしでは生きて行けないと思う瞬間だ。
「翠、さっきの旅行の話だが」
「あぁ……ごめんね。話の流れで突然言い出して」
「馬鹿、どうして謝る?」
「……流に、迷惑をかけるだろう」
そこまで言うと、流に軽く笑われた。
「おいおい、俺をいくつだと思って? もういい加減、いい子に留守番くらい出来るさ」
「あ……うん、それはそうだけど……僕が……」
「……翠、良かったら、その先の言葉をくれないか」
「あ……その……」
「言って」
流が僕の唇に乾いた指をあてる。
もう、素直になろう。
「僕は……弱くなった。流の傍をあまり離れたくないと思うなんて……」
「翠、それは弱くなったんじゃない。俺への愛が深まったんだ。その言葉だけで、いい子に留守番出来るぜ」
流は小さい頃、僕と離れての留守番が大っ嫌いだったから、つい。
小学校の修学旅行には、いよいよ付いて来る勢いだった。
何も覚えていないのか。
……
「兄さん、明日、絶対に行くなよ!」
「流、それは無理だよ。修学旅行なんだから行かないと」
「じゃあ、じゃあ……俺も行く!」
「えっ無理だよ。うーん、じゃあ、その代わり……そうだ、久しぶりに一緒に寝ようか」
「えっ、いいの?」
僕が6年生、流が4年生の時だった。
少し汗ばむ弟の身体をすっぽり抱きしめて眠ったことがあった。
あの日を境に、流は僕の布団に入ってくれなくなったけれどもね。
……
「小森風太もいるし、翠が数日いなくても何とかなるさ。いざとなれば父さんを呼ぶし。そうだ。いっそ行き先は、京都にしたらどうだ?」
「え? だめだよ。洋くんと丈が行くのに」
「そんなの関係ないだ。京都ならまだ翠にも土地勘があるだろう」
「だからお邪魔だって」
「……じゃあ薙が行きたい所にするのがいいかもな」
「そうだね、薙の行きたい場所にするよ」
行き先なんて、どこでもいい。
息子と旅行出来るのなら、どんな場所でも極楽だから。
****
3月下旬
「じゃあ、行ってきます」
「洋くん、ボタンは持った?」
「はい。ここに、ちゃんと持ちました」
洋くんは淡い桜色のシャツを着て、優しく微笑んでくれた。
この寺に来た当初は、笑顔もぎこちなく、薄い氷のように張り詰めていたのに、柔らかくなったものだ。
「よかった。風空寺の道昭には話してあるから」
隣に立つ丈も、ペコッと頭を下げる。
丈はいつだって寡黙で真面目だね。
「兄さん、お気遣いありがとうございます」
「いいかい、丈も洋くんも、くれぐれも無理はしないこと、すぐにお父さんの形跡を掴めなくても、焦らず……そして諦めないこと」
「はい、分かりました。私がついていますから」
まるで新婚旅行に行くように、晴れやかな笑顔を丈が浮かべた。
そんな丈の様子を、洋くんは甘く微笑みながら見つめていた。
「今年は京都の桜も早いみたいだね。旅行中に満開になりそうだね」
「そうなんですね。それも楽しみです。俺にとって京都は第二の故郷のように親しみがあります」
「そうだね、君のルーツの一つだ。さぁ気をつけて行っておいで」
まさか京都に旅立つ二人を山門で見送った一時間後、僕も京都行きの新幹線に乗ることになろうとは思いもしなかった。
ここ1週間お彼岸で忙しなく、旅先は薙に決めさせ、予約等は流に任せていたので、今日初めて知ったのだ。
「まさか薙が行きたい場所が京都だったなんて」
「駄目だった? オレも父さんと行きたいって思ったんだよ」
丈と洋くんの京都行きが発端の親子旅行だったから、それは納得出来るけど。
「嬉しいよ。でも参ったな。丈に見つかったら、今度こそ怒られるよ」
「もしかして、前科ありなの?」
「……うん」
大ありだ。以前、二人の宮崎への新婚旅行に意気揚々と付いて行ってしまった。あの時の迷惑そうな丈の顔が忘れられないよ。しかもちゃっかり同じ部屋に泊まって……今考えたら少し悪い事をしたよね。
だが、あの旅行で流と僕は……長い独り寝を越えて初めて結ばれたのだ。
とても血の繋がりよりも、深く愛し合って……
あの日の熱は、まだここにある。
「父さん、顔、赤いよ? 胸まで押さえて……苦しいの?」
「えっ、えっ、そんなことないよ」
「熱でもある?」
額に手を当てられると、息子の手が冷たくて気持ち良かった。
「よかった。熱はないみたいだな……あ、そうだ!」
車内販売のワゴンを呼び止めて、薙がアイスを二つ買ってくれた。
「はい。父さん。アイスでクールダウンして」
「……ご、ごめん。少し興奮してしまった」
「ははっ、父さんって意外と子供みたいな所があるんだな」
拍子抜けだ。
僕が息子をしっかり引率しないとと思っていたが、これでは逆だ。
あ、そうか……さっきから不思議な既視感を覚えていたが……まるで流といるようなんだ。
薙……いつの間にかテキパキと物事を判断できるようになって、性格が流にますます似てきたね。
「父さん、美味しい?」
「うん、薙も?」
「……オレは……嬉しい」
薙は少し照れ臭そうに、そっぽを向いてしまった。
薙、僕も嬉しいよ。ありがとう。
僕たちも、よい旅行にしよう。
「翠、あがったのか」
「丁度今ね」」
「もう皆、部屋に戻った」
「そうか、長い1日だったね」
「あぁ……ほら風邪を引くぞ」
流はいつもこうやって風呂上がりの僕の身体をふわふわなタオルで拭いて、寝間着を着付けてくれる。
目が見えるようになってからも続く習慣に、僕も身を委ねる。
本当に僕は……もう流なしでは生きて行けないと思う瞬間だ。
「翠、さっきの旅行の話だが」
「あぁ……ごめんね。話の流れで突然言い出して」
「馬鹿、どうして謝る?」
「……流に、迷惑をかけるだろう」
そこまで言うと、流に軽く笑われた。
「おいおい、俺をいくつだと思って? もういい加減、いい子に留守番くらい出来るさ」
「あ……うん、それはそうだけど……僕が……」
「……翠、良かったら、その先の言葉をくれないか」
「あ……その……」
「言って」
流が僕の唇に乾いた指をあてる。
もう、素直になろう。
「僕は……弱くなった。流の傍をあまり離れたくないと思うなんて……」
「翠、それは弱くなったんじゃない。俺への愛が深まったんだ。その言葉だけで、いい子に留守番出来るぜ」
流は小さい頃、僕と離れての留守番が大っ嫌いだったから、つい。
小学校の修学旅行には、いよいよ付いて来る勢いだった。
何も覚えていないのか。
……
「兄さん、明日、絶対に行くなよ!」
「流、それは無理だよ。修学旅行なんだから行かないと」
「じゃあ、じゃあ……俺も行く!」
「えっ無理だよ。うーん、じゃあ、その代わり……そうだ、久しぶりに一緒に寝ようか」
「えっ、いいの?」
僕が6年生、流が4年生の時だった。
少し汗ばむ弟の身体をすっぽり抱きしめて眠ったことがあった。
あの日を境に、流は僕の布団に入ってくれなくなったけれどもね。
……
「小森風太もいるし、翠が数日いなくても何とかなるさ。いざとなれば父さんを呼ぶし。そうだ。いっそ行き先は、京都にしたらどうだ?」
「え? だめだよ。洋くんと丈が行くのに」
「そんなの関係ないだ。京都ならまだ翠にも土地勘があるだろう」
「だからお邪魔だって」
「……じゃあ薙が行きたい所にするのがいいかもな」
「そうだね、薙の行きたい場所にするよ」
行き先なんて、どこでもいい。
息子と旅行出来るのなら、どんな場所でも極楽だから。
****
3月下旬
「じゃあ、行ってきます」
「洋くん、ボタンは持った?」
「はい。ここに、ちゃんと持ちました」
洋くんは淡い桜色のシャツを着て、優しく微笑んでくれた。
この寺に来た当初は、笑顔もぎこちなく、薄い氷のように張り詰めていたのに、柔らかくなったものだ。
「よかった。風空寺の道昭には話してあるから」
隣に立つ丈も、ペコッと頭を下げる。
丈はいつだって寡黙で真面目だね。
「兄さん、お気遣いありがとうございます」
「いいかい、丈も洋くんも、くれぐれも無理はしないこと、すぐにお父さんの形跡を掴めなくても、焦らず……そして諦めないこと」
「はい、分かりました。私がついていますから」
まるで新婚旅行に行くように、晴れやかな笑顔を丈が浮かべた。
そんな丈の様子を、洋くんは甘く微笑みながら見つめていた。
「今年は京都の桜も早いみたいだね。旅行中に満開になりそうだね」
「そうなんですね。それも楽しみです。俺にとって京都は第二の故郷のように親しみがあります」
「そうだね、君のルーツの一つだ。さぁ気をつけて行っておいで」
まさか京都に旅立つ二人を山門で見送った一時間後、僕も京都行きの新幹線に乗ることになろうとは思いもしなかった。
ここ1週間お彼岸で忙しなく、旅先は薙に決めさせ、予約等は流に任せていたので、今日初めて知ったのだ。
「まさか薙が行きたい場所が京都だったなんて」
「駄目だった? オレも父さんと行きたいって思ったんだよ」
丈と洋くんの京都行きが発端の親子旅行だったから、それは納得出来るけど。
「嬉しいよ。でも参ったな。丈に見つかったら、今度こそ怒られるよ」
「もしかして、前科ありなの?」
「……うん」
大ありだ。以前、二人の宮崎への新婚旅行に意気揚々と付いて行ってしまった。あの時の迷惑そうな丈の顔が忘れられないよ。しかもちゃっかり同じ部屋に泊まって……今考えたら少し悪い事をしたよね。
だが、あの旅行で流と僕は……長い独り寝を越えて初めて結ばれたのだ。
とても血の繋がりよりも、深く愛し合って……
あの日の熱は、まだここにある。
「父さん、顔、赤いよ? 胸まで押さえて……苦しいの?」
「えっ、えっ、そんなことないよ」
「熱でもある?」
額に手を当てられると、息子の手が冷たくて気持ち良かった。
「よかった。熱はないみたいだな……あ、そうだ!」
車内販売のワゴンを呼び止めて、薙がアイスを二つ買ってくれた。
「はい。父さん。アイスでクールダウンして」
「……ご、ごめん。少し興奮してしまった」
「ははっ、父さんって意外と子供みたいな所があるんだな」
拍子抜けだ。
僕が息子をしっかり引率しないとと思っていたが、これでは逆だ。
あ、そうか……さっきから不思議な既視感を覚えていたが……まるで流といるようなんだ。
薙……いつの間にかテキパキと物事を判断できるようになって、性格が流にますます似てきたね。
「父さん、美味しい?」
「うん、薙も?」
「……オレは……嬉しい」
薙は少し照れ臭そうに、そっぽを向いてしまった。
薙、僕も嬉しいよ。ありがとう。
僕たちも、よい旅行にしよう。
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