重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
1,423 / 1,657
第3部 15章

花を咲かせる風 9

しおりを挟む
「へぇ、春休みに洋さんと丈さんは、京都に行くの?」
「うん、そうなんだ」
「いいな」

 薙が洋くんたちの話を聞いて、羨ましそうな顔をした。

「父さん、オレたちも旅行に行かない? って……そんなわけにいかないよね」
「あ……春休みはお彼岸もあって寺の方が……」
「分かってるって」

 驚いた。薙がそんなことを言い出すなんて思わなかった。

 薙と旅行を最後にしたのはいつだろう?

 離婚してからは一度もない。三歳頃に彩乃さんの強い希望で、軽井沢やゆめの国に泊まりがけで行ったことがあったが覚えているだろうか。

 物心ついてから家族旅行をしたことがない。

 子供はどんどん大きくなってしまう。親と旅行をしてくれるのは限られた時期だけなのに……勿体ない。

「父さん、冗談だよ。そんなに真面目に考えないでいいよ。オレさ……今で十分……幸せだよ」
「薙……」

 薙が食卓に並ぶ流お手製の寿司や唐揚げなどのご馳走を見つめて、うっすら目元を染めた。
 
「……だって……ずっと……ひとりだったんだ。小学校の卒業も中学の入学も……母さんは式には来てくれても……すぐに仕事に行ってしまって……帰っても一人でさみしかった」

 薙の目に透明な涙が滲むのが分かり、思わず駆け寄って抱きしめてあげた。

「薙……ごめん。僕は……本当にひとりよがりだった。息子に寂しい思いをさせてしまった」
「父さん……そんなことない。父さんだって大変だったんだ。それに今日、こんなお祝い会を開いてくれているじゃないか」
「薙、薙は僕の大切な息子だから当たり前だよ」
「ちょっと父さん……大丈夫だって。ちょっと嬉しくて柄になく浸っただけだよ。あーもう、父さんは泣き虫なんだな」

 薙がティッシュを差し出してくれたので、ぽかんとしてしまった。

「あ……あれ? なんだか僕の方が……子供みたい?」

 周囲を見渡すと、温かい微笑みに囲まれていた。

「ははっ、兄さん、さぁもう泣き止んでくれよ」
「翠さん、笑って下さい」
「翠兄さん、大丈夫ですよ」
「父さんらしいや」

 流……洋くん、丈……薙。

 みんな僕の家族だ。

 大切な家族だ。

「あ……ありがとう。皆の寛大な心に……僕は許されている」
「あーもう、父さんはいつも大袈裟だな。そうだ春休みに二人で日帰り旅行に出掛けない?」
「薙……うん、そうしよう! 一緒に行こう!」
「父さんとの思い出を積み重ねていきたくなったよ」
「薙……」
 
 薙はスッと深呼吸して、中学の卒業証書を皆に見せた。

「オレ、今日中学を無事に卒業しました。父さん……流さん、丈さん、洋さん、これからもよろしくお願いします。月影寺のメンバーに入れて下さい」

 照れ臭い顔でペコッと頭を下げる息子の様子に、感無量だ。

「薙はもうとっくに一員だよ」
「そうだよ」
「その通りだ」
「薙……ありがとう」

 ここに来た当初は、一刻も早く大人になって飛び出したい様子だったのに……そんな風に言ってくれるなんて、本当にありがとう。


 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...