重なる月

志生帆 海

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第3部 15章

花を咲かせる風 6

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 「おばあさま、今日はありがとうございました」

 白金台のお屋敷に、車は静かに到着した。

「ようちゃん、今日は泊まっていって欲しいし、せめてお茶でも……そう思うけれども、今日はお帰りなさい」
「おばあさま?」
「お家の方が心配して待っているわ。今日は翠さんの息子さんの卒業お祝いをするのでしょう?」
「あ、はい」
「ふふ。ようちゃんはね、もう一員なのよ。あの月影寺のお家の子になったのよ」
「おばあさま」

 おばあさまが俺の手をギュッと握って、微笑んで下さる。

「だから私は……安心してあなたをお家に帰すことが出来るの」
「今日はありがとうございました。俺……おばあさまが今日、あのタイミングで来て下さって救われました」

 今の俺は、もうひとりではない。

 最愛の丈、優しい月影寺の皆、俺に会いに来てくれるおばあさまがいる。

「……ようちゃん、あなたは愛されているのよ。自信を持って……皆、寛容で尊い愛であなたを包んでいるの」

 おばあさまの言葉は、どこまでも清らかで澄んでいる。
 
  あの人から、執拗で歪んだ愛を押しつけられていた暗黒時代。

 その過去を消すことは出来ない。

 だが、こうやって温かい愛を注いでくれる人がいるだけで、俺は生きて行ける。

「では、帰りますね」
「あ……待って。ようちゃん、寂しい時や悲しい時、辛い時は私がいることを忘れないで。一緒に泣きましょう。悲しみましょう……そして最後は微笑みましょうね」
「はい!」
「あ、運転手さんに送ってもらいなさい。夜道は危険よ」
「おばあさま、そんな」
「ようちゃん、私に甘えて」
「はい……」

 俺は結局、帰りも車に乗せてもらった。

 月影寺に着くと、運転手さんに丁寧にお礼を言い、山門へ続く階段を上った。

 一歩、一歩踏みしめる。

 ここが俺の家、俺の場所。

 そう実感しながら。

「洋?」

 階段を上っていると、背後から渋い声が聞えた。

 最愛の人の声に、胸が震える。

「丈……今、帰ったのか」
「あぁ、遅くなってすまない」
「……」

 今日のこと。

 どこから……何をどう話せばいいのか分からない。

 ただ、ただ……丈に会えて嬉しかった。

「洋は、どこかに行っていたのか」
「あぁ、今戻った所だよ。丈、ただいま!」
「機嫌が良さそうだな。さてはおばあさまとデートか」
「え? なんで分かった?」
「先ほど品川ナンバーの車とすれ違ったからさ」
「すごい眼力だな」
「はは、私は手だけでなく目も良いようだ」

 丈の視線が、俺を射貫く。

 同時に、俺の機嫌がいいのが伝わったようで、丈も上機嫌になる。

「丈……早く離れに戻ろう! 今日、すごくいい物を見つけたんだ。丈に最初に見せたい」

 俺は子供のようにはしゃいで、丈の手をグイグイと引っ張った。
 
 今の俺には、嬉しさを分かち合える人がいる。

 俺の悲しみも切なさも……全部知っている丈だから、全てを預けられる。


 
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